第28話 今日の放課後に、俺は幸せも噛みしめる
やっと、今日も平和に終わったか。
教室にいる橋本悠一は長く険しい授業を乗り越え、席に座ったまま大きく背伸びをしたのだ。
今の気分を最高だった。
朝から気にしていた恵麻の件だが、放課後に至る今まで特に大きな異変などが無かったからだ。
恵麻が嘘をついていたことがバレて、二人の友達から色々言われたのかもしれない。
恵麻と距離を置けるなら、何だっていいと思う。
後は帰宅するだけだ。
悠一は、クラスメイトらが教室を後にしていく中、少々遅めの帰宅の準備をする事にした。
そんな悠一の右隣で、隣の席の彼女――如月絃葉が通学用のバッグに教科書をしまう音が聞こえてくる。
絃葉はふわりと、そのロングヘアを揺らし、悠一の方をチラリと見やるのだ。
その自然体な仕草に、悠一は不覚にもドキッとしてしまう。
「ね、橋本君。今日は予定ってある?」
絃葉の声は、心地よい春風のように柔らかくて、悠一の耳にスッと入ってくる。
「いや、特に何もないよ。絃葉もない感じ?」
「うん、私もないよ。だから誘ったの。何もないなら一緒に帰ろ」
「わかった、ちょっと待ってて」
悠一は席から立ち上がると、机の上に置いたリュックの中身を確認する。
準備を終えた直後、リュックのチャックを閉めて、それを背負う。
絃葉から誘われ、一緒に帰宅する事になったわけだが、胸のあたりがワクワクするのだ。
悠一はテンション高めで、絃葉と共に教室を後にする。
昇降口で外履きに履き替え、それから校門をくぐり、街へと向かって歩き出す。
放課後の通学路は、なんだかいつもよりキラキラしている気がした。
隣を歩く絃葉の方をチラッと見やる。
一緒に歩いているだけなのに、どぎまぎするのだ。
この前の土曜日。一緒に遊んだ事で、さらに彼女の事を意識するようになったのだろう。
これから街中に行くわけだが、楽しみでしょうがなかった。
「ねえ、橋本君。これを見て!」
隣にいる絃葉が急に立ち止まると、バッグからキラリと光るキーホルダーを取り出したのだ。
そのキーホルダーは、デフォルメされたウサギがコーヒーカップに乗っかっている感じのデザインであり、物凄くキュートで愛らしいマスコットキャラである。
「橋本君、これ、覚えてる?」
「え? ……あ、ああ……? もしかして、この前の遊園地で購入したもの?」
「そうそう! 橋本君がこれが良いって選んでくれたキーホルダーだよ。ちなみにお揃いにしたんだよね」
絃葉は笑顔で話しかけてくる。
あの時は、幼馴染の弥生から放たれていたオーラに圧倒され、咄嗟に手に取り、絃葉に買っておくように頼んで渡したやつだった。
改めてキーホルダーを見やると、意外と自分はセンスがあるのかもしれないと思う。
「そうだ、この前のお金、返すね。はい、四〇〇円!」
「あ、ありがと」
「お釣りを返すの遅くなってごめんね。あの日の土曜日ね、本当は地元の駅に到着してから渡そうとしていたんだけど。橋本君、すぐに帰っちゃうんだもん」
「そ、そうだったか、ごめんごめん。俺の方も忘れてたよ」
その土曜日の帰りは体に疲れがたまっていて、一刻も早く帰宅したいという思いが強かったのだ。
「ほら、見てよ。私も橋本君とお揃いのキーホルダーをつけてるの。気づいてくれた?」
絃葉がバッグを持ち上げると、確かに同じキーホルダーがチャックのところについている。
話によれば、朝からつけていたらしいが、移動教室の授業が多く全然気づかなかった。
「橋本君も、後でつけてみてね」
「うん、そうするよ」
悠一は手にしているキーホルダーをまじまじと見やった後、一先ずリュックの中にしまう事にした。
「ねえ、今日はどこに行く? 私はどこでもいいんだけど。橋本君がおススメの場所があれば」
「え、まだ何も決めていない感じ?」
「うん、何となく街中に行こうかなって。ただ家に帰るだけってのもつまらないし」
