表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

ラウンド2:激論!ペットと家畜の境界線

(BGM:ラウンド1の終わりから続く静寂を破り、重厚なパイプオルガンのような、荘厳かつ倫理的な問いを想起させる旋律が低く流れ始める)


あすか:「愛でるための『ペット』と、食べるための『家畜』。その境界線は、存在するのか、それとも幻想なのか…。ラウンド2は、この、私たち現代人が無意識のうちに目を逸らしているかもしれない、欺瞞の核心へと迫ります」


(あすかがクロノスに触れると、テーブル中央の羅針盤が再び動き出す。針は、『愛玩』のシンボルの隣にある、牛の頭と小麦の穂を組み合わせたようなシンボル――『家畜』を指し示した。シンボルは、血を思わせる深い赤色と、大地を思わせる暗い茶色の光を交互に放っている)


あすか:「皆様、単刀直入に伺います。なぜ、私たちは犬を食べることには眉をひそめ、牛や豚を食べることは当たり前だと受け入れているのでしょうか。犬も牛も、同じように命を持ち、痛みを感じるはずなのに。この違いは、一体どこから来るのでしょう?この問いに、最も明快なお答えをお持ちであろう…チンギス・カン様、いかがですか」


チンギス・カン:(あすかの問いに、まるで「そんな当然のことをなぜ聞くのか」とでも言いたげな顔で、フッと鼻を鳴らす)「境界だと?くだらん。俺たちの間には、そんなややこしい線など存在せん。あるのは、ただ二つだけだ」


(チンギス・カンは、ごつい人差し指を一本立てる)


チンギス・カン:「一つは、『役に立つか、立たないか』。馬は我らを運び、羊は我らに乳と肉と毛皮を与える。鷹は空から獲物を見つけ、犬は我らの天幕ゲルを狼から守る。こいつらは、役に立つ。だから生かす。価値があるからだ」


(彼は、もう一本の指を立てて、二本指を示す)


チンギス・カン:「そして、もう一つは…『食えるか、食えないか』だ。役に立つやつらも、腹が減れば食う。役に立たないやつらは、もちろん食う。毒さえなければ、動くものは大抵食える。それだけのことだ。犬か牛かなど、些細な違いに過ぎん。肉の味に多少の違いがあるだけだろう」


綱吉:(チンギス・カンの暴論に、我慢ならぬといった様子で声を荒らげる)「き、貴様っ…!そのような…そのような、獣にも劣る考えが、よくも抜け抜けと口にできるな!人としての誇りはないのか!」


チンギス・カン:「誇りだと?腹は膨れんぞ、そんなものでは。誇りを抱いたまま、飢えて死ぬのがお望みか、将軍様よ」


綱吉:「断じて違う!人が人であるための、最も重要な一線がそこにあるのだ!犬や猫、鳥といった、古来より人の心に寄り添ってきた動物たちを、腹を満たすためだけに殺め、食らうなど…もはや人の道に非ず!それは、徳を捨て、自ら獣に成り下がる行為に他ならん!」


チンギス・カン:「面白いことを言う。獣に寄り添うために、獣を食わずに飢え死にするのが、お前の言う『人の道』か?滑稽だな。生きるためには、何かを食わねばならん。お前が食う米とて、元は生きていた稲ではないのか?何の違いがある」


綱吉:「全く違うわ!植物には、血が通っておらぬ!悲鳴も上げぬ!天が我らに与えたもうた、清浄な糧だ!それを食すのと、あたたかな血の通った、我らと同じように苦しみを感じる生き物の命を奪うのとでは、天と地ほどの隔たりがある!なぜ、あえて残酷な殺生を好むのか!余には全く理解できん!」


(綱吉の言葉は、悲痛な叫びとなってスタジオに響く。それは、現代の多くのベジタリアンやヴィーガンの主張にも通じる、根源的な問いだった。この感情的な対立を、冷静に観察していたダーウィンが、待ってましたとばかりに口を開いた)


ダーウィン:「お二人とも、少し落ち着いてください。その『境界線』ですが…科学的に言えば、存在しない、というのが答えになります」


綱吉&チンギス・カン:「「なにっ!?」」


(全く正反対の主張をしていた二人が、ダーウィンの言葉に、同時に驚きの声を上げる)


ダーウィン:(フィールドノートの新たなページを開きながら、淡々と、しかし有無を言わせぬ事実を突きつける)「生物学的な観点から見れば、イヌ科のイヌも、ウシ科のウシも、ブタ科のブタも、全ては『哺乳綱』に属する動物です。彼らの身体を構成するタンパク質やアミノ酸に、倫理的な優劣や、道徳的な上下関係は一切ありません。綱吉様が神聖視する犬の肉も、チンギス・カン殿が日常的に食す羊の肉も、科学的には、ほぼ同じ成分でできています。つまり、片方を食べて、もう片方を食べてはいけない、という生物学的な理由は、どこにも見当たらないのです」


