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第26話 今日が一番辛い日かもしれない…

 はあぁ……最悪だ……こんな状況。誰がこうなるって予想するんだよ。


 橋本悠一(はしもと/ゆういち)は心の中で毒づきながら、アーケード通りにあったカラオケ店の自動ドアを嫌々くぐる。

 頭の中は、早く帰宅したいという思いでいっぱいだった。

 ゲームでいうところの、逃れる事の出来ない強制イベントに巻き込まれた物語の主役のような感じだ。

 ゲームなら楽しいイベントではあるが、現実で経験するのは心苦しい。


 カラオケ店内に入ると、すでに北桜恵麻(きたざくら/えま)の友達二人が受付のところで二時間の予約を済ませていたのだ。


「ね、二人とも、部屋に行くよ」


 遠くの方からショートヘアな子が呼びかけてくる。


 早く逃げたいが、左腕は恵麻に拘束されている状況だった。


 悠一は恵麻と一緒に、前の方を歩いている二人の元へ近づいて行く。

 悠一は、部屋に入る、このタイミングしかないと思い、目の前にいる二人に対して声をかけようとした。


「あ、あの……俺、実はですね――⁉」


 刹那、足元にズキッとした鋭い痛みが走る。

 足元を見やれば、隣にいる恵麻がニコニコしながら悠一の足をガッツリと踏んでいたのだ。


「ねえ、何かな? 悠一? 何か話したい事でも?」


 恵麻が不気味な笑みを浮かべ、悠一の方を見つめているのだ。


「ん? なに? 何か話したい事があった感じ?」


 ショートヘアな子も、黒髪の子も同時に振り返り、悠一の方へと視線を向けていた。


「い、いいえ、なんでもないです」


 悠一は諦めがちな表情で言葉を飲み込んだ。

 恵麻の前では抗うことなどできず、辛い現実を受け入れる羽目になった。


「問題ないなら。さ、入って」


 ショートヘアな子が率先して扉を開けてくれた。

 もう逃げることなどできず、流れに身を任せるしかないと思いながら、悠一はしぶしぶと部屋の中に入る。


 案内されたカラオケの個室は意外と広々としていた。

 ちょっとしたパーティールームみたいで、壁には派手なLEDライトがチカチカと光っており、ソファもふかふか。ゴージャスさが際立っているようだ。

 雰囲気だけなら悪くないのだが、悠一の心は曇天模様だった。




「よし! 二時間もあるし、歌いまくろうー!」


 ショートヘアな子――里奈(りな)が、テーブルに置かれていたマイクを手にテンション爆上げで皆のテンションも高めていた。


「ねえ、皆は何を歌う? というか、最初に私から歌ってもいい?」


 積極的な立ち振る舞いで里奈がソファに座ると、目の前にテーブルに置かれていたタブレットを、マイクと交換する形で手に取り、操作していたのだ。


「じゃ、私、ドリンクバーに行ってくるね。皆は何がいい?」


 部屋の入り口近くに佇んでいる黒髪の子――(さくら)が、皆の方を見て問いかけてくる。


「私はミルクティーでお願い!」


 里奈が即答した。

 すると、恵麻が悠一に一瞬の隙も与えず、ニコニコしながら、こう言ったのだ。


「ソーダオレンジ二つで!」


 悠一が言い直す前に、桜が了解と言って部屋を後にして行く。


 悠一は仕方なくといった感じに、恵麻と並んでソファに腰を下ろす。

 気分は、現状と逆行するかのように、テンションはだだ下がりだった。


 そんな中、タブレットを持ったまま、二人に近づいてくるショートヘアな子。


「ねえねえ、恵麻の学校ってどんな感じ? 新学期になってどんなかなって」


 里奈と、恵麻は、悠一を中心にして話し始める。


「うん、普通に楽しいよ」


 恵麻はサラッと答えていた。


「そっか、じゃあさ、里奈の学校はどう? 楽しい感じ?」

「まー、そこそこね。規制もゆるいしさ、自由にやってる感じ。あとね、いいことがあったとしたら、新しい担任の先生がイケメン過ぎるってことかな」

「へえ、そうなの。いいね。私のクラスの担任教師は五〇歳くらいの男性なの」

「でも、いいじゃん、恵麻の先生もさ。ベテランって感じで」

「まあ、そうかな?」


 二人のやり取りは、悠一を挟んだまま続行中だった。

 二人の女子トークに巻き込まれる中、里奈の視線が、突如として悠一へと向けられるのだ。


「ねえ、恵麻の彼氏なんだよね。恵麻とどういう流れで付き合ったの? 詳しく聞きたいんだけど」


 悠一は、恵麻の彼氏だと思われているのだ。

 彼氏だとは思われたくないが、逃げる事も出来ない状況に声を出せずにいると、心臓の鼓動が変に加速してくる。

 気まずい空気感が悠一の周りに漂う。


「えっとね。去年の文化祭で接点を持って。それから付き合う事になったの」


 無言のままの悠一を差し置いて、恵麻が余裕のある表情を見せながら話し始めたのだ。


「文化祭ね。いい感じじゃん。出会い方とかもさ。恵麻はいい子だから大切にしなよ」


 里奈が、悠一の背を押すように話しかけてくる。

 実際のところ、恵麻は自分勝手な子だ。

 本当の事を言ってやろうと思った時、部屋の扉が開く音と重なってしまい、悠一の声は響かなかった。


「持ってきたよ。皆で飲もう」


 桜は戻ってくるなり、扉を閉め、テーブル上に、ソーダオレンジ二つと、ミルクティー二つのグラスが並ぶ。


「あれ? 恵麻の彼氏って、ちょっと疲れてない? ね、飲み物でも飲んで気分を直そ」


 里奈がグラスを持ち上げ、悠一の口元まで持ってきた。


 悠一は飲み、体の中にシュワシュワな炭酸飲料が流れ込んでくる。


「う、うん、丁度良くなったよ……」


 悠一は少し引き気味な表情で、里奈に言葉を返す。


 飲み物で喉を潤した事で、大分気分が良くなった。

 だから、この際だからハッキリと言ってしまおうと思ったのだ。


「あのさ、俺……本当は付き合ってないんだ」


 悠一の発言に、左隣にいる恵麻の表情が青ざめ。

 なんで、そんな事を言うのといった感じの視線を悠一に向け始めていたのだ。


「え、え⁉ ど、どういうこと⁉」

「え⁉」


 里奈も桜も、目を丸くして困惑している様子だ。


「昔は恵麻と付き合っていたんだけど。もう別れたんだ。さっきは嫌々誘われて、彼氏のように仕立て上げられただけで。もっと早い段階で言おうとしたんだけど、話すタイミングが無くて。お、俺、帰るよ。こんな空気にしてしまったわけだし」


 悠一はヤケクソですべてを話しきったのだ。

 恵麻の友達らはキョトンとしている。


 悠一がすぐに立ち上がると、自分の分の代金は払っておくと財布から千円を出し、強引な形で部屋を後にするのだった。


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