第23話 本気を見せる幼馴染は怖い⁉
現状が現状なだけに、橋本悠一はベンチに座りながら困惑していた。
近くに佇み、悠一の事を見下ろしているのは、幼馴染の渡辺弥生である。
弥生の瞳は怖い。
得体のしれないモノに見つめられているかのような存在と化しており、すべての力を覚醒させた最終形態の敵のよう。
しかも、風のないところで、彼女のショートヘアな髪が揺れているのだ。
その度に、漆黒のオーラが爆発しているみたいで、悠一は内心怯えていた。
「え、えっと……や、弥生? ……何か用でしょうか……?」
悠一はビビりながら、何もわからないただの一般人のような立ち振る舞いで、彼女へ言葉をかけた。
正直なところ、彼女は何を言いたいのかくらいはわかっている。ただ、それ以上のセリフを耳にしたら、後戻りできない状況になりそうで攻めた話し方が出来なかったのだ。
悠一が話してから数秒ほどの合間が出来、弥生からの返答が返ってくるまでヒヤヒヤの連続だった。
「ねえ、悠一? わかってるよね? 私が何を言いたいのか?」
弥生の声はいつもよりも低かった。
最終決戦間近な状況を再現しているかのような現状に、悠一は彼女から放たれる威圧的なオーラをチラッと見、ゴクリと唾を飲み込み。咄嗟の判断で首をコクコクと動かす事しか出来なかったのだ。
「う、う、うん……た、多分……」
悠一の脳内は完全にパニック状態だった。
ついこの前に、弥生から告白されたばかり。
悠一には、如月絃葉という現在進行形で付き合っている恋人がおり、弥生には告白の返事を返していなかった。
弥生と付き合うにしても、断るにしても、色々と問題が生じそうで踏み切れずにいたのだ。
数秒ほどの合間があってから、弥生はふうと軽く息をはくと、悠一の隣に座ってきた。
彼女との距離感が急に近づき、なんて話を繋げていけば良いのかわからず、悠一の脳内は混乱状態。
「悠一さ、私と付き合うって言っていたよね?」
「え、え⁉ そ、そうだっけ⁉」
悠一は彼女の方をチラッと見る程度で、とぼけた感じに発言した。
「で、でもさ、あの時は急に告白されてさ。俺、ちゃんとした返事が出来ていなかったと思うんだけど……」
悠一はたどたどしい口調で言った。
「でも、私はもう付き合っていると思っているというか、そう思いたいの」
隣にいる弥生からまじまじと見られている気配を感じる。
悠一は、次の言葉を口に出せず、変な合間もあってか、心臓の鼓動がさらに加速していく。
「それでさ、あの子とはいつまで付き合っているつもり?」
「そ、それは……」
「私、本気なの」
悠一は彼女の方を申し訳程度に見やる。
すると、そこには女の子らしいオーラを放つ、弥生の姿があった。
先ほどまでのラスボスオーラは消えており、彼女は優しく誘惑するかのような口調で話しかけていたのだ。
弥生の事は昔から知っている。
普通に良い子で、優しい子なのだ。
昔は友達として一緒に過ごしていて楽しかったのを覚えている。
でも、付き合うとなると、昔の記憶が脳内に蘇り、すぐに首を縦に動かし、恋人として付き合う決意を示す事などできなかった。
「ねえ、どうして、悠一は、私の気持ちとちゃんと向き合ってくれないの?」
弥生の声が少々震えていた。
彼女の瞳からは本気さを感じられ、心に何かが突き刺さるように苦しくなる。
「……う、うん……あのね、弥生。弥生の気持ちはわかるよ。で、でもさ、急に告白されて、今付き合っている絃葉と別れるって、そんな簡単な話じゃないっていうかさ」
「でも、私の為に動いてくれてもいいよね?」
弥生は上目遣いで、悠一の心に訴えかけてくるのだ。
「んッ、そ、それは……でも、そういう風な無茶を言わないでくれよ……俺も困るよ」
「じゃあ、あの子の事が好きってこと?」
弥生から言われ、少々悩みながら口を動かす。
「好きっていうか、絃葉と一緒にいると楽しいし、悪い子じゃないっていうかさ。弥生もそれはわかるだろ。ようやくまともに出来た彼女なんだ」
「……うん、そうだよね。悠一の気持ちもわかるよ……あの子、悪い子じゃないってのも。でもね、悠一が他の子と楽しそうにしてるの……私ね、物凄く苦しいの」
