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第四章 レベル2……だと?

「はぁ、はぁ……」




 それから五分くらいかかって、ようやく僕はゴブリンを倒すことに成功した。


 腹から血を流して絶命したゴブリンの体が足の先から少しずつ灰燼へと帰していき、それを合図にしたかのように、体の中心から半透明のオーラのようなものが立ちのぼる。


 やがてそれは球体のようなものを形成すると、まるで何かに導かれるように腰につるしたランタンの中に吸い込まれていった。


 ゴブリンの亡骸から出てきた半透明のオーラは、精霊力と呼ばれるものである。


 ランタンは光源であるとともに精霊力を回収するケージとなっているのだ。


 ケージに溜められた精霊力は街の回収施設に持っていくことで現金化することもでき、冒険者がこぞってダンジョン探索をする理由の一つにもなっていた。


 換金率は地域や情勢によっても変わるが、世の中には冒険者ギルドを利用せずにただひたすらダンジョンに潜って魔物を倒すことで生計を立てている冒険者もいるという。




「つか、何なんだよこのゴブリンは……」




 僕はすぐそばの土壁にもたれて息を整えながら、腰のフックからランタンを外して眼前に掲げてみた。


 ケージには当然ながら現在の容量を確認するためのメモリもあり、僕はそのメモリの変化量を確認して思わずげんなりと溜息を吐く。


 なんと、空の状態からほとんど変化していなかったのだ。




「あれだけ強かったのに、これだけしかもらえないの?」




 思わず悪態が口を突く。はっきり言って、ここ最近の戦闘で最も苦戦したと言っていい。


 動き自体は鈍重で単調だし、少なくともこちらがゴブリンの一撃を食らうような状況にはならなかった。それなのに、とにかく攻撃がまったく通用しなかったのだ。


 ここまで頑強な表皮を持っているのは、僕が知るかぎりでは南部に縄張りを持つレッドドラゴン――『紅き眠り竜』くらいだろう。あれはさすがに量産品の剣でどうにかなる相手ではなかった。




(一層のゴブリンでこれって、何かおかしなことでも起こってるのかな……)




 呼吸を整えるためにふーっと長く息を吐きながら、頭の中で陰鬱に考える。


 今回の依頼、サクッと片づけて夜はシェリーとしっぽりなどと考えていたが、この調子だとミノタウロスもそこいらの同種の魔物とは別格だったりするかもしれない。


 また面倒な依頼を受けてしまったものだ――と、僕は自分の運のなさを呪っていた。




 そのときである。




【レベルが2に上がりました】




 頭の中に《神の声》が響いた。




「……は?」




 またしても声に出して疑問符を浮かべてしまう。




(今、《神の声》はなんと告げた……?)




 僕たちのような《加護》を受けた者は、レベルが上がったときや自身の能力に何か変化があったときに、そのことを教えてくれる《神の声》が聞こえることがある。


 その《神の声》が僕のレベルが2になったことを告げたのだ。




「……は? いや、待て、待て……」




 改めて疑問符を浮かべながら、僕は慌てて自分のステータスボードを表示した。


 眼の前に表示された半透明のボードには、エドワルドという僕の名前と《加護》の種類を示す刻印、そして、レベルが表記されている。そこに記されている数字は……。




「2……」




 間違いようがない。確かに『2』と表示されている。


 おかしい。絶対におかしい。少なくとも最後に見たときは62だったはずだ。


 それが、なんだって2なんて極端に低い数値になっているのか。




(……いや、違う。レベルアップしての2だ)




 そうだ。『2』ではない。むしろ『1』だ。


 つまり、このゴブリンを倒すまで僕は《加護》を授かったばかりの新米同然の状態で戦っていたと考えるべきなのかもしれない。




(レベルが下がったのか? そんなことが、現実に起こり得るのか?)




 僕は自問する。長らく戦闘もせず魔術や神聖術を使うこともせず、ただひたすらに怠惰な生活を送っていれば、あるいは実際にレベルが下がることもあるのかもしれない。


 だが、少なくとも僕はそうじゃない。週に一回、少なくとも二週に一回くらいはダンジョンに出向いて魔物退治をしているし、半年に一回くらいはレベルが上がることもある。




(ひとまず、ダンジョンを出よう。このレベルじゃ、攻略は無理だ……)




 僕はもたれていた壁から背を離すと、ランタンを片手に再び通路を戻りはじめた。


 考えることはたくさんある。ただ、優先すべきことは一つだ。怠け者とはいえ僕も一介の冒険者なわけで、まずは受けてしまった依頼をどうするか考えなくてはいけない。


 もちろん、依頼を破棄することだってできる。ただ、そうなれば間違いなく僕の冒険者としての名に傷がだろう。


 それが原因でいよいよシェリーに愛想を尽かされたら洒落にならないし、何とかしてこの依頼については無事に完了させたいところだった。


 幸いにもこれまでの戦闘経験のすべてが失われたわけではないし、レベルによる《影響力》の補正に左右されない方法をうまく活用すれば、ミノタウロスくらいなら何とかなるとは思うが……。




(メイガスの街に魔道具屋はあったかな……最悪、王都まで出向くか……?)




 面倒くさいなと感じつつも、少しワクワクしている自分もいる。


 さすがに本気で一からやりなおそうとは思えないし、レベルが下がった原因については追々調べるつもりではあった。


 ただ、久々に冒険らしい冒険ができるなら、それはそれで楽しんでしまうのが吉だろうとも思うのだ。


 前方に見えてきたダンジョンの入口から差し込む光に目を細めながら、僕はこの先に待ち受ける波乱の予感にほんの少しばかり心を踊らせ――。




「ほう。さすがは勇者エドワルド。もうこのダンジョンを踏破してきたか」




 ふと、光の前に大きな影が立ち塞がっていることに気づく。


 どうやら、ずっとその場にはいたらしい。僕の姿を見て、それはすっくとその場に立ち上がったようだ。


 前方に見える影は、四つ脚で立つ巨大な獣のような姿をしていた。


 逆光の中で白くも黒くも見える雄々しい獣毛にその身を包み、薄く開かれた顎の隙間から垣間見える鋭牙は陽光を反射して怪しい輝きを放っている。


 その眼光は逆光の中でも炯々と光っているように見え、ともさればこちらが隙を見せた瞬間に襲いかかってきそうな剣呑さを漂わせているようにも見えた。




「フェンリル……」




 僕は悠然と佇むその影に向かって、しっかりと脂汗を浮かべながらその名を呼んだ。


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