最終ラウンド:未来への提言~人類が動物と結ぶべき『新たな契約』~
(ラウンド3の終わりの静寂を破り、これまでの全てのラウンドで奏でられた旋律の断片が織り交ざった、壮大で、どこか夜明け前の荘厳さを感じさせるオーケストラの曲が、静かに、しかし力強く流れ始める)
あすか:「愛玩の裏に潜む、人間の欲望。ペットと家畜を隔てる、文化という名の曖昧な境界。そして、野生との衝突で露呈した、我々の無力さと傲慢さ…。三つのラウンドを経て、私たちは、この『動物との共生』というテーマが、いかに深く、複雑で、そして痛みを伴うものであるかを、目の当たりにしてきました」
(あすかは、ゆっくりとスタジオを見渡し、4人の論客たちの顔を一人ずつ、確かめるように見つめる。彼らの表情には、戦いの後の疲労と、しかし、何かを掴み取ったかのような、静かな覚悟が滲んでいた)
あすか:「ですが、私たちは、ここで終わるわけにはいきません。混乱のまま、対立のまま、この物語を閉じることはできない。なぜなら、この問いは、過去のものではなく、今この瞬間も、そして未来永劫、我々が向き合い続けなければならない問いなのですから」
(あすかが、祈るようにクロノスに触れると、テーブル中央の羅針盤が、最後の回転を始める。その動きは、これまでのどのラウンドよりも、厳かで、確信に満ちている。やがて針は、スタジオの真上を指し示し、そこから、夜明けの太陽のような、温かく、そして力強い純白の光が降り注いだ。羅針盤の中央に、一つのシンボルが浮かび上がる。それは、古代の石板に刻まれた盟約の印――『契約』)
あすか:「最終ラウンド。テーマは『未来への提言』。皆様には、これまでの全ての議論を踏まえ、未来を生きる我々人類が、動物たちと結ぶべき『新たな契約』、その最も重要と考える第一条を、高らかに宣言していただきます。それは、皆様の思想と人生の、集大成となる言葉です。では…この議論で、誰よりも悩み、苦しみ、そして、ご自身の『仁』の心を深化させてこられた…徳川綱吉様。あなた様から、お願いいたします」
綱吉:(ゆっくりと立ち上がる。その所作は、最初の威圧的な将軍のものではなく、一人の求道者のように、謙虚で、そして静かな覚悟に満ちている)「……うむ。この不可思議な対話の座は、余に、多くのことを教えてくれた。余の信じた道は、決して間違いではなかった。しかし…あまりにも、狭かったのかもしれぬな」
(綱吉は、一度、目を閉じ、そして、はっきりと、力強い声で宣言した)
綱吉:「余が提言する、新たな契約、第一条!『何人たりとも、故なくして生命を奪うべからず。全ての生命は、生まれながらにして、侵されざるべき尊厳を持つものと知れ!』」
(その言葉は、彼の思想の根幹であり、変わらぬ信念だった。しかし、彼は続けた)
綱吉:「…ただし!その『尊厳』とは、ただ籠の中で安寧に生き長らえることのみにあらず!兄弟フランチェスコが教えてくれたように、大地を自由に駆け、大空を自由に舞う喜びをも含むものとする!我々人間は、彼らの後見人として、その安全を守る責務を負うと同時に、彼らが本来持つべき『自由』をも最大限に尊重する責務を、共に負うものとする!」
(それは、ラウンド1で指摘された、自らの過ちを認め、乗り越えようとする、将軍の成長の証だった。彼は、もはや一方的な保護者ではなく、自由をも理解しようとする、真の共生者へと変わろうとしていた)
あすか:「…尊厳と、自由。ありがとうございます、綱吉様。では、次に、チンギス・カン様。あなた様の契約をお聞かせください」
チンギス・カン:(立ち上がることなく、しかし、その存在感は、スタジオ全体を支配している。彼の目は、ダーウィンの座る方向を、じっと見据えていた)「ダーウィンとやら。お前の言う『生態系』という、見えぬ網の目の話…面白かったぞ。俺たちが肌で感じていた草原の掟を、小難しい言葉で言い表したに過ぎんがな。だが、悪くない」
(チンギス・カンは、不敵な笑みを浮かべ、宣言する)
チンギス・カン:「俺の契約、第一条だ!『強者は、弱者を支配し、利用する権利を持つ。しかし、その権利には、彼らの種を未来永劫、存続させるという、絶対の『義務』が伴うものとせよ!』。
羊の群れから、食うのは十頭に一頭。馬の群れが子を産む季節には、狩りを禁じる。森が痩せれば、その土地を数年休ませ、草木が蘇るのを待つ。それが、支配者の知恵であり、次代への責任だ!我らは自然をただ奪い尽くす蝗ではない!力をもって、その豊かさを未来へと繋ぐ、最強の『管理者』なのだ!弱き者どもは、我らの力に守られ、そして、その対価を払う。これこそが、最も公平で、持続可能な契約よ!」
