第10話 放課後の時間はなぜか気が休まらない?
昼休みのドタバタをなんとか乗り越えた橋本悠一は、ようやく放課後の教室で一息。席に座ったまま、グーッと背伸びをしていると、隣から聞き慣れた声が飛んできた。
「ねえ、橋本君! 一緒に帰ろっ!」
右側を見やると、隣の席の如月絃葉がニコッと笑ってる。放課後の教室はクラスメイトの楽し気な声に包まれつつあるが、彼女の声はなんだか妙に優しく感じる。
付き合っているから、そう感じるのかもしれなかった。
「うん、ちょっと待ってて!」
悠一はサッと席から立ち上がると、通学リュックの中に課題のノートや教科書をガサゴソ詰め込みながら、笑顔で答えた。
今日は、絃葉と一緒に帰ることが決定したのだ。
目指すは、街中のキラキラした雰囲気だ。二人は昇降口で外履きに履き替えた後、学校の門をくぐり、街まで歩き始めた。
「ねえ、悠一。どこか行きたい場所ってある?」
隣を歩いている絃葉が、気さくな感じで話しかけてくる。
「うーん、今日はさ、喫茶店とかどうかな? 今日のお昼は結構な量を食べたし。放課後は、ゆっくりとした空間で過ごしたいんだけど」
「喫茶店! いいね! えっと、ここらへんだと、どういう喫茶店があるかな」
悠一と共に歩いている絃葉は、ポケットからスマホを取り出すと検索し始めるのだ。彼女の指が画面をスワイプするたび、ちょっと楽しそうな雰囲気が漂ってくる。
「ねえ、このお店はどうかな? 物凄くおしゃれな感じじゃない?」
絃葉がスマホをグイッと差し出してくる。画面には、昔風ながらも落ち着いた店内に加え、美味しそうなケーキやコーヒーが並んだ写真が喫茶店のサイトが映っているのだ。
レビューも「居心地最高!」「デートにもオススメ!」と、かなりの高評価具合。
「へえ、いいじゃん! ……って、あれ? これ、よくよく見るとこの辺じゃないね」
「え、そ、そうだね。なんか私たちの地元周辺にある喫茶店みたいよ。どうする? ここでいい?」
「んー、まあ、そこでもいいかな」
悠一は考え込みながら呟く。
どの道、家に帰るのだ。
立ち寄るにしても、地元の方がいいと思った。
「なんというか、地元の喫茶店なら、学校近くのバス停から直接駅まで向かった方が良かったかもね」
「確かにそうね。でも、運動の一環ってことで駅まで走らない?」
絃葉が提案してくる。
悠一は首を縦に動かし、その提案に乗る事にしたのだ。
「じゃあ、競争って事で!」
悠一は笑顔で言うと、絃葉と共に駅へ向かって駆け出すのだった。
「いらっしゃいませ~!」
扉を開け、店に足を踏み入れた瞬間、奥から爽やかな声が響いてきた。
店内はサイトの写真通りに、綺麗に整っている。
地元の駅の裏通り、去年から駅を利用しているが、こんなにも洒落た喫茶店が隠れているなんて驚きだ。
絃葉の検索スキルには感謝しかなかった。
「お客様、何名様でしょうか?」
「二人でお願いします」
声の主は、店内の奥からやってきた女性店員。容姿からして大学生くらいで、ナチュラルな可愛らしさを感じられた。
悠一はサラッと答えると、絃葉と一緒に女性店員の案内に従う。窓際の席に案内され、二人は向き合うように腰を下ろす。
「ねえ、橋本君! このお店、ネットの写真通りに雰囲気がいいよね? 昔ながらの雰囲気もあっていい感じかも」
絃葉がキラキラした目で店内を見回しながら言う。
確かに彼女の言う通り、昔ながらの良さを残しつつも、今の時代に合った新鮮な風を取り入れた雰囲気を感じられる。
こういう空間にいると、特別な放課後を過ごせている感じがして、心地よかった。
