27.ちょっぴり、ずるを
翌朝、というより翌日の昼前のこと──
コテージの居間のソファで眠っていたサン・フォンは、揺り起こされた。
眠い眼をこすりながら開くと、ノアルスイユがいる。
窓の外はよく晴れていて、まばゆいばかりに明るい。
逆光のノアルスイユは、後光を背負っているように見えた。
サン・フォンは、そっと自分の懐に触れた。
分厚い封筒の感触があって、ほっとする。
幾重にも「封印」魔法をかけて守られた封筒には、全員分の供述書が収まっているのだ。
アドバンが、コーヒーと丸パンを持ってきてくれた。
ありがたいことに、屋敷の全焼に驚いた付近の住民が、色々差し入れしてくれたそうだ。
サン・フォンはむしゃむしゃ朝食を食べながら、ノアルスイユの話を聞いた。
ノアルスイユは迂回しているうちに、どこにいるのかわからなくなり、結局馬車で一晩夜を明かしたという。
夜が明け、通りがかった羊飼いに道を聞いて、ようやくたどり着いたら、屋敷は焼け落ちているし、男爵は魔力暴走で亡くなったというし、花嫁はどっちがどっちで何が何やらわからないしと、絶賛混乱中のようだ。
「ま。とりあえず、姉をティーナ、妹をティーヌと略して呼ぶと若干マシになる。
家人はみんな、そう呼んでるみたいだし」
「そうか。
ええと……養女のティーヌが長男のレオンと秘密結婚して妊娠。
レオンが落馬事故で亡くなったので、男爵が、以前から長女のティーナと婚約していたヘクターを夫に立て、養嗣子とした上で、レオンの子をヘクターの嫡出子として産ませようとした。
が、いびつな結婚を主導していた男爵が魔力暴発で亡くなり、本邸も焼失したし、領地経営も巧く行っていないので、爵位を返上したい……ということでいいんだよな?」
「そういうことそういうこと」
ノアルスイユは、きらんと銀縁眼鏡を光らせた。
「なるほど。ならこの際、遡って、レオンとティーヌの結婚を成立させ、ティーヌとヘクターの結婚は無効とした方がすっきりするんじゃないか?」
「へ。そんなことができるのか?
王家の結婚許可証がないのに?」
「できる。法的に王家の許可が必要なのは、嗣子が妻を娶る時だけだ。
ま、嗣子以外も、貴族の子息なら許可証を申請するのが慣習になっているが。
もともとは、貴族同士が王家が把握しないところで結びつきを深めるのを防ぐために作られた法律だから、嗣子以外は特に規定はない。
レオンは長男だが、嗣子の指名は受けていなかっただろう?
だったら、二人の自著が入っている結婚の誓いがあって、確かにレオンの筆跡だと確認できれば、神殿は受理するし、結婚は成立する」
「ああああああああああ! そうか!
ノアルスイユ、お前天才だな!」
「て、天才!?
