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第六章 フェンリル、食欲を知る

 僕はゆっくりとフェンリルを振り返り、折れた長剣をその鼻先にポイっと投げ捨てた。


 そして、自分のステータスボードを表示させる。




「これが今の僕の全力。なんかレベルが下がっちゃってさ。今のも剣のほうが先に折れてくれて良かった。逆に折れてなかったら、僕自身がヤバかったかも」


「な……なんだと……!?」




 フェンリルが驚嘆したようなその真紅の目を見開き、のそりのそりと歩み寄ってきて僕のステータスボードをマジマジと見つめる。


 魔物に人間のステータスボードを見せたところで内容を理解できるかは不明だが、知性を持つ魔物というのは僕たち人間よりもよっぽど世界の理に詳しかったりするし、たぶんこれくらいのことは説明などせずとも察してくれるはずだ。




「れ、レベル2、だと……? それでいて、あのようにわたしの攻撃を躱しつつ反撃を行ったというのか……?」


「経験による直感や体捌きみたいな技量までもがリセットされてるわけじゃないみたいなんだよね。純粋にレベルによる補正だけが綺麗になくなってるというか」


「そんなことがありえるのか? いや、しかし、これを見るかぎりではそうとしか……」




 フェンリルはその場でブツクサ言いながら首を傾げると、今度はその鼻先をずいっと僕の胸許につきつけてきた。


 まさか、急に気分が変わってこの場で喰らおうとかいうわけではないだろうな。




「……ふむ。何やら呪いのような匂いがするな」


「呪い?」


「うむ。何か心当たりはないか? ここ最近で、誰かに呪いをかけられたような覚えは」


「いや、そんな覚えは……」




 いや、待て。そういえば、つい昨夜、勢いのままに一夜を過ごした女性がいるにはいるが、まさかそのときに……。




「どうやら、心当たりがあるようだな」




 フェンリルが呆れたように言い、溜息でも吐くかのように牙の間から吐息を漏らした。




「貴様ほどの力を持つ者が、なんと情けない」


「英雄、色を好むと言うからね」


「愚かなことだ。だが、このままではわたしのほうが収まらぬ」




 すっかり毒気を抜かれたのか、フェンリルがその場でお行儀よくお座りのような姿勢を取ると、突如としてその体が光の渦に包まれはじめた。


 何事かと息を飲む僕だが、本当に驚かされたのはその光が晴れたあとのことだった。




「仕方がない、一時休戦といこうではないか。わたしが力を貸してやる」




 なんと、先ほどまでフェンリルが座していたところに、冒険者を思わせるいでたちをした少女が立っていたのである。


 小柄な体躯もあってか、歳の頃はまだ十代半ばほどに見える。肩のラインで切り揃えられた髪は根本から毛先にかけて白から黒のグラデーションで、頭頂部には犬の耳のようなものが生えており、本来の耳がある部分にはそのまま髪の毛が生えているようだった。