悠一もつられて笑顔になりながら、店内をグルッと見渡した。
テーブルには、シンプルだけどおしゃれなメニュー表が置いてある。コーヒーやケーキがメインみたいだ。
「ね、どれにする?」
絃葉がメニューを覗き込みながら、楽しそうに聞いてくるのだ。
「うーん、私、イチゴケーキが大好きだから、これにしようかな」
絃葉が指さしているのは、フワッとした生クリームの上に、真っ赤なイチゴが映えるケーキ。
ただのショートケーキではなく、沢山のイチゴをふんだんに使ったケーキであり、豪華さを感じられたのだ。
「悠一は?」
「俺はね、チョコケーキかな。濃厚なやつ、こういうの好きなんだよね」
「へえ、悠一ってチョコ派なんだぁ」
絃葉がちょっと驚いた顔を見せつつも、少々考えた顔も見せる。その後で、彼女は意味深な笑みを浮かべていたのだ。
何を考えているかはわからないが、嬉しそうな表情である事は間違いなかった。
「でさ、橋本君、コーヒーは何が好き?」
メニューを見やると、コーヒーはドリップとエスプレッソの二種類。ドリップはブレンドやアメリカンなど、落ち着いた感じ。エスプレッソはカフェラテやカプチーノなどがあり、コンビニで見るようなオシャレなラインナップだ。
「うーん、俺はシンプルにカフェラテでいいかな。絃葉は?」
「私もカフェラテかな。ミルクの甘さが好きなんだよね~」
二人の間で注文したい品が定まる。
「そろそろ、店員を呼ばない?」
絃葉が頷いたところを確認した悠一は、椅子に座ったまま軽く手を挙げる。
さっきの店員さんが笑顔でやってきて、悠一は簡単に注文を済ませるのであった。
テーブルには、注文したイチゴケーキとチョコケーキ。それから、甘めの香りが漂うカフェラテが二つ。
対面上の席に座っている絃葉が「ん~、美味しそう!」と言いながら、キラキラした笑顔で二つのケーキを眺めている。
悠一はこの瞬間に幸せを感じていた。
元カノの恵麻との嫌な思い出は、もう遠い過去。絃葉との時間は、心が穏やかになる。このまま良い関係性で過ごしていきたいと考えつつ、悠一はカフェラテを一口飲み、幸せな気分に浸っていた。
それからケーキを一口。
普通に美味しかった。
これこそが、高校生の青春だと心で感じていたのだ。
絃葉はフォークで掬ったイチゴケーキを口に入れ、それを頬張りながらも「ん~、最高!」と言い、目を細めていた。
そんな平和的な最中――
チリン!
店の扉の鈴が鳴り、穏やかな空気を切り裂くように新しいお客が入ってきたのだ。
「こちらの席へどうぞ~!」
女性店員の明るい声に導かれ、そのお客が二人の近くのテーブルまでやってくる。なんとなく視線を感じ、悠一がチラッと目をやると――
「……え?」
その瞬間、目がバッチリ合った。
「悠一?」
「や、弥生……⁉」
そこにいたのは、ツヤツヤの黒いショートヘアがトレードマークの幼馴染――渡辺弥生。整った顔立ちに、優しそうな瞳が特徴的な女の子。昔から変わらない、雰囲気がある。
弥生とは高校が違い、中学を卒業してからは殆ど関わる事が無くなっていたのだが、こんなタイミングで、しかも初めて訪れた喫茶店で鉢合わせるなんて驚きしかなかった。
「橋本君? どうかしたの? えっと……その子とは知り合いなの?」
絃葉は悠一の方をまじまじと見、首をかしげていた。
悠一は、彼女の声でハッと我に返る。
物凄く気まずかった。
そんな中、弥生からの視線がガンガンと刺さってくるのだ。
悠一は冷や汗ダラダラで、瞳をキョロキョロ。
この空気感、大丈夫なのか⁉
絃葉と二人きりだった放課後。急展開を迎え、悠一は対応に困り始めるのだった。




