5.太陽のような坊ちゃま
カタリナが使っていた部屋は端の角部屋、そこがだめになったので、次に広い、表側の一番塔寄りの部屋に移るという。
とにかく熱い風呂に入れればなんでもよいサン・フォンは、裏側の真ん中にある一人用の部屋にした。
ついでに、ノアルスイユの部屋も隣に支度してもらう。
造りは古いが、部屋は清潔で、水回りも比較的新しい。
風呂に入って出たら、着替えが一式用意されていた。
着てみると、ジャケットの肩周りが若干苦しかったが、晩餐だけなら大丈夫だ。
靴は無理だったので、とりあえず厚手のスリッパを借りることになった。
脱いだ服やブーツは明日の朝までになんとかしてくれるという。
「レオン卿は、どのような方だったんだろう」
自分とたいしてサイズが変わらないということは、亡くなったレオンも、身体を鍛えていたのだろうかとサン・フォンは問うてみた。
まめまめしく、ジャケットの襟を整えてくれていた老執事ヨーゼフの手が止まる。
「坊ちゃまは、朗らかで快活な方でした。
ちょうど、カタリナ様のような濃い金髪で、お笑いになるとまるで太陽のようで。
鍛錬にも勉学にも勤しまれ、オスク男爵となられる日を、私どもも楽しみにしていたのですが」
ヨーゼフの声は、抑えようとしてもかすかに震えていた。
どうやら、若死にした跡取りは、父親とは真逆のタイプだったようだ。
「そうか。残念だったな……
これも奇縁だ。
明日、帰る前にでも、レオン卿の墓前に香でも手向けさせてもらえないだろうか」
「お心遣い、まことにありがとうございます。
明朝、当家の廟にご案内させていただきます」
涙がにじんだ眼を隠すように、ヨーゼフは深々と頭を下げた。
服はなんとかなったが、暇だ。
披露宴が速攻終わってしまったために、まだ4時にもなっていない。
サロンか図書室で雑誌でも読めればいいのだが、と部屋を出ると、ちょうど眼鏡をかけた男が斜向かいの部屋から出てきたところだった。
普段着に着替えているが、花婿のヘクターだ。
ヘクターはサン・フォンを見て一瞬ぎょっとし、慌てて目礼すると足早に新しい棟の方へと歩いていった。
小脇に、道具入れのようなケースを抱えている。
彼は、次代男爵として男爵家に迎えられたばかり。
昨夜までは客人として斜向かいの客室を使っていて、忘れ物でも取りに来たのだろうか。
こっちは下っ端とはいえ、王家の使者に随行して来た士官。
普通は挨拶の一つもするだろうにとサン・フォンは首を傾げた。
右の棟の1階が舞踏室、2階は客室ということは、古い右の棟に来客用の部屋を集中させ、新しい左の棟は家族の私的空間という具合に分けている可能性が高い。
普通、私室は2階に設けるから、1階に晩餐室や図書室がありそうだ。
図書室なら、暇が潰せるだろう。
サン・フォンは、ぶらぶらと階下に降りてみた。
「お」
降りてすぐ、塔の一部と思しき無骨な石壁に、大きな両開きの扉があるのが目についた。
鋲飾りがたくさん打ち込まれた、いかにも重たげで無骨な扉だ。
2階には塔に出入りできそうな扉はなかったから、塔の中は吹き抜けなのだろうか。
どういう風に使っているのか、ちょっと気になったが、扉は閉ざされている。
初めて来た赤の他人の屋敷で、勝手にあちこち開けるわけにもいかないので、サン・フォンは進んだ。
塔を過ぎると、左の棟の重厚な玄関ホールに出た。
黒っぽい、底光りする羽目板が天井まで張られていて、歴史を感じさせる造りだが、いかんともしがたく雰囲気が重い。
飾ってあるのは、古い甲冑がいくつか。
壁には、歴代オスク男爵とその家族の肖像画が飾られている。
サン・フォンは、じっくり肖像画を眺めた。
魔獣の群れに初代国王が襲われた時、名もなき郷士の身で大奮戦したことがきっかけになって出世を重ね、この地を与えられた初代オスク男爵は、いかつい甲冑に身を包み、大きな戦斧を片手で持っている。
その隣の妻も、甲冑をつけ、長剣を佩いた勇ましい姿。
二人の足元には、屠られた魔獣の屍が累々と横たわり、夫妻は射るような目つきでこちらを見つめている。
相当な修羅場をくぐってきたようだ。
背景に広がる丘陵には、この塔も描きこまれていた。
二代、三代、四代と続けて見ていくと、武張った雰囲気が次第に薄れていく。
平和な時代になったのだ。
背景に塔が描きこまれるのは変わらないが、戯れている羊や、のんびり寝そべっている牛も描かれ、のどかな印象になっている。
そして先々代男爵夫妻の肖像画を見た瞬間、サン・フォンはあれ?と首を傾げた。
こちらは室内の絵で、寝椅子に座り、膝に赤ん坊を抱いている妻と、その後ろに立ち、妻と子を見守る男爵は穏やかそう。
夫人の隣に立っている賢そうな男の子は、長男だろう。
男爵の隣に立つ、美人だがちょっとキツそうな雰囲気の縦ロールに大きなリボンをした少女が、長女である先代エーラン子爵夫人のはず。
幼い妹や弟は、無心に母に甘えている。
麗しい、家族団欒の光景だ。
しかし、この団欒には、少々不穏な気配があった。
皆と少し離れたところに、ピンク色の髪の少女が立ち、居心地悪そうに視線を脇にそらしているのだ。
これが、「例のピンク髪」こと先代男爵夫人カーラなのか。