第19話 今日の電車内で彼女と二人きりなのだが⁉
ようやく終わった。
金曜日の放課後。橋本悠一は教室の机に突っ伏しながら達成感に浸っていたのだ。
机の上には来週提出期限の課題――今流行りの本をリサーチしてA4サイズのレポートにまとめるという内容。
同じ委員会に所属している杉本莉愛と共に完成させたのだ。
協力して作業に取り掛かれば、意外とあっけなく終わるもの。
二人は校舎の文芸部の部室へと向かい、完成済みのレポートを先輩に提出した。
「やれば出来るじゃん、橋本、杉本!」
二人からレポートを受け取ったのは、文芸部の小鳥遊先輩だ。
いつも明るく笑顔が特徴的な上級生。
彼女は二人の頑張り具合を認め、笑顔を返してくれる。
凄いなと続けて言われ、二人は内面から喜びが湧き上がる感覚を体で感じていた。
褒められると、実際のところ素直に嬉しい。
先輩は少々強引な性格ではあるが、悪い人ではない事は確かだ。
褒める時は褒めるし、厳しく指導する時は的確に指導してくれるのだ。
「でもね、ここの部分をもう少し詳しく書き直してほしいんだけど、いいかな」
小鳥遊先輩からのちょっとした指摘を貰う。
二人はレポート用紙の全体を見て、先輩から貸してもらったシャープペンを使い、一部分だけ修正する。
「うん、これで問題ないね。本当にありがとね。二人には感謝してるよ。休日はしっかりと休んで来週も図書委員としての活動お願いね!」
二人は、笑顔を見せる先輩に見送られ、そのまま校舎の昇降口へ向かう。
それから学校の校門を通り抜けた辺りで、莉愛の方には用事があるらしく、また来週と言ってきたのだ。
二人は各々の家に向かう為、学校近くの交差点で別れた。
悠一は一人で歩いて駅まで移動する。
明日、絃葉と一緒に遊べる事を想像し、気分を高ぶらせていたのだ。
そんな中、今日の内に明日のスケジュールを作っておこうと、悠一は考えていたのだった。
土曜日の朝は忙しかった。悠一は自宅の鏡の前で、バッチリとコーデを確認する。
「完璧だな、これで間違いなしってところか」
悠一はリビングにて、自分で作ったハムエッグを乗せたトーストを食べ、気分はすでに高まりつつある。
今から絃葉とデートする事を考え、ワクワクしているのだ。
待ち合わせ場所は、十時に地元の駅と約束していた。
朝食を終わらせると歯磨きをし、再び脱衣所の鏡前で外見をチェックする。
すべてを整え終えると、妹の月空詩に行ってくると告げ、ちょっと早めに家を出て駅まで歩く。
駅中に到着した悠一はスマホ画面を見やる。
時刻は九時五五分。
しっかりと五分前行動をして、完璧な一日を過ごせそうな予感を感じていたのだ。
内心でガッツポーズを決めつつ、キョロキョロと辺りを見渡す。休日の駅は意外と人が少なかった。
人が多い時間帯は七時から九時までであり、それ以降は数人程度しかいないのだ。
先ほどから辺りを見渡しているのだが、彼女の姿はまだない。
――と、その時だった。
「橋本君! ごめん、待った?」
黒髪ロングヘアをサラサラと揺らし、駆け寄ってくる可愛らしい外見をした女の子。
彼女――如月絃葉こそが、悠一が探していた子であり、事前に待ち合わせしていた場所で会う。
春の季節に似合う感じのコーデを着こなす彼女。
何を着ても似合っているのが凄い。
理想とするデートの始まり具合に、悠一は緊張し始めてくる。
脳内で想像している時は、なんともなかったのに彼女の私服姿に心を奪われてしまっていたのだ。
「い、いや、だ、大丈夫だよ、まだ五分前だしッ!」
平常心で何とか保とうとするが、緊張するあまり声が裏返っていたのだ。
「そっか、良かった。時間ギリギリかと思っていたの。でも、間に合って良かったかも」
絃葉はホッと胸を撫でおろし、フワッとした愛想の良い笑みを浮かべていた。
その瞬間、悠一の心拍数はさらに急上昇する。
「じゃ、じゃあ、行こうか。美術館にッ」