 その身には白銀の胸当てを身につけ、腰には何やら豪奢な意匠のヒルトをあしらった細剣が差されている。


 さすがに尻尾までは生えていないようだったが、どう考えてもフェンリルが人化したようにしか見えなかった。しかし、現実としてそんなことがありえるのだろうか。




「最近はこの姿で活動することも多い。力をつけすぎたせいか、魔狼の姿ではエネルギーの消費も大きいのでな」




 どうやらマジで人化したらしい。というか、雌だったのか……。




「光栄に思え。我が悲願のためとはいえ、貴様が本来の力を取り戻すのを手伝ってやろうというのだ。我が嗅覚を持ってすれば、呪いの痕跡を辿ることなど容易い」




 フェンリルはそう言って再び僕のそばまで近づいてくると、そのまま僕の胸のあたりに顔を突きつけてスンスンと匂いを嗅いできた。


 なんかフワッといい香りがするな。体臭まで完全に女の子になってしまっているらしい。




「とりあえず、先にダンジョンの攻略をしたいんだけど」


「なに? 攻略を終えたわけではなかったのか?」




 ひとまず僕が要望を伝えると、フェンリルは露骨に顔をしかめながらその真っ赤な瞳で僕の顔を睨めあげてきた。




「勘違いするな。わたしが貴様に協力するのは、あくまで『真剣勝負の末に貴様を倒す』という我が悲願のためだ。そんな瑣末なことのために、わたしが力を貸す道理はない」




 まあ、それはそうか。でも、受領した依頼を放置し続けるのもそれはそれで冒険者としての信用問題になるんだよな……。


 とはいえ、ここで押し問答をしても仕方がない。フェンリルの機嫌を損ねて『やっぱりこの場で殺す』なんてことになったら、そっちのほうが大問題だ。




「じゃあ、まずは街に戻って夕食でも食べながら今後のことについて話し合おう。呪いを解くにしても、まずはどういう呪いなのか調べておいたほうがいいだろうし」


「どうしてそのように手間をかけるのだ。呪いをかけた付呪師を始末すればよかろう。まさかわたしとの勝負に怖気づいて先延ばしにしようとしているのではあるまいな」


「呪いを舐めすぎだよ。種類にもよるけど、下手に呪術者を殺せばよりその呪いが強くなる可能性もある。そのせいで僕が一生レベル1のままとかになったらどうすんの?」


「ぬ……それはまあ、困るが」


「だろ? まずは飯にしようよ。呪いについては、いちおうそういうのに詳しそうな知り合いが王都にいるし……」




 すぐにでも付呪師の追跡に向かおうとするフェンリルをなんとか諌め、ひとまず僕たちはメイガスの街まで引き返すことにした。


 帰りの道中でもフェンリルはしばらくブツクサと文句を言っていたが、それでも痺れを切らして僕を喰らおうとしたりはしなかった。まずは一安心といったところか。


 メイガスの街まで戻った際、市門での入場手続きでフェンリルのことをどう説明しようか少し悩んだが、その問題は意外にも杞憂に終わった。


 何故かフェンリルが冒険者としての正式な身分証を持参していて、そのおかげであっさりと入場を認められてしまったのである。




「冒険者ライセンスは便利だからな。登録だけは済ませてあるのだ。魔狼としての誇りを捨てたわけではないが、人の身に扮していたほうが便利なこともたくさんある」


「意外とクレバーな生きかたしてるね」


「より強くなるためにはより賢くなければならぬ。貴様のような愚か者とは違うのだ」




 感心する僕に、フェンリルは半眼で嘆息しながらそう言った。


 そのわりにはけっきょくいつも引き分けで終わっている気もするのだが、今の僕が彼女の足下にも及ばない状況に陥っていること自体は純然たる事実なので、胸の内にしまっておくことにする。


 ともあれ、それから僕はフェンリルを伴って行きつけの酒場に足を運ぶと、そこで早めの夕食を摂りながら今後の作戦について話をすることにした。




 ——のだが。




「おい、これは何という飲みものだ!?」


「え、ただの麦酒だけど……」


「こんな美味い飲みものがあったのか!? もっと持ってこさせよ!」


「の、飲んだことなかったの?」


「ない! そもそもわたしはこういった人がたくさん集まるところで食事をすること自体が初めてなのだ!」




 なるほど、考えてみれば人化しているからといって人間と同じ生活をする必要まではないわけだし、食性だって人間とは異なるのだから、これまでは肉屋で生肉を買ってそのまま食べていたと言われても別に不思議はない。


 あまり深く考えずにに食事に誘ってしまったが、このフェンリルの異様なテンションを見るかぎり、いきなり地雷を踏み抜いてしまった可能性はありそうだ。どう考えてもトラブルの予感しかしなかった。




「それで、呪いの話なんだけど……」


「な、なんだこの肉は……焼いただけで肉とはこんなに美味くなるものなのか!?」


(やっぱ生で食ってたんかな……)


「もっと焼いた肉を持ってこい! それと麦酒もだ!」


「あの、これからの話なんだけど……」


「こ、これは魚か!? サクサクとした中に焼けた魚が入っているぞ!」


「ああ、それはフライという食べものでね……」


「フライも持ってこい! それと、麦酒はまだか!?」


(ダメだ、話にならねえ……)




 僕はフェンリルを食事に誘ってしまった自分の迂闊さを早くも後悔しはじめていた。


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