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第二章 最強勇者は自信過剰で女好き

 起きたとき、隣にいるはずの女性がいなかった。


 一瞬、昨夜の出来事は夢か幻だったのだろうかとも思ったが、ベッドには僕以外の誰かが寝ていた形跡もあるし、さすがにその説は薄そうだ。


 まあ、相手は初めてだと言っていたし、勢いでヤッてしまったものの、目が覚めて冷静になってみたら色々と恥ずかしくなって逃亡したくなったのかもしれない。時にはそういうこともあるだろう。


 ベッドから降りて衣服や荷物などに物色された形跡がないか確認してみたが、幸いにも何かを盗まれたりしている形跡はなさそうだった。


 どのみち、僕だってこんな連れ込み宿に貴重品を持ち込むほど愚かではないので、盗まれたところでたかが知れているのだが。




(さて、荷物を取りに戻ったら、ギルドでも冷やかすかな……)




 僕はその場であくびをしながら体を伸ばすと、ノソノソと着替えをはじめた。今日も退屈な一日がはじまろうとしている。




     ※




 この世界にダンジョンやら魔物やらが現れる前は、知恵を持つ生物は人間くらいしかいなかったのだそうだ。


 太古の時代、人間は類まれなるその力で世界中を人間の生活圏にしていた。


 その時代の人間たちは誰もが小さな板切れを持ち、その板切れで魔術や神聖術なんかよりもすごい奇跡を起こしていたのだという。


 そんな人間たちの時代が唐突に終わりを告げたのは、今からおよそ3000年ほど前のことである。


 当時の資料はほとんど残っていないが、何やら人間同士の大きな争いによって世界中が穴だらけになるような未曾有の大惨事が起こったのだそうだ。


 世界中に魔物やダンジョンが現れたのもその時期で、抵抗する術を持たない当時の人類は瞬く間にその数を減らし、人類文明は崩壊を迎えてしまったらしい。


 それからしばらく空白の時代が続いたが、約2000年前、人間たちは新たに『神の加護を授かりし時代』を迎えることになる。


 世界各地に《神の加護》を授かりし者たちが現れはじめたのだ。


 《加護》は様々な形で人間に力を与え、それは魔物たちに対抗する力となった。


 人間は《加護》の力で少しずつ魔物たちから人類の生活圏を取り戻していき、やがて少しずつではあるが新たな文明を築きはじめるようになった。




 そして、現在——人は望めば誰しもが《加護》の力を得られるようになり、その力で魔物退治やダンジョン探索を行う者はいつしか『冒険者』と呼ばれるようになっていた。




     ※




「あら、エディ。昼間っからギルドに来るなんて、珍しく働く気にでもなったの?」




 冒険者ギルドに足を踏み入れるなり、受付嬢のシェリーが目ざとく僕の姿を見つけて声をかけてきた。


 亜麻色の髪を短めのポニーテールにした、生意気そうな面構えの女の子である。


 年は確か二十歳になったばかりだったと記憶しているが、碧色に輝くその大きな瞳に年長者を敬う気持ちは微塵も感じられず、ともすれば僕を馬鹿にしているようにすら見える。




「当たり前でしょ? 週に一回でも働けばいいところな昼行灯を、なんで尊敬しなきゃいけないのよ。このメイガスの街には他に立派な冒険者がたくさんいるわ」


「僕は自分に見合った仕事しかしないだけ。何か面白そうな依頼きてない?」


「自分で依頼板から探しなさいよ。アタシが紹介してあげるのは、毎日コツコツ依頼をこなしてギルドに貢献してくれる優秀な冒険者だけ!」


「怒ってる?」


「別に怒ってなんかないわよ!」




 シェリーはそう言って僕にアカンベーをすると、あとはシッシッと手を振ってカウンターの奥にある資料棚の整理をはじめてしまった。


 いつも生意気な口をきく彼女だが、今日はいつにも増して辛辣である。ただ、その理由には心当たりがあった。


 実を言うと、昨夜は途中まで彼女と食事をしていたのだ。その途中で唐突に見知らぬ女性に声をかけられ、僕に『相談があるから二人で呑みたい』と言うので、そっちのほうにホイホイとついていってしまったのである。きっとそのことを根に持っているのだろう。


 まあ、彼女の気持ちは分かる。ただ、僕の気持ちも理解してほしい。


 シェリーとは故郷の村にいたころからのつきあいだし、肌を重ね合わせた数だって十や二十ではない。せっかく見ず知らずの女性が勇気を出して声をかけてくれたのであれば、新たな出会いに色々と期待してついそちらに気を取られてしまうのも仕方がないことなのだ。




(まあ、埋め合わせは考えておかないとな……)




 いったんシェリーのご機嫌取りは諦めて、僕は依頼書の貼られている掲示板のほうに足を運ぶ。


 雑多にピンでとめられた依頼書にはD級からB級の難易度を示す藁半紙の依頼書に混じって、A級以上の難易度を示す真っ白なパルプ紙の依頼書がいくつか散見された。


 僕はその中から目ぼしい依頼はないかと物色し、近隣に出現したというダンジョンの攻略とミノタウロスの討伐がセットになった依頼に目星をつけて掲示板から引き剥がす。


 そして、依頼書の最下段に設けられた署名欄に手早く『Edward』とサインを記入すると、そのまま再びシェリーのいる受付のほうへと戻っていった。




「シェリー、この依頼を受けるよ」


「あら、さすが勇者さま。これ、AA級向けのクエストだけど、分かってる?」


「君のほうこそ、僕のレベル分かってる? 僕からすれば、南の『紅き眠り竜』だって近所の悪ガキみたいなもんだよ」


「はいはい、相変わらず自信だけは伝説級ね。怪我しても知らないんだから」


「終わったら依頼報酬で飲みに行こうよ。今度は邪魔が入らないように、二人っきりになれるところでさ」


「い、行くわけないでしょ。言っとくけどね、アタシ、あんたが思ってるよりずっとモテるんだからね? もう来月まで、予約いっぱいなんだから」




 シェリーが僕の手から依頼書を引ったくり、ギルドの焼印を押してから縦に切って半分を僕のほうに投げてよこしてくる。


 この半切れは報酬の精算の際に必要になるもので、今回のような一つの街の中で完結する依頼であればあまり役に立つことはないが、例えば物資の輸送や護衛など、報酬の精算を他の街のギルドで行わなければならない場合などはこの半切れを依頼の受注証明として用いる必要があった。


 僕は依頼書の半切れを腰につけたポーチにしまいながら、そっと溜息をつく。


 シェリーは再び資料整理に戻ってしまったが、先ほど見たときよりは幾分か肩から力も抜けているようにも見えた。


 やはり、昨夜の件が腹に据えかねていたのだろう。早めに様子を見に来てよかった。彼女に機嫌を直してもらうためにも、サクッとミノタウロスを倒しに行くことにしよう。


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