ラウンド1:我こそが正義!それぞれの動物観
(オープニングの緊張感を保ちつつ、より知的で対話的な雰囲気にシフトする。チェンバロや弦楽器のアンサンブル)
あすか:「将軍の『仁』、覇王の『力』、科学者の『理』、そして聖者の『愛』。皆様の思想の輪郭は、確かに見えてまいりました。ですが、それはまだ、巨大な氷山の一角に過ぎないのかもしれません」
(あすかが手にしたタブレット「クロノス」の表面を、繊細な動きでスライドさせる。それに呼応するように、スタジオ中央、石のテーブルに埋め込まれた羅針盤の針がゆっくりと回転を始め、やがて『愛玩』という二文字をかたどったシンボルをピタリと指し示した。シンボルが淡いピンク色の光を放つ)
あすか:「ラウンド1のテーマは、我々現代人にとって最も身近な動物との関係…『愛玩』。すなわち『ペット』です」
チンギス・カン:「ぺっと…?」
(チンギス・カンが、聞き慣れない言葉に怪訝な顔で杯を傾ける)
あすか:「はい。生産性や実用性を一切度外視し、ただ、その存在を愛でるためだけに側に置く動物…言わば『生きた宝飾品』、あるいは『家族の一員』とでも申しましょうか。現代では多くの人々が、犬や猫といった動物たちとそのように暮らしています。この『ペット』という文化、皆様の目にはどう映るでしょうか?まずは、このテーマにおいて最も強い信念をお持ちであろう、綱吉様。いかがでしょう」
綱吉:(あすかの言葉に、待ってましたとばかりに深く頷く。その表情は、先ほどの怒気とは打って変わって、慈愛に満ちたものになっている)「うむ。それこそ、世が泰平であることの証。実に結構なことであるな。そもそも、動物を『役に立つか、立たぬか』で判断すること自体が、人の心の貧しさの表れ。特に犬は、古来より人の心に寄り添い、その忠義の心は、時として人間以上である」(綱吉は、懐かしむように目を細める)
綱吉:「かつて、我が城で飼っていた一匹の犬が、病に伏したことがある。誰もがもう長くはないと匙を投げた。だが、余は諦めなかった。付きっきりで看病し、薬を与え、声をかけ続けた。するとどうだ。数日後、その犬は弱々しくも尻尾を振り、余の手を舐めたのだ。その瞳には、確かに感謝の光が宿っておった。あれは、紛れもなく『心』の交わり。言葉などなくとも、魂は通じ合う。この尊さが、道具としてしか動物を見れぬ者にはわかるまい」
(綱吉はそう締めくくると、挑戦的な視線で、正面に座るチンギス・カンを真っ直ぐに見据えた)
チンギス・カン:(綱吉の感傷的な話を聞き終えると、呆れたように、ふっと息を漏らして笑う)「…くだらんな。病の犬一匹に、一国の主がうつつを抜かすか。お前の国では、よほど政が暇であったとみえる」
綱吉:「なっ…!貴様、余の善政を愚弄するか!生命を慈しむことこそ、為政者の徳の源泉であると知れ!」
チンギス・カン:「徳だと?その『徳』とやらで、敵の矢を防げるか?飢えた民の腹を満たせるか?」
(チンギス・カンは、石のテーブルに肘をつき、身を乗り出す。その眼光が、獲物を前にした鷹のように鋭くなる)
チンギス・カン:「そもそも、お前の言う『愛玩』とは、最も残酷で、最も傲慢な支配ではないのか?」
綱吉:「な、何を…!?」
(チンギス・カンの予期せぬ反論に、綱吉が絶句する)
チンギス・カン:「我らモンゴルの民も、馬を愛する。鷹を愛する。狼犬を愛する。生まれたばかりの仔馬を、我が子と同じ天幕で寝させることもある。だがそれは、彼らが持つ『野生』そのものを愛しているからだ。彼らの牙、爪、蹄、そして誇り高い魂に、我らは敬意を払う。戦場で背中を預け、共に死線を越える『盟友』だからだ。
だが、お前の言う『愛玩』はどうだ?犬から牙を抜き、猫から爪を奪い、鳥を籠に閉じ込めて、ただ人間の都合のいい『可愛い』という型に押し込める。それは、野生の魂を殺し、生きたまま飾り物にする行為に他ならん!それを『慈しみ』などと呼ぶとは、反吐が出るわ!」
ダーウィン:(二人の応酬を、まるで極上の芝居でも観るかのように目を輝かせながら聞いていたが、ついに我慢できなくなった、というタイミングで口を開く。その声は学術的な興奮に満ちている)「素晴らしい!素晴らしい議論です!チンギス・カン殿、あなたの指摘は、実に的を射ている!それは、私が長年研究してきた『人為選択(Artificial Selection)』の本質そのものです!」