こんなの、宮廷庁なら常識中の常識だぞ」
ノアルスイユがふしゅふしゅになったところで、カタリナがやって来た。
ありあわせの借り着だが、今日も元気に縦ロールだ。
すぐに、姉妹に話が伝わる。
「も、もしかして、これで大丈夫ですか!?」
クリスティーヌは、肌身離さず大切に持っていたという、二人の誓いを書き記した紙をノアルスイユに差し出した。
──レオン・フロリアン・オスクは、クリスティーヌ・アスセーナ・オスクを妻とし、永遠の愛を誓う
──クリスティーヌ・アスセーナ・オスクは、レオン・フロリアン・オスクを夫とし、永遠の愛を誓います
シンプルな誓いの言葉が、男爵家の家紋が入った大判の紙に書き込まれ、下に署名と日付、「オスク男爵領ミモザの神殿にて」という文言も入っている。
デルフィーヌが、なる早で結婚の誓いを残しておくよう助言し、紙ももたせたそうだ。
「誓いの言葉OK、署名アリ、日付アリ、誓った場所も書き込まれている……
レオン卿が自身が書いた手紙や契約書などと、署名を照合して一致すればイケます!」
ノアルスイユはテンションを上げた。
「……兄様のお手紙は、みんな燃えてしまったわ」
哀しげに、クリスティーヌは首を横に振る。
「ああ、レオン様の署名なら、神殿にございますよ。
毎年、寄付をいただく時に、奉加帳にご署名いただきましたから」
見舞いにやってきた老神官が、何が問題になっているのか、何度も何度も聞いたあげく、やたら大声で言いだした。
それだ!となって、さっそく神殿に向かった皆は、奉加帳と結婚の誓いの署名を見比べた。
どう見ても、同一人物の筆跡だ。
「ではこれで、レオン様とクリスティーヌ様の結婚の届けを受理させていただきます」
クリスティーヌとクリスティーナが、歓喜の声を上げて抱き合う。
人のよさそうな老神官は、良かった良かったと眼を潤ませながら結婚台帳を開き、レオンとクリスティーヌの誓いを、神殿に伝わる魔法を使って、新しいページに貼り付けた。
「え。昨日の結婚記録はどうなるの?」
カタリナが首を傾げた。
昨日、結婚式に花嫁として出席していたのはクリスティーナだが、あくまでクリスティーヌの代わり。
クリスティーヌとヘクターの結婚の手続きをしたはずだ。
「は? 昨日は姉姫のティーナ様がご結婚されたのでは?」
老神官が首をひねって、ページを一枚戻した。
普通に、クリスティーナが結婚したものだとばかり思っていたようだ。
おそらく、耳が少し遠いのだろう。
というかこの老神官、歯もだいぶ抜けているのか、喋り方がふがふがしていて、ティーナなのかティーヌなのか、わかりにくい。
同じく結婚台帳に貼り付けられた、王家の結婚許可証に書かれた花嫁の署名、最後の文字は、わざと潰し気味に書かれていた。
クリスティーヌ (Christine)ともクリスティーナ (Christina)ともとれるように。
ま、でもよく見れば、クリスティーナだ。
「……私。ちょっぴり、ずるをしたんです。
本当は、ティーヌの名前を書かなければいけなかったんですが……どうしても、書けなくて」
頬を染めたクリスティーナは、ヘクターをちらっと見上げた。
傍で見ていても、膝から崩れ落ちそうになるほど愛らしい仕草だった。
「……ティーナ!」
ヘクターが、こらえきれずにクリスティーナをぎゅっと抱きしめる。
署名は男性が先だから、気がついていなかったのだろう。
二人は、本来の跡取りであるレオンの子に男爵家を継がせるためにはやむをえないと、婚約者の差し替えを飲んだ。
しかし、ヘクターを愛し、妻となる日を夢見ていたクリスティーナは、土壇場で自分の名を書いていたのだ。
サン・フォン「ところでノアルスイユ。ここだけの話、レディ・カタリナの行動は、刑法に引っかかるのか?」
ノアルスイユ「んんん……男爵による傷害行為への正当防衛という判断もありえるんじゃないですかね」(眼鏡くいー)
カタリナ「やったー! やっぱりノーカンですわ! 正義は勝つ!!」
ノアルスイユ「ただし、男爵が亡くなったのは、アドバンのトラップによる転倒からの脳出血でなければ、鎮静剤の副作用が引き起こした心停止が濃厚ではないかと。ま、諸々重なったあげくの自然死の線もありますが」(眼鏡きらーん)
カタリナ・アドバン「「どっちにしても、わりとうちらのせい!?」」
男爵家一同「なんでや……うちら、せっかく根性キメてケリをつけようとしたのに……なんでたまたま来ただけの破天荒主従にもってかれるんや……」
破天荒だからさ……とか言いつつ、次話で大団円です!




