第13話 妹の推理力は抜群?
夜の帳が下りた、まさにその瞬間。
辺りはすっかり暗くなっていた。
橋本悠一が自宅近くにたどり着いたのは、夜の七時ちょっと前。
今、悠一の頭の中は悩みのタネで溢れかえっていたのだ。
ああー、どうして最後の最後で大きな失態を犯してしまうんだよ!
悠一は心の中で、叫びたくなっていた。
悩みのタネというのは、もう一点ある。
それは――
「まさか、弥生から告白される事になるなんてな……」
幼馴染の渡辺弥生とはただの友達だった。
こんな形で付き合う事になるなんて、どうしたものかと悠一は頭を抱え、少々俯いた姿勢でトボトボとした足取りで家までの距離を歩く。
気が付いた頃には自宅の玄関の扉前。悠一は軽く深呼吸をついてから、重い足取りで近づいて玄関の扉を開けた。
「ただいまー……」
悠一の声は小さく、テンションは地を這うレベル。
例えるならば、戦場から帰還した敗残兵のようだ。
「おかえり、お兄ちゃん!」
リビング方面から弾けるような声が飛んできた。
悠一が顔を上げると、その視界の先には制服を着たままの妹――月空詩の姿があったのだ。
「ん? 月空詩って、まだ制服のままなのか?」
妹の制服姿は物凄く似合っている。
中学時代の制服も良かったのだが、高校生の制服となると魅力的だ。
明るみのある黒色をベースに作られた清純派アイドルが着てそうなモノ。
制服に魅了され入学する子なんかもいて、妹もその内の一人らしい。
「うん。だってさ、一五分前に帰宅したばかりだったからね」
今日、如月絃葉を途中まで送るために遠回りしていた事も相まって、いつもより帰るのが遅くなっていた。
察するに、詩が地元の駅に着いたタイミングと、悠一が喫茶店を出たのがほぼ同時だったらしい。
地元駅には、六時二〇分過ぎに到着する電車がある。きっと、その一本で帰ってきたんだろう。
悠一の中での推測が完了した。
「ね、お兄ちゃん! 夕飯とか、まだ何も作ってないんだけど、どうする?」
月空詩は、自宅玄関に佇む悠一の近くまで歩み寄ってくるなり、そう問いかけてきたのだ。
「……なんでもいいよ……」
悠一の声は、電池切れかけのロボットみたいに投げやりな口調だった。
「なんでもって、適当じゃないかな? んー……もしや、お兄ちゃん、絶対何かあったでしょ? ほら、顔に何かあったって書いてあるよ!」
その時、ジト目を向ける月空詩の鋭いツッコミが炸裂した。
さすが、昔から同じ屋根の下で生活してきた妹の事だけある。その観察眼はハンパなかった。
「いや、別に……」
悠一は視線を泳がせる。
まだ否定的な態度を見せるのだ。
妹には心配をかけさせたくなかったからである。
刹那――、妹の目がキランと光った。
「ふーん、怪しいなー。お兄ちゃんが視線を逸らすってことは、絶対何か隠してる証拠!ほら、さっさと白状してよ。その方が楽になるよ、お兄ちゃん!」
月空詩は意味深な笑みを浮かべ、玄関先に置かれた外用スリッパに足を乗せ、さらにグッと近づいてくるのだ。
「うッ、そ、それは……」
今の妹の瞳は、探偵のよう。
悠一限定の――
「隠しても無駄だよ! さ、お兄ちゃん!」
「わかった、わかったよ! 月空詩に隠し事なんてできないな……」
まさしく、それは探偵のような判断力。
悠一はため息をつきつつ、玄関で靴を脱ぐ。
心の中では、すでに白旗を振っていたのだ。
「ね、お兄ちゃん。相談に乗るんだからさ、今夜は出前でいいよね?」
月空詩の声が、急に子供っぽくなる。
いつもの妹のような立ち振る舞いだった。
「出前?」
「うん! 今から料理作るのって大変だし。それに、冷蔵庫見たら空っぽだったの。スーパー行くのも面倒でしょ、だから出前! あと、お兄ちゃんの奢りでね」
「え⁉ 俺の⁉」
「相談料だよ、相談料! それに私、ピザが食べたい気分なの。お兄ちゃん、ピザでお願いね」
「……しょうがないな」
悠一は肩を落とす。
今抱えている悩みを解消する手がかりを得られるならば、安いものだと思った。
妹の月空詩は駆け足でリビングの中に入って行く。
悠一も同様にリビングへと向かった。
リビングに移動した悠一は、棚から出前メニューの一覧がファイリングされたクリアフォルダーを引っ張り出すのだ。
すでにリビングのソファに座っている妹は満面の笑みを見せ、楽しそうな心境を表すかのように足をじたばたさせていた。
よっぽど、ピザを食べたかったのだろう。
「それで、どのピザが食べたいんだ?」
――と、悠一は問いかける。
その声には、なぜかちょっとだけ笑みが混じっていたのだった。