綱吉:「じんいせんたく…?何だ、それは」
ダーウィン:(待ってましたとばかりに、フィールドノートのページをめくり、皆に見せるように差し出す。そこには、様々な姿形の犬の骨格が、緻密なタッチでスケッチされていた)「自然界では、環境に適応したものが生き残り、子孫を残す。これを『自然選択』と呼びます。しかし、人間が飼育する動物の世界では、全く別の法則が働いている。それは『人間の好み』という法則です。
例えば、この短い鼻を持つ犬(パグやブルドッグを指差す)。この鼻では、自然界では満足に獲物を追うことも、呼吸することさえ困難でしょう。この短い足(ダックスフントを指差す)。これでは、捕食者から逃げることは到底できない。彼らは、自然界では真っ先に淘汰される『不適合者』なのです」
(ダーウィンの冷静で、容赦のない言葉に、綱吉の顔が青ざめる)
ダーウィン:「ではなぜ、彼らは存在するのか?それは、人間が『鼻が短い方が愛嬌がある』『足が短い姿が面白い』という、極めて主観的な理由で、そのような特徴を持つ個体だけを選んで交配させ続けてきたからです。つまり、人間が神に代わって『種の創造』を行っているに等しい。チンギス・カン殿の言う通り、野生を奪い、人間の愛玩物として『作り変えた』のがペットなのです。綱吉様、あなたが愛でているその犬の姿もまた、幾世代にもわたる人間たちの欲望が作り上げた、ある意味で『不自然』な芸術品なのですよ」
綱吉:「そ…そんな…!馬鹿な!彼らは、生まれながらにして、あの姿なのだ!それを不自然などと…!断じて違う!余は、ただ、そこにある命を愛でていただけだ!」
チンギス・カン:「フン、気づいていなかっただけだろう。自分の欲望の醜さにな。お前は、命を愛でていたのではない。お前が作り上げた『人形』を愛でていただけのことだ」
あすか:「…科学の光は、時に、我々が信じてきた善意の姿さえも変えてしまうようです。チンギス・カン様のご指摘は、ダーウィン様の理論によって、さらに鋭さを増しました。綱吉様、これに…反論はございますか?」
(綱吉は唇をわななかせ、悔しそうにダーウィンとチンギス・カンを睨みつける。だが、返す言葉が見つからない。彼の理想主義が、リアリズムと科学という二つの強大な壁に、真正面から打ち砕かれた瞬間だった。スタジオに、重い沈黙が流れる。綱吉の善意は、本当にただの傲慢な支配だったのか…)
フランチェスコ:「……兄弟たち」
(その声は、囁くように静かだった。しかし、不思議なほどスタジオの隅々にまで染み渡り、場の空気を震わせた。三人の論客とあすかの視線が、一斉にフランチェスコへと注がれる)
フランチェスコ:(慈愛と、そして深い悲しみを湛えた瞳で、三人を等しく見つめながら)「なぜ、そんなにも悲しい議論をするのですか?『役に立つ』とか、『役に立たない』とか。『自然だ』とか、『不自然だ』とか。なぜ、我々人間が、彼らを裁くのですか?」
(フランチェスコの問いかけは、誰かを責めるものではなかった。ただ、純粋な疑問として、場の中心にそっと置かれた)
フランチェスコ:「わたくしが森で出会った小鳥は、人間に美しい歌を聴かせるためにさえずっていたのではありません。ただ、父なる神から与えられた命を、その小さな身体いっぱいに謳歌し、神の栄光を賛美していたのです。それを、たまたま通りかかったわたくしたち人間が『美しい』と感じる。その、偶然の出会いと、心に湧き上がる愛おしいという感情の奇跡こそが、『共生』の始まりではないのでしょうか」
(彼の言葉は、まるで乾いた大地に染み込む水のように、綱吉の心に届いた)
綱吉:「!…そ、そうだ…!その通りだ、フランチェスコ殿!余も、それだ!余は、ただ…ただ、そこにある命の輝きが、あまりにも尊いと感じた!懸命に生きようとする姿が、美しいと感じたのだ!それを『欲望』だの『人形』だのと…!断じて違う!」
(綱吉は、救いを求めるようにフランチェスコを見る。自分の行為の根源にあったはずの、純粋な感動。それを肯定してくれたことに、彼の表情が少しだけ和らぐ。だが、フランチェスコは、悲しげな微笑みを浮かべたまま、さらに続けた)
フランチェスコ:「ええ、わかりますよ、兄弟綱吉。そのお気持ちは、本当に素晴らしい。神がお与えになった、尊い心です。…ですが、」