悠一は彼女にさりげなく笑みを見せるが、その表情はどこかぎこちなかったのだ。
二人が向かうのは、別の街にある美術館。地元にも小さな美術館はあるものの、知り合いにバッタリ会うリスクを避ける為に、悠一が別の街へ行こうと提案していたのだ。
これで心置きなく過ごせると感じながら、悠一は改札口を通り過ぎ、電車が停車するホームまで向かう。
二人が、そのホームに辿り着いた直後、電車がやってくる音が聞こえ、立ち止まることなく車内に入る事が出来たのだ。
二人は隣同士で横長のソファに座る。
車内にはあまり人がいなかった。
中にいた人ら全員が、現在の駅で降りていたからだ。
それからほどなくして電車は動き出す。
普段の通学する方角とは真逆であり、窓の外を流れる景色はいつもと違って新鮮だった。
隣に座る絃葉は、スマホで昨日、悠一から貰ったメッセージを確認していたのだ。
「えっとさ、橋本君。目的の駅に着くのが十一時ちょっと前くらいなんだよね? そこから美術館まで徒歩十五分って事なんだよね?」
「そんな感じ。まあ、スケジュール通りにはいかないかもしれないし、そこは気楽に行こうね」
「そうだね、気楽に考えた方がいいよ」
絃葉が見える笑顔を前に、悠一の心はまたしても揺れ動いていた。
隣にいる絃葉が近すぎて、視線を合わせるのも気恥ずかしく思えてくる。
だが、二人きりのチャンス。
もっと、色々と積極的に会話して、絃葉に対する自身の気持ちをハッキリとさせようと思うのだった。
無言が一番よくないのだ。
悠一の方から話題を振ってみる事にした。
「そう言えば、如月さんは普段というか、休日は何をしてるの?」
「え、私? うーん、そうだね。音楽を聴いたりとか、お菓子作りとか」
「お菓子作り? 如月さんは料理が苦手だって」
「そうなんだけどね。やっぱり、家族がお弁当屋を経営してるのに、全く料理が出来ないってのも変かなって。この頃、挑戦するようにしたの。クッキーを作ろうとしたんだけど焦げちゃって」
彼女は以前の失敗談を話し、苦笑いを浮かべていた。
「橋本君は?」
「俺は漫画とか小説を読むことが多いかな」
「へえ、どんなのがおススメとかってある?」
絃葉は興味を持って質問してきているのだ。
悠一もしっかりと返答しようと思った。
「んー、例えばね。学園の成績すべてが、テストの点数だけで決まるっていうラノベがあって。それは何度かアニメ化されてるんだけどね。物語に登場する主人公たちの頭脳戦がいいんだよね。成績の為に裏工作したり、教師をお金で買収したりとか。ずる賢い人も登場したりしてさ」
「え、聞く限り、ダークな感じの世界観なのかな? でも、何か面白そう!」
「普通に面白いよ! アニメもいいけど、できれば原作のラノベの方を読んでほしいかな。心理描写がしっかりと描かれてるし、キャラクター同士の掛け合いとかを読むと、ハマると思うよ」
「じゃあ、そのラノベに興味があるし、スマホでチェックしてみようかな!」
絃葉スマホを取り出し、検索を開始。
悠一は、彼女の画面を指さしながら熱く解説を続けるのだ。
――と、その瞬間!
二人の手がぶつかる。
「ご、ごめん」
「こちらこそ」
しかも、気づけば、二人の距離感が凄く近い。
よくよく見れば、絃葉の頬がほんのりとピンク色に染まっているのが伺えて、悠一の心臓は爆発寸前だった。
今のところ、奇跡的に車両には二人しかいない。
静かな空間にドキドキが響き合う。
このまま何かが起きるのかと思っているとアナウンスが入り、停車する次の駅の名前が告げられる。
「ご、ごめんね」
「俺の方こそ……まあ、後二〇分もあるしさ。なんていうか、さっきのラノベについてもう少し詳しく教えるよ」
二人は頬を紅潮させたまま、はにかんだ笑い方を見せ合う。
でも、この気持ちは本物かもしれないと、悠一は感じられた瞬間であったのだ。