綱吉:「そ、そんな…成分の問題ではない!『心』の問題だと言っておるのだ!」


ダーウィン:「ええ、もちろん、承知しております。ですから、こう申し上げるべきでしょう。その境界線は、『科学』ではなく、『文化』が作り出したものである、と」


(ダーウィンは、そこで一旦言葉を切り、諭すように続ける)


ダーウィン:「例えば、この極東の島国(日本のこと)では、古来、仏教の影響で肉食が長く禁忌とされてきました。綱吉様の思想は、その文化の延長線上にあると言えるでしょう。一方で、インドの一部の地域では、牛は神聖な動物として決して食べられませんが、他の肉は食べます。また、イスラム文化圏では、豚は不浄な動物として口にしません。そして、チンギス・カン殿のような遊牧文化では、家畜は最も重要な食料であり、それを食べることに何のタブーもありません」


(ダーウィンは、世界地図を頭の中に描くように、宙を指し示しながら語る)


ダーウィン:「つまり、何を食べ、何を食べないかというルールは、普遍的な真理ではなく、それぞれの社会が、その気候、風土、宗教、歴史の中で、生き残るために便宜的に作り上げてきた、極めてローカルで、恣意的な『物語』に過ぎないのです。綱吉様、あなたが『人の道に非ず』と断罪する行為も、地球の裏側では、ごく当たり前の日常かもしれない。逆に、チンギス・カン殿、あなたが当たり前だと思っている食文化も、別の場所では、悪魔の所業と見なされるかもしれない。この境界線とは、それほどまでに曖昧で、不確かなものなのですよ」


(ダーウィンの文化相対主義的な解説は、絶対的な正義を信じる綱吉と、絶対的な実利を信じるチンギス・カンの両者の足元を、同時に揺るがした。自分たちの信じる『当たり前』が、普遍的なものではないという事実。それは、彼らにとって、自らの世界観そのものを脅かす、危険な思想だった)


あすか:「…境界線は、文化が作り出した『物語』。ダーウィン様の言葉は、あまりにも冷静で、そして、ある意味では残酷な真実を私たちに突きつけました。科学の前では、犬も牛も、等しくただのタンパク質の塊でしかない…。その事実を突きつけられた上で、私たちはなお、『これは特別だから食べてはいけない』と、言い続けることができるのでしょうか…」


(あすかの問いかけが、スタジオに重く響き渡る。綱吉は悔しそうに俯き、チンギス・カンですら、初めて何かを考え込むような表情を見せている。ダーウィンの科学的な指摘によって、議論は振り出しに戻ったかのように見えた。だが、この混沌とした状況に、静かな光を灯す者がいた)


フランチェスコ:「……兄弟ダーウィン」


(フランチェスコは、ノートから顔を上げたダーウィンに、穏やかな微笑みを向ける)


フランチェスコ:「あなた様のおっしゃる通りなのでしょう。わたくしには、難しい学問のことはわかりません。その線引きは、人間が作り出した、儚い物語なのかもしれない」


(彼は一度、ダーウィンの意見を全面的に受け入れた。その上で、ゆっくりと続ける。その声は、静かだが、スタジオにいる全員の心の奥底に、直接語りかけるような響きを持っていた)


フランチェスコ:「ですが…兄弟たちよ。だとしたら、なおさらではございませんか?」


(その『なおさら』という言葉に、全員がハッとして顔を上げる)


フランチェスコ:「もし、その境界線に、神や自然が決めた絶対的な根拠がないのであれば…。なぜ、私たちは『殺さない』という、最も慈悲深い選択を、全ての生き物たちへと広げてはいけないのでしょうか?その線を引くのも、消すのも、我々人間の自由だというのなら」


(彼の言葉は、文化相対主義という結論で思考停止しかけていた議論に、倫理という新たな風を吹き込んだ)


フランチェスコ:(悲しそうに目を伏せ、続ける)「わたくしは、不思議でならないのです。私たちは、子犬のつぶらな瞳を見て、心が愛しさで満たされる。その足に棘が刺されば、我がことのように胸を痛め、手当てをしようとする。…では、なぜ、屠殺場へ引かれていく子羊の、あの恐怖に怯えた瞳を見ても、同じように心が痛まないのでしょうか。母を求めて鳴く子牛の悲しい声に、なぜ私たちは耳を塞いでしまうのでしょうか。

それは、きっと…我々が、彼らを『家畜』という、顔のない、ただの記号で呼んでいるからではないでしょうか。『豚肉』『牛肉』という、命の欠片に名前を付け替え、彼らがかつて持っていたはずの、一つ一つの顔、一つの命、一つの物語から、巧みに目を逸らしているからではないでしょうか」


