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第12話 大事件に至らなければいいのだけど…

「明日またね! 橋本君!」

「う、うん! また明日!」


 駅近くの喫茶店を後にした三人。夕方の交差点に差し掛かったところで、絃葉がパッと振り返る。彼女の長いロングヘアがふわりと揺れ、まるでアニメのワンシーンのような華やかさがあった。


「渡辺さんもまたね!」


 如月絃葉(きさらぎ/いとは)は微笑んだ表情で手を振ると、交差点の横断歩道を渡り、軽やかな足取りで家のある方角へと向かって行く。

 その数秒後には、青色だった歩道の信号機の色が赤になる。


 ふぅ……。


 橋本悠一(はしもと/ゆういち)は心の中で大きく息をつく。なんとか大事件に発展する前に対処出来た感じだ。ホッと胸を撫で下ろし、信号機の交差点近くの道を歩く悠一の横には、幼馴染の渡辺弥生(わたなべ/やよい)がいる。

 少し歩いた先には、二人の家がある住宅街があるのだ。


 弥生とは幼馴染なのだが、家同士の距離は結構離れていた。

 弥生とは途中までは帰る方向が同じ。だから、一緒の方角へと向かって歩いているのだ。 

 薄暗くなり、電灯が辺りを照らす時間帯。

 久しぶりに幼馴染と二人きりで道を歩いていると、妙に意識してしまう。


 今まで幼馴染の事を、恋愛対象として見た事はない。

 ただの友達のような間柄であり、悠一は変に意識しないように、右側を歩いている彼女の方へ視線を向かわせる事はしなかった。


「ねえ、悠一。学校、楽しい?」


 弥生が急に話題を振ってくるのだ。


「う、うん。まあ、楽しいよ」


 慌てて答える悠一。平静を装っているが、内心はバクバクだった。


「ふーん。そっか! やっぱり、如月さんと付き合ってるから?」


 弥生の口から放たれたド直球な質問が、悠一の心に不意打ちのような打撃を与える。

 反応に困り、悠一は頬を紅潮させていた。


「そ、そそ、そうかもね……まあ、うん」


 しどろもどろで頷く悠一。弥生の言葉や、彼女がフワッと近づいてくる距離感に、完全にペースを乱され始めていた。


「へえ~、それでさ、どんな感じで付き合うことになったの? 私、気になるんだけど」


 弥生が悠一の目の前に移動してくる。

 悠一はその場に立ち止まる事となり、照れ笑いを浮かべる事しかできなかった。

 彼女の好奇心全開な表情に、悠一はゴクリと唾を飲んでしまう。


 き、気まずいんだけど……でも、ここで無言を貫くというのもよくないよな……。


 悠一は悩んだ結果、口を開く事にしたのだ。


「えっと……俺、高校に入ってから図書委員会に入ってさ。今年も続けてるんだけど……。絃葉が、俺の本の紹介とか、図書委員としての対応が丁寧で良かったって褒めてくれて。それで、なんていうか。色々なことがあって興味持ってくれたみたいで。去年はクラス違ったけど、今年は一緒になって……」


 悠一は彼女のペースに飲まれないように、若干俯きがちな姿勢で話し終えた。


「ほほーう! へえぇ、なるほどね~!」


 弥生の声のトーンが、微妙に変わった気がした。


 悠一は正面にいる彼女の顔をチラッと窺う。


 彼女はなぜか、笑顔だった。


「ねえ、悠一。絃葉ちゃんのこと、ほんとに好き?」


 弥生の声は、いつもより真剣で、どこか探るような響きがあった。


「う、うん。まあ、好きだよ。優しいし、それに一緒にいて楽しいし……」


 そう答える悠一。なぜか弥生の視線が気になって仕方なかった。


「ふーん……そっかぁ」


 弥生の声が、なんだか少し低くなる。その表情は、まるで何か考え込むような雰囲気があった。


「で、でもさ、前に付き合ってた子より、如月さんの方が断然良くて。数ヶ月前まで付き合っていた子は物凄く自分勝手だったから……」


 ――って、あ。

 しまった。


 悠一の顔が一瞬で青ざめる。


 恵麻(えま)と付き合っていた、その話は弥生には伝えていなかった。


 次の瞬間、弥生の雰囲気がガラッと変わる。

 彼女の瞳が、キッと鋭く光った気がした。嵐が巻き起こる前の静けさみたいな空気がその場を包み込むのだ。


「え、悠一。……別の子とも付き合ってたの?」


 その声は物凄く低く、物凄く怖かった。

 悠一の背中に、冷や汗がダラダラ流れ始める。


 余計な一言を告げてしまった事で、大事件へと発展してしまった。

 ようやく関係性が良好になり始めていた瞬間だったのに、悠一は自身の失言を恨み、心の中で頭を抱えてしまう。


「ごめん……でも、その子とはもう別れてるから!」


 悠一は慌てて弁解するが、その声はちょっとだけ上ずっていた。


「そんなのどうでもいいよ……」

「ねえ、悠一。なんで私には告白してこなかったの?」


 その言葉が、悠一の心に直撃し、心臓が震えてしまう。


「え、えっと、それは……友達だと思ってたから、で……」


 悠一はしどろもどろで答える事しか出来なかった。


「……友達? それ、悠一が勝手に思ってるだけじゃん」


 弥生の声が震えていた。彼女の瞳が、うっすらと潤んでいるように見え、悠一の胸がギュッと締め付けられる。


「私は、ずっと本気だったのに! 中学の頃だって、悠一がちゃんと告白してくれてたら、周りに冷やかされることもなかったのにさ」


 その言葉に、悠一の頭が真っ白になる。


 え、弥生って……そんな風に思ってたのか⁉


 弥生の潤んだ瞳を見る度に、申し訳なさと悲しさを心で感じてしまう。


「ねえ、悠一。私と付き合ってよ」


 弥生の超直球な告白を前に、その場に佇んでいた悠一は後ずさってしまう。

 彼女の表情は真剣そのもの。悠一の思考回路は完全にショート寸前だった。


「このままだと、また別の子と付き合っちゃうでしょ? そんなの、私、絶対イヤだから!」

「そ、そそ、そんなことないよ! ないって!」


 悠一は必死に手を振って否定するが、弥生の迫力に完全に押されてしまっていた。


「ふーん。でも、信用できないかな……だからね、今日から――いや、今から! 私と付き合うってことで決定ね!」

「え、えっ⁉」


 体を震わせる悠一の目は点になっていた。

 その上、驚き声が裏返っていたのだ。


「ぜっっったい、だからね!」


 弥生は続けて、そう言い放つと、キッとした表情で悠一を一瞥。次の瞬間、彼女はクルッと振り返り、薄暗くなった住宅街を駆け足で去っていく。


 ……って、え、ちょっと待って!


 ――と、声を出そうとしたが、口が震えていて声を出せなかった。


 薄暗くなった道へ弥生の姿が消えていくのを、その場で眺めている事しか出来なかったのだ。


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