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第30話 浮気はダメだからね、これからもね

 放課後の教室は、いつものように明るくも騒がしかった。

 橋本悠一(はしもと/ゆういち)は手短に帰宅準備を済ませると、通学用のリュックを背負い、隣の席の絃葉と共に教室を後にする。

 学校を出て通学路を歩く二人。

 今から向かう先は、駅のある場所だ。


「橋本君。私の弁当屋で何を頼むか決めてる?」


 隣を歩いている如月絃葉(きさらぎ/いとは)が話題を振ってくる。

 今日は、悠一にとって特別な日だった。

 高校生になって久しぶりに彼女の実家である、紅葉弁当屋に行く事になっていたからだ。

 中学に通っていた頃は、塾帰りや学校帰りに紅葉弁当屋に立ち寄る事が多く、受験勉強で疲れていた心と体を癒していた。


 高校生になってからは、弁当屋のある商店街に向かう事が殆どなかった事から楽しみにしていたのだ。


 駅から地元の駅まで移動し、そこから商店街の方面まで二人は一緒に会話を弾ませながら進んで行く。


 一年ぶりくらいに商店街通りの看板を見やると、不思議と懐かしさを覚える。


 悠一は懐かしさを肌で感じ、絃葉と共に先へ進むと、そこには目的地である紅葉弁当屋の店名がかかれた看板とお店があった。


 紅葉弁当屋は基本的にお持ち帰りを専門としており、商店街の通りに面したところに、ショーケースに入った弁当のサンプルと、その隣に会計エリアがある。


「いらっしゃい……って、絃葉、帰ってきたの? 今日はなんか早いんじゃない?」


 店番をしていたのは、割烹着姿の女性――絃葉の母親だった。


「うん、そうだよ。今日はね」


 絃葉は、母親の方を見て言う。


「あれ? そちらの方は、もしかして、ずっと前に、弁当屋を利用していた子かしらね?」

「そうだよ、中学に通ってる頃に利用していたんだって。今日は時間に余裕があったからね、連れてきたの」


 絃葉が、悠一の紹介をしてくれていた。


「そうなの、やっぱり、あの子なのね。久しぶりに来てくれたのなら、弁当をサービスしないとね。一緒に店内で食べていくんでしょ? 今は誰もいないから、自由に利用してもいいからね」

