第18話 本の楽園のような場所?
「はぁ、はぁ……ここまで来れば、何とか……」
息を切らし、アーケード街にいる橋本悠一は背後を振り返る。
そこに北桜恵麻《きたざくら/えま》の姿は無く、一安心できる状況であった。
「ここまで来れば問題はないか……」
その場で深呼吸をし、息を整えようとする悠一はホッと胸を撫でおろす。
だが、その瞬間である。
「ね、ねえ、悠一君? いつまで私の手を触っているつもりなの?」
少々不安そうな声で話しかけてくる、杉本莉愛。
「え……え⁉ ん? あ、ご、ごめん‼」
隣にいる莉愛は、少々困惑した顔を見せていた。
その彼女の声と態度に、悠一はハッと我に返る。
見れば、莉愛の手をガッチリと握ったままだったからだ。
慌てて手を離すと、悠一の顔はカッと赤くなっていく。
焦って行動していた事で、莉愛の手を握っていたのをすっかりと忘れていたのだ。
悠一は照れ隠し程度に指先で髪を触りながら、チラッと莉愛の方を盗み見る。
彼女の頬も、ほんのりとピンク色に染まっているような気がした。
「な、なに? 悠一君、さっきから私の顔ばかり見て」
莉愛は上目遣いで悠一の事を見つめていた。
「い、いや、なんでもないんだ。俺の不注意でさ」
悠一は慌てて視線を逸らし、誤解を解こうとする。
その間も心臓のドキドキを抑えることが出来ず、言葉が裏返ったりしていた。
悠一は咳払いをしながらも、胸の高鳴りを隠すかのように誤魔化していたのだ。
「ねえ、それでなんだけど、さっきはどうして走り出したの?」
「それはさ、まあ、色々あって」
「色々っていうのを私、聞いてるんだけど」
「それは、なんていうか、俺に面倒くさく絡んでくる人がいてさ。丁度、その人と出会ってしまったんだ。ただ、それだけなんだ。急に走り出してごめん」
「そういうことね。まあ、それならしょうがないかもね」
莉愛は、悠一の説明を聞き、ある程度納得するように首を縦に動かしていた。
「というか、人通りの多い場所にずっといると、他の人の通行の邪魔になるし、そろそろ、次の場所に行こうか」
悠一から強引に環境を変えるように話す。
「そうね。行きましょう」
二人は気まずい感情をかき消すように、再び胸を撫でおろす行為を見せていた。
共に立ち止まっていた場所から移動し始める。
悠一と莉愛が次に向かう場所は、アーケード街近くに存在するデパートだった。
デパートに到着した二人は、入り口近くにあったエスカレーターで一気に五階へ向かう。
そのエリアに足を踏み込むと、そこはまるで本の楽園。
広々としたフロアに、色とりどりの小説や漫画がズラリと並んでいる。
街一番の大型デパートだけあって、品揃えが豊富なのが伺えた。
「凄い、沢山の本があるな」
悠一の目が輝く。
隣にいる莉愛も興味深々な表情を見せて棚をチェックしている。
悠一は去年ぐらいに、この場所を訪れた事があったのだが、その時と比べても品揃えが格段に豊富になっていた。
スマホを片手に持っている莉愛曰く、今年になってから少しだけリニューアルしたらしい。
「ねえ、悠一君。一先ずエリア内を回って歩こうよ」
「そうだな」
二人はエスカレーター近くにあった本棚周辺の場所から移動する。
少し歩いたところに、沢山のポップが置かれている場所が見えた。
「ねえ、あれ見て」
莉愛は少し駆け足で先を進む。
彼女が立ち止まっていた本棚前の平台のところには、新刊小説ランキングのポップが貼られていたのだ。
トップ八を独占するのは、超有名作家のビックタイトルばかり。
そんな中、九位には、なんとあの文芸小説の新人賞受賞作品がランクインしている。
「やっぱり、凄かったんだ」
悠一は、そのポップの紹介文などを見て、改めて感銘を受けた。
「今調べてみたけど、その小説は、SNSでもバズってるみたいよ。出版社自体も有名だから注目されるのも納得って感じね」
莉愛は目を輝かせ、平台に積み重ねられていた受賞作品を手に取っていた。
「これ、個人的に購入して読んでみようかな」
一方、悠一は、莉愛から少し離れたところにある別のランキングに目を奪われていた。
一般書部門――ビジネス書や、日常生活のライフハック本。そして、人間関係をよくする方法がかかれた本が上位にズラリと、本のタイトルを連ねているのだ。
「人間関係か……確かに、最近の俺の悩みって全部それなんだよな」
頭に浮かぶのは、絃葉、恵麻、弥生など。ややこしい関係性。生きている限り、逃れられない宿命なのかもしれない。
「よし、こういう本もたまには読んでみようかな……?」
悠一は首を傾げ、実際に購入しようかどうかで頭を悩ませながら考えていた。
今後の人生の為にも必要だろうという事で、悠一は一応、購入する決意を固めていたのだ。
「ねえ、悠一君? 何かいい本を見つけた感じかな?」
莉愛の声にハッとし、悠一は一般書籍部門ランキングに記されている良好な人間関係を築くための本について話し始める。
「へえ、そういうのもランキングに入ってるんだね。そういう本もいいかもね。人間関係って色々と大変だからね。普段から色々と悩む事もあるし、私も少し興味あるかも」
莉愛は、悠一の話を真剣に聞いてくれていたのだ。
「あのね、話が少し変わるかもしれないけど、私がさっき見つけてきた本があって。これなんだけど」
莉愛が差し出してきた本は、なんとホラー系の小説だった。
「え? 杉本さんって、ホラー小説を読むタイプだったの⁉」
意外過ぎる趣味に、悠一は思わず目が点になっていた。
「違うよ。私、普段は読まないよ。ただね、このホラー系統の中でも物凄く話題らしいの。学校の図書館にある本って、なんか無難でしょ? だからね、こういう刺激的なのもアリかなって」
莉愛の瞳は、新しい事に挑戦するかのような輝きを放っている。
話によれば、莉愛はホラーアニメを見る事はあるらしいが、小説として読む事は殆どないらしい。
彼女曰くホラー作品は視覚的に楽しむものだと考えているようだ。
「私、この作品は読んでみたいし、悠一君もどうかな?」
「ま、まあ、悪くない選択肢ではあるな」
悠一は少し悩んだ後で、そういった前向きな言葉を口から零す。
「ね、悠一君、他の本も探そうよ。こんなに広い本のスペースがあるんだから、他にも人気な本が沢山あるかもしれないし」
「そうだな。時間的にもまだあるし、最低でも七時くらいの電車に乗って帰宅できればいいから。あと一時間くらい探そうか」
「うん。今日中には、小鳥遊先輩からの課題を終わらせられるかもね」
莉愛はホラー小説を両手に持ったまま頷く。
二人は広々とした、その書籍エリアを回って歩き、今流行りの本の探索を再開するのだった。