(フランチェスコの言葉は、まるで鋭いきりのように、現代人が築き上げた食肉システムという分厚い壁の、中心を静かに貫いた。スーパーのパック詰めの肉と、生きていた動物の姿との間にある、深い断絶。その断絶こそが、我々の共感能力を麻痺させているのだと、彼は指摘したのだ)


チンギス・カン:(フランチェスコの理想論ともいえる言葉を、鼻で笑い飛ばす)「…どこまでも甘い男だ、聖者様よ。お前がそうやって美辞麗句を並べ、祈りを捧げている、まさに今この瞬間も、草原では狼が鹿の喉笛を食い破っている。鷲が兎を空から攫っている。それが、神だか天だかが作った『生』の現実だ。目を逸らしているのは、その血生臭い現実から逃げている、お前たちの方ではないのか?」


綱吉:(チンギス・カンの反論に、今度はフランチェスコを庇うように立ち上がる)「黙れ、蛮人め!フランチェスコ殿の言葉が聞こえぬか!そうだ、その通りだ!目を逸らしてはならぬのだ!全ての命の苦しみから!食う、食わぬの線引きをすること自体が、そもそも間違いなのだ!犬も、牛も、鳥も、魚も!全ての命を救う!それこそが、真の『仁』であり、人が目指すべき、究極の姿ではないのか!」


(フランチェスコの言葉に感化され、綱吉の理想は、ついに生類憐みの令さえも超える、完全不殺生の思想へと昇華されていた)


ダーウィン:(過激化する綱吉と、揺るがぬチンギス・カン、そしてその中心にいるフランチェスコを見て、もはや興奮を隠そうともせずにノートに書きなぐっている)「おお…!これは…!これはまさしく『共感能力の拡張』という現象です!ヒトという種が持つ共感は、かつては家族や仲間といった、ごく狭い範囲にしか向けられていなかった。それがやがて部族、民族、国家、そして人種という壁を乗り越えてきた。そして今、フランチェスコ様や綱吉様においては、ついに動物という『種』の壁さえも突破し、全ての生命へと広がろうとしている!生物史上、これほどまでに共感の範囲を広げた種は存在しません!なんという、壮大な心の進化の実験場だ!」


あすか:「心の…進化…」


ダーウィン:「ええ!もちろん、チンギス・カン殿の言う通り、自然界は弱肉強食です。しかし、我々ヒトは、その自然の法則に抗い、文化や倫理という、新たな法則を自ら作り出す力を持っている。この両者のせめぎ合いこそが、我々を我々たらしめているのです!」


(ダーウィンの言葉が、対立する二つの意見を、より高次の視点から包み込んだ。その時、それまで静かだったフランチェスコが、チンギス・カンに向き直り、静かに語りかけた)


フランチェスコ:「兄弟チンギス・カン。あなた様のおっしゃる通り、狼は生きるために鹿を狩ります。彼らに、善も悪もありません。…ですが、彼らは、必要以上に鹿を殺したりはしない。そして何よりも…彼らは、『鹿を狩らない』という選択肢を持っていないのです」


チンギス・カン:「…何が言いたい」


フランチェスコ:(その鋭い目を、まっすぐに見つめ返し)「我々人間だけが、神から『選ぶ自由』を与えられている、ということです。肉を食べることもできる。そして、食べないこともできる。そのどちらをも選び取れる、唯一の生き物なのです。だからこそ…我々人間の選択は、狼のそれよりも、遥かに、遥かに重い。あなた様が言う『自然の摂理』を、免罪符にすることは、我々人間には許されないのです」


(その言葉は、チンギス・カンですら、返す言葉を見つけられないほどの、根源的な真理を含んでいた。人間の『自由意志』と、それに伴う『責任』。議論は、ついに生命倫理の核心へとたどり着いた)


あすか:(深く、長い息を吐く。スタジオ全体が、フランチェスコの最後の言葉の重みに、支配されていた)

「……ペットと家畜を分ける境界線は、文化が作った曖昧な物語でしかなかった。そして、その線を越える鍵は、私たちの『共感』をどこまで広げられるのか、そして、神に与えられし『選ぶ自由』に対し、どれほどの責任を負う覚悟があるのか…。その問いに、かかっているのかもしれません」


(あすかは、クロノスに視線を落とし、そして再び顔を上げる。その表情は、次の、さらに過酷な戦いを予感させていた)


あすか:「では、その人間が作り出した文化や社会そのものを、直接的に脅かす存在…いわゆる『害獣』と対峙した時、私たちのその『共感』は、そして『慈悲』は、どこまで通用するのでしょうか?我が子を襲う狼を前にしてもなお、あなたは『殺さない』という選択を、貫き通せますか?」


(あすかの最後の問いが、まるで冷たい刃のようにスタジオに突き刺さる。ラウンド2の終わりは、次なるラウンドの、あまりにも厳しい幕開けを告げていた)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