「そういう事だから、橋本君、入って」


 絃葉から背を押され、店内に入る事となったのだ。


 夕方という事もあってか、弁当を購入する人はいても、店内を利用している人は本当に居なかった。


 自由な空間が広がっており、店内のイートインスペースには木製のテーブルや椅子が沢山置かれている。

 壁には商店街関係のポスターなどが飾られ、大きな薄型テレビが一台設置されてあったのだ。

 昔の雰囲気を漂わせながらも、新鮮な空気を取り入れている感じがある。


 中学時代に、弁当屋に通っていたものの、イートインスペースに足を踏み入れたのは今日が初めてだ。


「さ、早く座って。橋本君」


 悠一が店内を見渡していると、絃葉が椅子を引っ張り、そこに座るように促していた。

 悠一は、絃葉と同じテーブルに向き合うように座る。


「久しぶりだし、どんな弁当でもいいからね。お母さん、気合を入れて作るから」


 二人がいるテーブルまでやってくると、絃葉の母親が笑顔で話す。

 悠一がお客として利用していた時もそうだったが、彼女の母親の話し方には親しみやすさがあり、悠一も変に緊張せずに自然な形で受け答えできていた。


 メニュー表は、テーブルの上にあり、二人はそれを見て選び始めるのだ。


「……あれ? そう言えば、お父さんは?」

「あの人なら、買い出しに行ってるよ。どうしても、あの調味料じゃないとダメだって言ってさ。仕事に関しての拘りがあっていいんだけどねぇ」


 絃葉の母親は少々困っている様子だった。

 それと同時に、そんな姿も嫌いになれないといった表情も見せていたのだ。


「まあ、二人は遠慮しないで決めてね。お客が来たようだし、決まったら声をかけてね」


 ――と言って、立ち去って行ったのだった。




 二人はメニュー表を見て、各々の弁当を選択する。

 その頃には絃葉の父親が店に戻ってきており、二人から注文内容を聞いた母親が、父親に弁当名を伝えていたのだ。

 それから二〇分ほど経ち、絃葉の母親がトレーに乗せた料理を二人がいるテーブルまで持ってくる。


「はい、ミックスグリル弁当と、焼き魚弁当ね。あと、二人には唐揚げ五つずつサービスしたから。育ち盛りなんだから、遠慮せずちゃんと食べてね」


 テーブルに置かれた弁当は、お持ち帰りする時に使うプラスチック製の弁当容器ではなく、定食のように皿の上に盛り付けられた状態で提供された。

 ご飯は茶碗に、そして、お味噌汁もついている。


「こんなにサービスして貰っていいんですか?」

「別にいいわ。でも、残さないでね。あとね、今回二人分の支払いはタダでいいわ」

「え、本当に良いんですか?」


 悠一が、絃葉の母親を見やると、笑顔で大丈夫だからと返答してきた。


「それと、気になってたんだけど、二人は付き合ってる感じ? ねえ、絃葉、そこらへんはどうなの?」

「え、まあ、そ、そうだけど……」


 絃葉は、実の母親に伝える事に恥じらいを持っていたが、悠一の方は迷うことなく、はい、付き合ってますと言い切ったのだ。


 絃葉と付き合うと、心に誓った。

 だから、迷いなんてなかったのである。


「そうなの? それは良かったわね、絃葉。お母さんは応援するからね。でも、絃葉って、弁当作りが苦手なのよね。味付けを間違ったり」

「それは言わなくてもいいでしょ。というか、この頃、お菓子作りをやるようになって。少しは改善できたし」


 絃葉は頬を紅潮させつつ、ムッとした顔を母親に向けていた。

 絃葉は恥ずかしかったようで、上目遣いで正面の席に座っている悠一の事を見つめてくるのだ。


「そ、そうだ、橋本君。昨日ね、お菓子を作ったの。良ければ食べてほしいんだけど。良ければ今から持ってくるけど」

「作ったの? あるなら食べてみたい」


 悠一は、絃葉が作ったお菓子に興味がある。

 味はどうであれ、彼女のお菓子を食べてみたいという思いが強くなるのだ。


「じゃあ、持ってくるね」


 そう言って、彼女は席を立って、店の奥まで向かって行く。


「悠一くんでいいんだよね」

「はい」

「あの子、料理はまだまだ下手だけど、この頃頑張ってたんだよね。それと、絃葉の事をよろしくね」


 母親は空気を読んで、テーブルから離れ、会計エリアまで戻って行く。


「お待たせ」


 絃葉が店内の奥から戻ってくる。


「これなんだけどね。どうかな」


 小皿の上には、チョコクッキーが一〇枚置かれてある。


 悠一は、テーブルに置かれた、それに手を伸ばし、口へと向かわせた。

 味わって食べていると、普通に美味しさが口内に広がっていく。


 料理下手と言いつつも、クッキーらしいサクサクとした味わいと、チョコの甘さがしっかりマッチしていたのだ。

 何度も練習を重ねた事が伺えた。


「いいね、これ、俺はこういう味は好きかな」

「そ、そうなんだ。じゃあ、頑張った甲斐があったかも」


 絃葉はパアァと明るい満面の笑みを見せてくれた。


「それと……これから正式に付き合って行くわけだし、そろそろ、下の名前で呼び合わない?」

「いいよ、それでも」

「じゃあ、悠一……これからもよろしくね。あと、他の子に浮気したら許さないからね。それは絶対だからね」

「ああ、わかってるよ、絃葉」


 絃葉は、悠一の事を注意深く見つめていたが、その後で軽く息をはいて、悠一の言葉を信じ、胸を撫でおろしていた。

 悠一は絶対に約束すると発言し、彼女と言葉を交わす。


 二人は料理が冷める前に箸を手に取り、一緒に食べ始める。


 悠一は懐かしい弁当の味を噛みしめながらも、絃葉との二人きりの時間を過ごすのだった。


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