表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/28

23.氷の槍(グラーツィア・ランソ)!

「伏せて! 奥の壁をぶち抜くわ!」


 カタリナはアドバンの前に出ると、両手を突き出した。

 ドン! ドン! と、サン・フォンの背丈を優に超える、巨大な円形の魔法陣が、炎に向かって現れる。

 右に青、左に緑、つまり水属性と風属性の魔法陣だ。


グラーツィア・ランソ!」


 きらめく2色の魔法陣は互いに吸い寄せられるように中心で重なり、回転しながらぎゅっと縮む。

 書斎の奥に取り残された四人は、慌てて隅に身を伏せ、結界を張った。


「行け!」


 その魔法陣がぱっと元に戻った瞬間、大人が抱えられるくらいの太さの、長さ2mを超える氷が一気に7本、射出される。

 7本の氷は、書斎の中央で燃え盛る炎を貫き、轟音と共に奥の壁にぶつかり、砕け散って消える。

 一撃で柱時計と板壁がほぼ吹き飛び、石の壁が現れた。


 サン・フォンは眼を剥いた。


 本来、「氷の槍」は、名前の通り槍状、つまり人が握れる太さの氷を1本射出して、対象を貫く攻撃魔法。

 これじゃ「氷の槍」じゃなくて「氷の丸太」だ。

 しかも、この氷、強度を相当上げている。


 畳みかけるように二度、三度と氷の丸太が打ち込まれると、剥き出しになった石壁の継ぎ目がきしみはじめた。

 四度目、まるで破城槌を喰らったかのように、いくつかの石が一塊になって外へ吹き飛ぶ。

 五度目、六度目で、石壁がどさどさと崩れ、軽く屈めば人が通れるほどの穴が空いた。


 外から吹き込む風に煽られて、炎が大きくこちらに傾く。

 その隙に、奥の四人は助け合いながら、穴の向こうへ転がり出た。

 アドバンとゼルダはカタリナの前に分厚い防御結界を張りながら、サン・フォンはイアンの首根っこを掴んで、扉側の五人も廊下へと退避する。


 塔の内部は、ごうごうと燃え盛り、もはや巨大な溶鉱炉。

 慌てて分厚い扉を閉めるが、石壁は内側から赤く染まり、熱を帯びた空気が壁越しにちりちりと迫ってくる。

 扉が破られ、炎が噴き出してくるのは時間の問題だ。


「まずいわ、屋敷に延焼するかも。

 ヨーゼフ。下働きや馬を逃がして。

 うちの供回りも忘れないで頂戴」


 カタリナは、呆然としている老執事を叱咤した。

 はっと気を取り直したヨーゼフがマルタンとオーバンに指示し、彼らは手分けをして散っていく。


「お嬢様も、外へ。

 歩いて三、四分くらいのところに執事用のコテージがあります。

 今は使っていない様子でしたが、屋敷の様子を見つつ、そこで一度休みましょう」


 アドバンがカタリナに提案する。


「そうね。あっちの四人も連れていきましょう」


 さすがに魔力をかなり消費したのか、顔色が青白いカタリナは頷いた。




 無事、サン・フォン達はオスク姉妹とデルフィーヌ、ヘクターと合流した。

 ヘクターがクリスティーナを支え、クリスティーヌにはデルフィーヌとイアンが両側からつく。

 イアンは自分のガウンを脱いで、クリスティーヌをくるんでやった。

 サン・フォンが肘を差し出すと、カタリナはゆらりと掴まる。


「……さっきの『氷の槍』、普段からああいう風に練習してるんですか?」


「……まさか。あんなの、魔力の効率が悪すぎるじゃない。

 すぐ撃てる魔法で、火を消すか脱出路を作るか……って考えたら、あれしかなかったのよ」


 カタリナは、気だるそうに答えた。


 サン・フォンは、二の句が告げなかった。

 わりとぶっつけ本番で、石の壁を氷で砕いたのか。

 カタリナらしいといえばカタリナらしいが。


 そこで会話は途切れ、雨上がりでぬかるんでいる芝生を、コテージに向かって黙々と向かった。


 不意に、ドーンと大きな音と地揺れがして、皆振り返る。


「ああ……塔が。

 オスクの塔が燃え落ちていく……」


 熱に耐えきれなくなって、屋上が抜けたのだ。