(フランチェスコは、そこで言葉を切り、真っ直ぐに綱吉の目を見つめた)
フランチェスコ:「では兄弟。その尊い命を、お城という名の籠の中に入れ、絹の座布団の上に座らせる…。それは本当に、その犬自身の幸せなのでしょうか?神がお与えになった四本の足で、土の上を自由に駆け回る喜びを。風の匂いを嗅ぎ、仲間の犬と戯れる楽しみを。その、生まれ持ったはずの『自由』を奪う権利が、我々人間にあるのでしょうか?」
綱吉:「なっ…!そ、それは…!それは彼らを守るためだ!野生の暮らしは、どれほど危険に満ちているか、そなたとて知っておろう!飢え、病、そして他のどう猛な獣たち…。いつ命を落とすやもしれん過酷な環境から、安全な場所で保護する!それこそが、万物の長たる人間の務めではないのか!」
チンギス・カン:(綱吉の必死の反論を聞くと、再び、腹の底から豪快に笑い出した)「ガッハッハッハ!保護だと?過保護の間違いであろう!結局、お前のやっていることは、獣を腑抜けにし、自分がいなければ何もできぬようにする、最も陰湿な支配よ!そんなものは、愛ではない。ただの自己満足だ!」
綱吉:「だ、黙れ!情けを知らぬ蛮人が口を挟むな!」
チンギス・カン:「情けだと?よかろう、教えてやる。本当の『共生』というものをな」
(チンギス・カンは、杯をテーブルに置き、その分厚い胸を張る)
チンギス・カン:「この聖者の言う通り、自由なままでは、冬を越せずに死ぬ子羊はごまんといる。狼に食われる馬もいる。それが自然の掟だ。だが俺たちは、そいつらを集め、群れとして育て、狼から守り、水場へと導く。その代わり、俺たちは、その乳を飲み、毛を刈り、そして時には、その肉をいただく。命のやり取りだ。俺たちはやつらを生かし、やつらは俺たちを生かす。それこそが、揺るぎない『契約』であり、神とやらが本当に望んでいる『共生』の姿ではないのか?」
ダーウィン:(ペンを走らせる速度が、さらに増していく。もはや彼の目は、論争の中心ではなく、ノートの上と三人の顔をめまぐるしく行き来している)「おお…!おお!なんということだ!議論が、新たな次元に突入した!綱吉様の提唱する『完全な保護』。チンギス・カン殿の提唱する『管理と利用に基づく共存関係』。そしてフランチェスコ様の言う『ありのままの自由の尊重』。これは…これは、現代における動物福祉の三大思想そのものではありませんか!」
あすか:「動物福祉、と申しますと?」
ダーウィン:「ええ!例えば『動物園』です。絶滅から種を守るという『保護』の大義。しかし、そのために動物を狭い檻に閉じ込め、本来の『自由』を奪っていいのかという倫理的問題。一方で、チンギス・カン殿の言うやり方は、現代の『畜産』の原型とも言える。人間の管理下で安全を保障する代わりに、彼らから乳や肉を得る。この三者の意見は、まさに現代社会が抱えるジレンマの縮図!このスタジオは、もはや時空を超えた倫理委員会ですな!いやはや、面白すぎる!」
(ダーウィンの興奮した解説が、図らずも、このラウンドで浮かび上がった論点を明確にした。綱吉は自らの善意がもたらす『不自由』を指摘され、チンギス・カンは自らの『利用』を『共存契約』だと主張し、フランチェスコはそのどちらにも与せず、根源的な『自由』を問い続ける)
あすか:(ダーウィンの言葉を受け、静かに、しかし力強く頷く)「ありがとうございます、ダーウィン様。皆様の言葉によって、『愛玩』という、一見すると平和で美しい行為の裏に、『支配』『人為選択』、そして『保護と自由』という、これほど多くの重く、そして決して目を背けてはならない論点が隠されていることが、明らかになりました」
(あすかは、ゆっくりとスタジオの全員を見渡し、そして最後にカメラの向こうの視聴者を見つめる)
あすか:「愛でるための、ペット。…では、私たちが日々、命をいただく、食べるための動物たち…すなわち『家畜』。私たちは、この二つの間に、心の中で明確な境界線を引いているつもりです。ですが、その境界線は、本当に存在するのでしょうか?それとも、ただの…都合の良い、幻想なのでしょうか?」
(あすかの問いかけが、重い余韻を残す。テーブル中央の羅針盤の光が、ゆっくりと消えていく)
あすか:「ラウンド1、終了です」
(BGMが静かにフェードアウトし、次のラウンドへの期待と不安をない交ぜにしたような、短い静寂が訪れる)