23.氷の槍(グラーツィア・ランソ)!
「伏せて! 奥の壁をぶち抜くわ!」
カタリナはアドバンの前に出ると、両手を突き出した。
ドン! ドン! と、サン・フォンの背丈を優に超える、巨大な円形の魔法陣が、炎に向かって現れる。
右に青、左に緑、つまり水属性と風属性の魔法陣だ。
「氷の槍!」
きらめく2色の魔法陣は互いに吸い寄せられるように中心で重なり、回転しながらぎゅっと縮む。
書斎の奥に取り残された四人は、慌てて隅に身を伏せ、結界を張った。
「行け!」
その魔法陣がぱっと元に戻った瞬間、大人が抱えられるくらいの太さの、長さ2mを超える氷が一気に7本、射出される。
7本の氷は、書斎の中央で燃え盛る炎を貫き、轟音と共に奥の壁にぶつかり、砕け散って消える。
一撃で柱時計と板壁がほぼ吹き飛び、石の壁が現れた。
サン・フォンは眼を剥いた。
本来、「氷の槍」は、名前の通り槍状、つまり人が握れる太さの氷を1本射出して、対象を貫く攻撃魔法。
これじゃ「氷の槍」じゃなくて「氷の丸太」だ。
しかも、この氷、強度を相当上げている。
畳みかけるように二度、三度と氷の丸太が打ち込まれると、剥き出しになった石壁の継ぎ目がきしみはじめた。
四度目、まるで破城槌を喰らったかのように、いくつかの石が一塊になって外へ吹き飛ぶ。
五度目、六度目で、石壁がどさどさと崩れ、軽く屈めば人が通れるほどの穴が空いた。
外から吹き込む風に煽られて、炎が大きくこちらに傾く。
その隙に、奥の四人は助け合いながら、穴の向こうへ転がり出た。
アドバンとゼルダはカタリナの前に分厚い防御結界を張りながら、サン・フォンはイアンの首根っこを掴んで、扉側の五人も廊下へと退避する。
塔の内部は、ごうごうと燃え盛り、もはや巨大な溶鉱炉。
慌てて分厚い扉を閉めるが、石壁は内側から赤く染まり、熱を帯びた空気が壁越しにちりちりと迫ってくる。
扉が破られ、炎が噴き出してくるのは時間の問題だ。
「まずいわ、屋敷に延焼するかも。
ヨーゼフ。下働きや馬を逃がして。
うちの供回りも忘れないで頂戴」
カタリナは、呆然としている老執事を叱咤した。
はっと気を取り直したヨーゼフがマルタンとオーバンに指示し、彼らは手分けをして散っていく。
「お嬢様も、外へ。
歩いて三、四分くらいのところに執事用のコテージがあります。
今は使っていない様子でしたが、屋敷の様子を見つつ、そこで一度休みましょう」
アドバンがカタリナに提案する。
「そうね。あっちの四人も連れていきましょう」
さすがに魔力をかなり消費したのか、顔色が青白いカタリナは頷いた。
無事、サン・フォン達はオスク姉妹とデルフィーヌ、ヘクターと合流した。
ヘクターがクリスティーナを支え、クリスティーヌにはデルフィーヌとイアンが両側からつく。
イアンは自分のガウンを脱いで、クリスティーヌをくるんでやった。
サン・フォンが肘を差し出すと、カタリナはゆらりと掴まる。
「……さっきの『氷の槍』、普段からああいう風に練習してるんですか?」
「……まさか。あんなの、魔力の効率が悪すぎるじゃない。
すぐ撃てる魔法で、火を消すか脱出路を作るか……って考えたら、あれしかなかったのよ」
カタリナは、気だるそうに答えた。
サン・フォンは、二の句が告げなかった。
わりとぶっつけ本番で、石の壁を氷で砕いたのか。
カタリナらしいといえばカタリナらしいが。
そこで会話は途切れ、雨上がりでぬかるんでいる芝生を、コテージに向かって黙々と向かった。
不意に、ドーンと大きな音と地揺れがして、皆振り返る。
「ああ……塔が。
オスクの塔が燃え落ちていく……」
熱に耐えきれなくなって、屋上が抜けたのだ。
塔のてっぺんから、炎と煙が吹き出している。
左右の棟の屋根を鱗のように覆うスレートがめくれあがり、屋根裏を支える柱が見えはじめた。
もはや、屋敷の全焼は時間の問題だ。
幸い、さっきまで雨が降っていたおかげで、離れた建物に燃え移るほど火の粉は飛んでいない。
クリスティーナとヘクターは手をつなぎ、二人は炎が広がっていく屋敷を見つめていた。
他の者は無言で、その後ろ姿を見守る。
「あら? ゼルダは?」
二人から少し離れたところで、カタリナは周囲を見回した。
そういえば、カタリナの侍女のゼルダがいない。
「あ!?」
不意に、カタリナが使っていた部屋の窓が開いたかと思うと、大きなボストンバッグが外に投げ出された。
その後を追うように、ぽーんとゼルダが飛び出してくる。
見ているこちらが声を上げる間もなく、宙で身体を丸め、くるくるっと前転しながら見事な五点着地を決める。
バッグを拾い上げると、ゼルダはこちらに向かって走ってきた。
「お嬢様。くまちゃん様をお連れしました」
ゼルダは、くたりとした熊のぬいぐるみをカタリナに差し出す。
炎の勢いからして、塔だけでは収まらないとみて、いち早く主の貴重品を取りに行っていたらしい。
カタリナは、口をぽかんと開けた。
「わたくしのくまちゃん!!
ゼルダ、ありがとう! さすがだわ!」
カタリナは喜びの声を上げ、ぬいぐるみを受け取ると、愛おしげにそっと抱きしめた。
誇らしげに胸を張るゼルダを、アドバンがじとっと横目で睨んでいる。
「くま……ちゃん?」
サン・フォンは、思いっきり首を傾げた。
なにか、ありえない言葉を聞いたような気がする。
「なによ文句あるの?」
カタリナはぎゅっとくまちゃんを抱きしめると、サン・フォンの視線を避けるようにぷいと横を向いた。
「なんだよなんだよ公爵令嬢サマ。
ギャップ萌え狙いなのか、それは!?」
「うるさいわね! 姉様が作ってくださった、大事なくまちゃんなのよ!」
ぎゃーぎゃー言い合うイアンとカタリナを、サン・フォンは無の表情で眺めるしかなかった。
もしかして、カタリナは今もくまちゃんをだっこして眠っているのだろうか。
めちゃくちゃ気になるが、うっかり聞いたらギタギタにされる予感しかしない。
そんなことをしているうちにも、炎は左右の棟に広がり、玄関ホールのあたりが燃え始めた。
垂れ込めた雲が、不気味に赤黒く輝いている。
さっき、サン・フォンが眺めた歴代男爵夫妻の肖像画も、甲冑も、みんな燃えているのだろう。
一階も二階も屋根裏も、窓はオレンジ色に輝いている。
左右の棟を貫く廊下から、火が回り始めているようだ。
皆、避難できたのだろうか。
カタリナ「そういえば、読者の皆様の世界には、『丸太最強説』という考え方があるそうですわね」(にっこり)
サン・フォン「だからって、こんなめちゃくちゃな魔法……」
カタリナ「ジュスティーヌ妃殿下の『フューサレイド(軌道コントロール可能な超高速ファイアボールを同時に8発射出)』に比べたら、全然普通よ!」
そんなさらにめちゃくちゃ魔法が出てくる『公爵令嬢カタリナの婚活』もよろしくお願いします!(下記リンク参照)