 塔のてっぺんから、炎と煙が吹き出している。

 左右の棟の屋根を鱗のように覆うスレートがめくれあがり、屋根裏を支える柱が見えはじめた。

 もはや、屋敷の全焼は時間の問題だ。

 幸い、さっきまで雨が降っていたおかげで、離れた建物に燃え移るほど火の粉は飛んでいない。


 クリスティーナとヘクターは手をつなぎ、二人は炎が広がっていく屋敷を見つめていた。

 他の者は無言で、その後ろ姿を見守る。


「あら? ゼルダは?」


 二人から少し離れたところで、カタリナは周囲を見回した。

 そういえば、カタリナの侍女のゼルダがいない。


「あ!?」


 不意に、カタリナが使っていた部屋の窓が開いたかと思うと、大きなボストンバッグが外に投げ出された。

 その後を追うように、ぽーんとゼルダが飛び出してくる。

 見ているこちらが声を上げる間もなく、宙で身体を丸め、くるくるっと前転しながら見事な五点着地を決める。

 バッグを拾い上げると、ゼルダはこちらに向かって走ってきた。


「お嬢様。くまちゃん様をお連れしました」


 ゼルダは、くたりとした熊のぬいぐるみをカタリナに差し出す。

 炎の勢いからして、塔だけでは収まらないとみて、いち早く主の貴重品を取りに行っていたらしい。


 カタリナは、口をぽかんと開けた。


「わたくしのくまちゃん!!

 ゼルダ、ありがとう! さすがだわ!」


 カタリナは喜びの声を上げ、ぬいぐるみを受け取ると、愛おしげにそっと抱きしめた。

 誇らしげに胸を張るゼルダを、アドバンがじとっと横目で睨んでいる。


「くま……ちゃん?」


 サン・フォンは、思いっきり首を傾げた。

 なにか、ありえない言葉を聞いたような気がする。


「なによ文句あるの?」


 カタリナはぎゅっとくまちゃんを抱きしめると、サン・フォンの視線を避けるようにぷいと横を向いた。


「なんだよなんだよ公爵令嬢サマ。

 ギャップ萌え狙いなのか、それは!?」


「うるさいわね! 姉様が作ってくださった、大事なくまちゃんなのよ!」


 ぎゃーぎゃー言い合うイアンとカタリナを、サン・フォンは無の表情で眺めるしかなかった。


 もしかして、カタリナは今もくまちゃんをだっこして眠っているのだろうか。

 めちゃくちゃ気になるが、うっかり聞いたらギタギタにされる予感しかしない。


 そんなことをしているうちにも、炎は左右の棟に広がり、玄関ホールのあたりが燃え始めた。

 垂れ込めた雲が、不気味に赤黒く輝いている。

 さっき、サン・フォンが眺めた歴代男爵夫妻の肖像画も、甲冑も、みんな燃えているのだろう。

 一階も二階も屋根裏も、窓はオレンジ色に輝いている。

 左右の棟を貫く廊下から、火が回り始めているようだ。


 皆、避難できたのだろうか。


カタリナ「そういえば、読者の皆様の世界には、『丸太最強説』という考え方があるそうですわね」(にっこり)

サン・フォン「だからって、こんなめちゃくちゃな魔法……」

カタリナ「ジュスティーヌ妃殿下の『フューサレイド(軌道コントロール可能な超高速ファイアボールを同時に8発射出)』に比べたら、全然普通よ!」


そんなさらにめちゃくちゃ魔法が出てくる『公爵令嬢カタリナの婚活』もよろしくお願いします!(下記リンク参照)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
落馬事故ではなく、酔っ払って逃げ遅れて……でおさまりそうですね。 何もかも燃えてしまったから、証拠らしい証拠は残ってないし。表向きはそれで大丈夫。 崖の上で真犯人を指摘し、感慨深げに風に吹かれるカタリ…
くまちゃん(笑) ギャップ萌え(笑)
「ギャップ萌え狙い」は本当にないわー、この男だけはないわーと思わせる台詞ですな。ひとの大事なものおとしめるとか効率良くヘイト高めるキャラですね。 カタリナ様の咄嗟の魔法、さすが!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