弥生の口から放たれる声には切なさがあった。
彼女の表情は、本当に心に突き刺さるようだ。
どうすればいいのか、悠一は上手く判断がつかずに、焦る。
二人は無言のまま、瞳を重ねていたのだ。
そんな中、弥生の方から数秒の時間を砕くように、話し始める。
「……わかったわ。私もちょっと強引すぎたかも。少しだけ時間をあげるから、ちゃんと自分の気持ちを整理してから決めて」
「……あ、ああ、わかった」
悠一はホッと胸を撫でおろす。
だが、すべての問題が解決されたわけじゃなかった。
結局は、絃葉と弥生、そのどちらかを選ばないといけないのだから――
悠一と弥生。
その二人の間で話し合いが終了した直後。
買い物を終えた絃葉たちと、遊園地の敷地内にある、ぬいぐるみショップの店内で合流する。
絃葉は大きな紙袋を抱えてニコニコしており、弥生の妹である愛唯は特大のクマぬいぐるみをギュッと抱きしめていたのだ。
弥生の弟――春哉に関しては、遊園地限定のスポーツ系の帽子を購入したようで、それを格好よく頭につけていた。
五人は今日、これから大きな用事もなかった事から、一緒に地元の駅まで帰る事にしたのだ。
色々なことがあり、ヘトヘトな悠一は駅で皆とバラバラに別れるなり、そのまま迷うことなく自宅まで向かう。
「はぁ……疲れたぁ……」
悠一は自宅に到着するなり、リビングのソファにドサッと倒れ込む。
今日も今日で物凄く大変だったんだけど……。
ん?
仰向けで横になり、目を閉じてボーッとしていると、誰かの気配を感じた。
「お兄ちゃん、お帰り!」
声の主は、実の妹である月空詩。
瞼を開けると、妹の顔がハッキリと見えたのだ。
悠一は上体を起こし、それからソファに座り直す。
「ただいま……」
「なんか、疲れてる感じ? ね、今日の如月さんとのデートはどうだったの?」
妹の月空詩は、悠一の隣に座る。
「まあ、色々とな」
「色々? 詳しく教えてよ、お兄ちゃん!」
月空詩は興味津々なようで、ワクワクした顔を見せていた。
妹は知らないのだ。
悠一が予想外な事態に巻き込まれ、修羅場染みた経験をしていた事など――
悠一は深呼吸をつくと、話し始める。
「最初は予定通りだったんだけどさ。美術館近くの喫茶店で弥生と、弥生の弟妹ともバッタリと会って。そこから一緒に遊園地に行くことになったんだよ」
「そ、そんなことが⁉ 大変だったね」
「そうなんだよな」
「でも、元を辿ればお兄ちゃんが、ハッキリとしないから、そういう事態になってしまったでしょ?」
「そ、それは確かに」
月空詩からの的確なツッコみに、悠一は言葉を詰まらせる。
至極真っ当な意見を前に、今日の出来事がフラッシュバックして頭を悩ませるのだ。
また、今日の疲れが内面から押し寄せてくるようだった。
「でも、弥生の方も少し待ってくれるって言ってくれたんだ。だからちょっとした進展はあった感じ」
「へえー、そうなの? まあ、それならいいんじゃないかな。最終的には選ばないとだね、お兄ちゃん!」
「それはな。出来るだけ、早めに返答するつもり」
隣にいる妹は、そうなんだと言った感じ、相槌を打ちながら真剣に話を聞いてくれていたのだ。
「えっと、それで、弟妹とも会ったんでしょ? どんな感じだった?」
「んー、愛唯も可愛くなってたし、春哉も男っぽくなっていた感じ」
「へえ、そうなんだ。この頃会えていなかったら会いたいな。昔は皆で一緒に良く遊んだよね」
「確かにな。まあ、色々と問題が解決したらな。その時にゆっくりとな」
悠一は妹に話しながら遠い目を見せていた。
昔は、弥生とは単なる幼馴染だったのだ。
今では、複雑な間柄になっている。
人生というのは何が起きているサッパリだ。
「そうだね、渡辺さんちとはまた後でね。そうだ、今日はシチューを作ってたんだけど、一緒に食べない? 今ね、野菜とお肉を煮込んでいる最中で、あと三〇分くらいかかるんだけど」
「シチューか! それはいいね!」
悠一は気分を切りかえ、妹と共にキッチンへと向かう。
それから一緒に夕食の手伝いを始めたのだった。




