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第五章 迷惑フェンリル襲来

「久しいな。勇者エドワルドよ。決着をつけるには、実にふさわしい場所だと思わんか」




 眼前に控える巨躯の魔獣――フェンリルは、茜色に染まりつつある日差しを背にニヤリとその顎を歪める。




(最悪だ。まさかこのタイミングで現れるなんて……)




 今さら見間違いようもなかった。僕がかつてこのダンジョンから追い払った個体である。


 あの一件以来、このフェンリルは僕のことを勝手にライバル視しているようだった。


 何処かで修行を積んできてはまた勝負を挑んできて、けっきょくはその勝負も着かずにまた逃げ去ってしまうというのを何度も何度も繰り返しているのだ。


 しかし、このタイミングはあまりにも最悪だった。


 先ほどの口ぶりから察するに、このダンジョンが再び活動を再開していることも、僕がその活動ををとめにきたことも理解しているのだろう。


 その上で、僕がサクッと目的を終えて出てきたものと考えているのだ。違う。違うんだよ、フェンリル……。




「勇者エドワルドよ。このはじまりの地で貴様と決着をつけられること、神の導きに感謝せねばなるまいな」


「魔物が神を信じるのかよ」


「知れたことを。我々こそ神が遣わした裁きの使者なれば、人間を根絶やしにするのもまた神の意思に他ならぬこと」


「僕たち人間に力を与えてるのも神だけどな」


「黙れ。所詮、貴様らに与えられた力など無力な人間を憐れんだ神の気まぐれに過ぎぬ。我ら魔の者こそが神の代弁者であることを知るがよい」




 フェンリルがグルルと喉の奥を鳴らし、今にもこちらに飛びかからんと姿勢を低くする。


 いや、待て。こんな逃げ場もない狭い通路でフェンリルと正面からやり合おうものなら、今の僕は確実に死ぬ。


 売り言葉に買い言葉でつい挑発じみたことを言ってしまったが、今は少しでも戦いを避ける方向に誘導しなければならない時だ。




「まあ、落ち着けよ。こんな場所じゃ互いに全力を出し合えない。それとも、フェンリル、おまえはただ命の取り合いがしたいだけなのか?」


「……ふっ、言わずもがな。我が全力をぶつけざらば、その勝敗に意味はなし。我らが戦いは己が身命を賭したものでなければならぬ。そのために、わたしは東の『雷迅の黒狼』ですら喰らってきたのだ」


「……は? 『雷迅の黒狼』って、同じフェンリル種じゃなかった?」


「そうだ、勇者エドワルド。貴様を下すため、我は同胞すら喰らってこの力を高めてきたのだ。もはやわたしに引くことは許されぬ」




 マジで言ってんのか、この戦闘狂は。こんな頭バーサーカーを相手にどうやって誤魔化せば戦闘を回避できるってんだよ。


 もともとこのフェンリルには人間だろうか魔物だろうが己の力のためとあらば種を問わず糧にするところがあったが、同胞すらその対象にするなんてすでに常軌を逸している。


 というか、その獣毛が黒くも白くも見えていたのは逆光のせいではなく、『雷迅の黒狼』を取り込んだせいで力の揺らぎようなものが発生しているからなのかもしれない。マジでやべえ。




(逃げるか……? いやでも、人間の足じゃどうにもならんだろ……)




 ひとまずダンジョンから出た僕は、後ろからフェンリルがついてきていることを自覚しながらも黙って森の中を歩き続けた。


 やがて、少し開けたところに辿り着くが、それでも気づかぬふりをして先に進もうとしたところで、ものすごい勢いで先まわりされる。




「何処まで行くつもりだ、勇者エドワルドよ。よもや怖気づいたわけではあるまいな」




 完全にバレてる。だが、だからといって眼前に迫る『死』の予感を素直に受け入れるほど僕も素直な性格ではない。


 幸いにも今の僕はレベルによる『影響力』の恩恵がなくなってるだけで、動体視力や体捌きのような技量まで低下しているわけではなさそうだ。


 攻撃を直接受けとめたりはできないだろうが、回避に専念すればいきなり命を狩られる危険性まではないように思う。


 あとは、何とかフェンリルから戦う意思を削ぐことができれば……。




「なあ、聞いてくれ、フェンリル。おまえはこの出会いに運命を感じているのかもしれないけど、僕から言わせてもらえばそれは逆だ。今の僕を倒しても、おまえは決して満足することはないだろう」


「……なに?」


「見せてやるさ」




 僕は長剣を抜いた。この一閃に賭けるしかない。




「こいよ! おまえの全力を見せてみろ!」


「……いいだろう。勝負だ、勇者エドワルド!」




 正面に佇んでいたフェンリルが姿勢を低くし、次の瞬間、その姿がフッと掻き消えるように消失した。


 あまりにも早すぎる踏み込み——だが、やはり僕の想定どおり、これまでの戦闘で培ってきた『戦闘勘』のようなものは、たとえレベルが下がっても健在のようだ。


 決して目で追えるものではない。だが、それでも僕にはフェンリルが僕の体のどの部位をどのように攻撃してくるかが手に取るように分かった。


 僕は直感が導くままに身を捻りながら、駆け抜けるように無我夢中で長剣を振り抜く。


 刹那、キィンという甲高い音ともに根本からポッキリと長剣が折れ飛び、弾けた剣先がくるくると弧を描いて地面に突き刺さった。


 フェンリルが僕の後方で再び姿を現し、しばらくその場で小さく震えながら地面を睨みつけていた——かと思うや、すぐにこちらを振り返って怒声を張り上げる。




「なんだその腑抜けた剣戟は!? わたしを侮っているのか!?」




 そうだよね。そうなるよね。分かるよ、うんうん。


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