「そ、そうか。じゃあ……そうだな、どこに行こうか」
悠一は必死に考えていた。
がしかし、行き当たりばったりのプランしか思い浮かんでこなかったのだ。
「じゃあ……何となく街中に行くならさ、今日はウインドウショッピングでもいいかな?」
「私、それでもいいよ」
彼女も賛成してくれて、悠一は街中のアーケード通りまで一緒に向かう事にしたのだ。
街中――アーケード通りにあるデパート前に到着した二人。
二人は早速ウインドウショッピングをスタート。
デパートの建物の外壁についた宣伝用の大型ディスプレイを少し見た後、デパート内に入る。
何かを購入するわけではないが、彼女と一緒に店内を歩いているだけでもテンションが上がるというものだ。
「ね、橋本君。あれ見て!」
絃葉が指さしたところには、スイーツ専門店のショーケースが見える。
その中には、ショコラケーキやチーズケーキ、ブルーベリーケーキの食品サンプルが綺麗に並べられているのだ。
他には色とりどりのフルーツをふんだんに使ったスイーツも複数ある。
宝石のように輝いており、ショーケース前にいる絃葉の目は完全にくぎ付けになっていた。
「えー、これ、いい感じじゃない? 私、食べてみたいんだけど。でもどうしようかなぁ」
絃葉の瞳はキラキラと輝いている。
が、躊躇いの表情も見え隠れしていたのだ。
「じゃあ、寄って行く?」
「え? いいの? でも、昨日は家で、お弁当の残りをたくさん食べて」
そう言いながら、彼女は自身のお腹のところを左手で触っていた。
「食べたいんでしょ? こういう時は我慢しない方がいいよ」
「そ、そうだよね! ご飯とスイーツは別だもんね!」
スイーツを眺めていた絃葉の瞳は、まるで太陽のように眩しい。
だから、食べない方がいいとは言えなかった。
余計に我慢してしまう方が体に悪いのだ。
少しくらいふっくらしても、女の子なら可愛らしいと、悠一は心の中で思っていたが、そういった事は口には出さなかった。
二人はスイーツ専門店の店内へ移動する。
店内は白を基調としたお洒落な内装に加え、お菓子の甘い香りが漂ってくるのだ。
今年リニューアルしたばかりらしく、きちんと清掃も施されており、居心地が良い空間が、そこには広がっていた。
注文は受付カウンターで行うシステムになっており、前払い制のようだ。
二人は店内で食べる事を告げ、ケーキなどの名前を伝える。すると、カウンターにいた女性の店員が、無駄のない動きで会計を済ませ、丁寧な手さばきでケーキを皿に盛りつけてくれる。
悠一はショコラケーキ。絃葉はイチゴやバナナ、キウイがショートケーキに乗ったゴージャスさが際立っているフルーツケーキを選んでいた。
飲み物はコーヒーしかなかった事で注文はしなかったのだ。
悠一はトレーに乗った皿に盛りつけられたケーキを持ち、絃葉と共に席に向かう。
二人は席に腰を下ろし、食べる準備を整えると、フォークを手にしてケーキを口内へと運ぶ。
すると、すぐに各々の甘さが口いっぱいに広がっていくのだ。
二人はケーキを食べた幸せを感じていた。
「んー⁉ 美味しい! 橋本君、このケーキ最高だよ!」
「我慢しなくて良かっただろ」
「うん、でも、帰ったらちょっと運動しようかな。あまり太りたくないしね」
絃葉は頬を赤く染めながら軽く笑っていた。
そんな彼女の笑顔も素敵だ。
特に変わった事をやっているわけではないが、付き合っている子と一緒に放課後を過ごしているだけでも楽しい。
二人は一時間ほど店内でおしゃべりをしたり、ケーキを食べ合いっこして過ごした。
「ね、橋本君。また時間があったら来ようね!」
「ああ、そうだな。このお店のケーキは美味しかったし」
互いに幸せを噛みしめる。
そんな中、絃葉がまた笑みを零す。
その自然体過ぎる表情に、悠一はまたドキッとしてしまうのだった。




