3.クリスティーナとクリスティーヌ
クリスティーヌは、オスク男爵の後妻の連れ子。
後妻は某子爵家の後妻だった女性で、夫亡き後、婚家から幼い娘ともども追い出されたという。
クリスティーヌを養女とすることを条件として、オスク男爵の後添いとなったが、男爵との間には子がないまま、数年前に流行り病で亡くなった。
クリスティーナとクリスティーヌは共に18歳で、ミドルネームも同じ「アスセーナ」。
二人とも6月生まれで、6月の守護精霊「アスセーナ」から名付けたようだ。
クリスティーナの方が9日前に生まれているので、彼女が姉ということになる。
受け取った担当者は混乱し、「婚約時だけでなく、挙式前に再度王家に結婚許可を申請するものだと思ってる? そんなの不要なんだけど?」「というか前の書類、名前と誕生日間違えてた??」とか、「長女と養女を差し替えて結婚させるとか、なんでもいいから理由書つけてくんないと受け取れないんだけど!」などとやりとりしているうちに、ぎりっぎりになってしまったのだ。
「そうね。ま、長女と婚約していたのに、花婿が養女の方を妊娠させてしまって、とにかく帳尻を合わせようってことだと思っていたのだけど」
「あー……やっぱり、そのへんですかね」
「んんん……昨日の様子じゃ、もしかしたら、全然違うのかもしれないわ」
「へ? どういうことです?」
「クリスティーヌとは顔をあわせていないし、はっきりしたことを聞いたわけじゃないんだけれど。
でも、見た感じ、クリスティーナとヘクター卿、普通に仲が良いのよ。
それに、クリスティーナとクリスティーヌって、続き部屋を一緒に使ってるとかなんとかで。
この屋敷、大きいのは大きいから、空いてる部屋はいくらでもあるのに。
実の姉妹でも、相当仲が良くなければ、普通はそんなことはしないわ」
「えええええ……」
どゆこと??とサン・フォンは混乱した。
「いずれにしても、花嫁が妊娠しているのは確かよね。
ウェディングドレス、妙にゆったりした、ぼんやりデザインだったでしょ?
妊娠でもしてなきゃ、あんなドレス誰が着るもんですか」
「なるほど……」
とか言っているうちに、神殿から少し行った、小高い丘陵に広がる男爵家の館が見えてきた。
変わった造りで、表から見ると、真ん中に石造りの方形の塔が突き出ていて、塔を挟むように左右に棟が伸びている。
塔は、古くからこの地にあった砦の一部なのだと、カタリナは教えてくれた。
そういえば、オスク男爵家は建国以来の古い家柄だ。
ここは、オスク男爵家の始祖が建てた館。
今の本邸は、馬車で半日ほどの距離にある領都にあり、こちらは別邸という扱いなのだが、冠婚葬祭などはこの屋敷で行う習わしらしい。
よく見ると、左右の棟の様式は違っていて、右は石積みが剥き出しで窓も狭い無骨な造り、左は瀟洒な漆喰塗で、比較的新しい。
大きな車寄せが左の棟にあるが、右の棟にも玄関がある。
まず塔に右の棟を建て増しして人が住めるようにし、後代、左の棟を建て増ししたのだろう。
カタリナは昨日着いて、右の棟の二階にある客室に泊まっているという。
そのままカタリナをエスコートして、中に入る。
貴族の結婚式なら、ゲストも一旦衣装を換えて休憩し、夕方あたりから披露目の舞踏会を朝まで行うのだが、このまま披露宴的ななにかをさっさとやってしまうとのことで、お仕着せ姿の従者の案内で、右の棟の1階にある舞踏室へ向かった。
披露宴はガーデンパーティの予定だったらしいが、この雨。
急遽、屋内に変更したという。
案外立派な舞踏室にはあちこちに花が飾られ、急ごしらえながら、華やぎが加えられていた。
小編成だが、楽団も一応いる。
が。しばらく待たされてから始まった披露宴もどきは、さんざんだった。
まず、花嫁が体調が悪いとかで顔も見せない。
花婿は、青ざめた顔でうろうろしていたかと思うと、これも消えてしまった。
花婿花嫁が踊らないのに、他の者が踊れるわけもなく、楽団は無の表情でBGM演奏に徹するしかない。
ブッフェは、結構頑張っていた。
盛り付けの人手が足りないのか、大皿から取り分ける料理ばかりだったが、結構美味しかったし、量もたっぷりある。
しかし、皆、あまり手が出ないようで、腹が減っていたサン・フォンは、遠慮なく堪能した。
あっという間に酔っ払った男爵は、カタリナほか令嬢達や若い夫人達にべたべたしたがった。
若い頃は美男と言われたかもしれないし、当人はまだ若いつもりなのかもしれないが、ぶくぶくと太っている上、顔色が妙に青黒い。
顔色の悪さを誤魔化そうというのか、やたらタルカムパウダーをはたいて、白浮きしている。
病気でむくんでいるようにも見える男爵の振る舞いは、見るに耐えなかった。
70才を超えているはずだが、やたら矍鑠とした先代エーラン子爵夫人は、エーランの者達を従えて一角に陣取り、甥である男爵を聞えよがしに批判する。
どうやらこの男爵、ろくに社交界にも出ない内弁慶な上、女癖が相当酷くて、使用人も居着かないらしい。
領地から収入が入ったら王都の娼館に入り浸り、金が尽きたら領都に戻ってきて、領都の娼館にツケで入り浸るのがルーティンとか、典型的なダメダメ領主だ。
ついでに後妻が病気になったら、男爵家のもともとの本邸だったこの地に子どもたちごと追いやり、ろくに見舞いもしなかったらしい。