(彼の言葉は、もはや単なる支配者の傲慢ではなかった。それは、生態系という巨大なシステムを、人間の力で維持し続けるという、壮大な責任を自ら引き受けようとする、覇王の覚悟だった)
あすか:「…権利と、義務。力強いお言葉、感謝いたします。では、フランチェスコ様。あなた様の、愛に満ちた契約をお聞かせください」
フランチェスコ:(静かに立ち上がり、その両手を、まるで何かを天に捧げるかのように広げた。その姿は、後光が差しているかのように神々しい)「これまで、兄弟たちの言葉を聞いて、わたくしは、一つの悲しい事実に気づきました。我々人間は、あまりにも『上』から物事を見過ぎている、と。支配する、管理する、保護する…そのどれもが、我々が彼らよりも『上』にいるという、傲慢な思い上がりに満ちています」
(フランチェスコは、その場の全員に、そして視聴者に、優しく、しかし、魂に直接語りかけるように言った)
フランチェスコ:「わたくしの契約、第一条は、ただ一つ。『汝、全ての被造物を、汝自身のごとく愛せよ。そして、汝は彼らの主人ではなく、彼らに仕える『僕』であることを、決して忘れるなかれ』。
我々がすべきことは、これ以上、彼らから何かを奪うことではありません。まず、与えることです。我々が住処を奪ったというのなら、我々の土地の一部を、喜んで彼らにお返しする。我々が水を汚したのであれば、我々の飲むべき水を、まず彼らに捧げる。支配者として彼らの上に君臨するのではなく、最も小さく、最も弱き者の隣人として、その前にひざまずき、その傷を癒し、その声に耳を澄ますこと。その、徹底した『奉仕』からしか、真の信頼と、真の共生は始まらないのです」
(それは、人間の地位を、自然の下へと置く、最も謙虚で、そして、最も革命的な思想だった。彼の言葉は、これまでの全ての議論の前提を、根底から覆した)
あすか:「…愛と、奉仕。心に刻みます。…それでは、最後に、ダーウィン様。この混沌とした議論に、常に知性の光を灯してくださった、あなた様の結論をお聞かせください」
ダーウィン:(ゆっくりと立ち上がり、フィールドノートを閉じた。彼は、具体的な条文ではなく、この『契約』そのものに対する、最も重要な心構えを語り始めた)「綱吉様、チンギス・カン様、フランチェスコ様。皆様が示された契約は、それぞれが、一つの偉大な世界観です。しかし、科学者として、私は、いかなる完璧に見える思想も、鵜呑みにすることはできません。なぜなら、歴史とは、絶対の正義を信じた人々が、最も大きな過ちを犯してきた、その繰り返しの記録でもあるからです。
ですから、私の提言は、特定の条文ではありません。この『新たな契約』を結び、未来永劫、守っていくための、たった一つの、しかし最も重要な『前文』です」
(ダーウィンは、眼鏡の位置を直し、その知的な瞳で、未来を見通すように宣言した)
ダーウィン:「契約前文:『我々ヒトは、自らが特別な選ばれた存在ではなく、地球という巨大な生命の網の目の一員に過ぎないという事実を、科学に基づき、永遠に記憶せねばならない』。
なぜなら、この謙虚な自己認識こそが、全ての過ちを防ぐための、唯一の安全装置だからです。我々は、森の全てを知ることはできない。我々は、神の心を知ることもできない。我々は、不完全な、ただの一つの種なのです。その揺るぎない事実から出発しない限り、どんな立派な契約も、いずれは新たな傲慢を生み、独善に陥り、必ずや破綻するでしょう。
ゆえに、未来の人類に、私が本当に伝えたい契約とは、ただ一言。『知り続けよ、学び続けよ、そして、常に、自らの正しささえも、疑い続けよ』。この、終わりのない探求の道、それ自体が、我々と動物たちとの、唯一、誠実な契約となりうるのです」
(ダーウィンの言葉は、絶対的な答えではなく、答えを探し続ける『姿勢』こそが答えなのだと締めくくった。それは、科学者としての、究極の誠実さの表れだった)
あすか:(万感の思いを込めて、深く頷く。彼女の目には、かすかに光るものがあった)「…尊厳、責任、奉仕、そして、謙虚さ…。バラバラに見えた皆様の言葉が、今、一つの方向を指し示しているように、わたくしには思えます。それは、『人間中心主義からの脱却』という、我々がこれから歩むべき、長く、そして険しい道です。
絶対的な正解はないのかもしれません。だからこそ、私たちは、この四つの偉大な魂が遺してくれた、四つの光の柱――『尊厳』『責任』『奉仕』『謙虚さ』を、心に深く刻み込みながら、ダーウィン様の言うように、終わりなき旅を、試行錯誤を、続けていくしかない。それこそが、私たちが、動物たちと、そして、この地球と結ぶべき『新たな契約』の、真の姿なのでしょう」
(あすかの言葉と共に、スタジオ全体が、荘厳な、そして希望に満ちた白い光に包まれていく。長く、激しい戦いは、ついに、その幕を閉じようとしていた)