22.これ、なんとかならないの?
「致死量をはるかに超える量の毒物を、殺すつもりで盛っているじゃないですか。
そこでもう、殺人未遂が成立するんですよ。
男爵が吐き出したのは、たまたまなんで」
「そんな……どうしよう、ティーナ」
クリスティーヌが泣き顔になる。
平民が貴族を殺せば、火あぶり。
殺人未遂であっても、絞首刑だ。
ヨーゼフとデルフィーヌの場合、情状酌量が認められる可能性も十分あるが、認められたとしても長期刑は避けられない。
重犯罪者が収監される過酷な環境では、二人とも長くは生きられないだろう。
いきなり、サン・フォンの腰のあたりに、ヨーゼフが取りすがってきた。
「ヴァランタン卿、お願いです。
砒素も鉛も青酸カリも撲殺も絞殺も、すべて私がやったことにしてください!
そもそも、私が旦那様を止められなかったのがいけなかったんです!」
いやそんなこと言われても、とサン・フォンはのけぞった。
は?と声を上げて、デルフィーヌが立ち上がる。
「ヨーゼフさん。私はこの豚野郎をずっとずっと殺したかったんです!
その思いを、勝手に奪わないでくださる!?」
壁にもたれていたオーバンも、身を起こした。
「無理ですよ。ヨーゼフさん。
あなた、俺が使った砒素、屋敷のどこに隠してあるか、わからないでしょ」
「そ、それは厨房か、お前の部屋か……」
ヨーゼフが、おろおろと視線を泳がせる。
オーバンは、にやりと笑った。
「違うんですよ。
そんなんじゃ、犯人と認めてもらえないですよ。
俺、どこに隠しているのか、絶対言わないんで」
ヨーゼフは、泣き崩れてしまった。
困り果てた顔でマルタンが膝を突き、ヨーゼフを慰めている。
不意に、サン・フォンはカタリナに耳を引っ張られ、書斎の隅に連れて行かれた。
扇を大きく広げ、その影でカタリナが囁いてくる。
「サン・フォン。これ、なんとかならないの?
わたくし、厭よ。
あのおじいちゃん執事が吊られたり、気の毒な家庭教師が法廷で酷い目に遭うだなんて。
男爵は、心臓発作かなにかで死にました、でいいじゃない。
実際、心臓が停まって死んだのは事実なんだから」
「そんなこと言われても……
俺は国に忠誠を誓った騎士で、今は憲兵なんですよ。
王の耳である俺が認知してて、男爵の遺体っていう物的証拠がある以上、もみ消しは無理です」
サン・フォンだって、なかったことにしたい。
さっさと寝床に入って、ぐーすか眠りたい。
だが、それは騎士の誓いに反する行為なのだ。
「ていうか、ヘクター卿サマよぉ。
男爵家がめちゃくちゃなのは、アンタだって知ってただろ。
ティーナお嬢様やティーヌお嬢様だって、根性キメてんのに、アンタなにやってたんだ?」
イアンが、男爵家の関係者でただ一人、このごたごたに関与していないヘクターにうざ絡みし始めた。
「わ、私か? 私は……」
ヘクターの視線が泳ぎ、はっと息を引く。
「し、しまった!」
なんぞ?とサン・フォンが首を傾げた瞬間、ボーンと柱時計が鐘を打ち始めた。
12時だ。
柱時計の、文字盤の下にある扉が手前に開き、妖精を模した可愛らしい人形がとことこ出てくる。
ボーン、ボーン、ボーンと、静まり返った部屋に鐘の音が響く中、人形はぎこちない動きで頭を巡らせはじめた。
ぱかっと口が開き、細い赤い光が照射される。
なにかを探すように光はくるくると動き、その光点がオスク男爵の遺体の頭部で止まった。
まるで狙いを定めたかのようだ。
人形は、両手をぴょいっと突き出した。
「あぁあぁあぁああ!!」
ヘクターは飛び出すと、柱時計に向かって、必死に両手を大きく振った。
まるで、走ってくる馬車を止めようとしているような動きだが──
ぱっと炎色の魔法陣が、中空に現れた。
火魔法メインの複合魔法なのは、わかる。
だが、術式は見たことがないもので、サン・フォンには咄嗟に読みきれない。
「焼き払え!」
人形は甲高い声を上げ、部屋の中心、つまり男爵の遺体を囲むように、青白い炎の柱がごうっと上がった。
人形は、みずから炎の柱にぽーんと飛び込んで、あっという間に燃え尽きる。
「お嬢様!」
机の傍にいたアドバンが飛び退いて、カタリナをかばいながら後ろへ下がらせた。
ヘクターは、クリスティーナ達がいる奥のソファへ駆け寄り、炎の柱に向かって防御結界を張る。
炎の向こうで、執務机と男爵の遺体は、あっという間に黒い影にしか見えなくなった。
「早く外へ!」
だが、床から、ごうっと音を立てて、新たな炎が溢れ出た。
防御結界がぱりんと割れ、出口へ向かって逃げようとしていた姉妹とデルフィーヌ、ヘクターが慌てて飛び退くほどの勢い。
おおおお嬢様!とおろつくヨーゼフを引きずって、オーバンとマルタンが廊下へ出る。
「なんなんだよこの炎!」
イアンが片手を突き出し、短い詠唱と共に青い魔法陣を展開した。
「水はダメ!!」
クリスティーナが叫ぶが、間に合わない。
魔法陣から放たれた大量の水がぶっかけられると、一瞬炎の勢いは小さくなったが、すぐにぶわっと膨れ上がった。
サン・フォンとアドバン、ゼルダは、とにかく姉妹達の退路を確保しようと防御結界を張りまくる。
向こうからも張りまくっているが、炎の勢いに耐えられず、ぱりんぱりんと割れるだけで全然もたない。
火はあっという間に本棚に燃え移り、古い魔導書にはめ込まれた魔石が弾け始めた。
本棚の上の壁を覆う、タピストリーにも火が移る。
「アドバン! 土魔法!」
カタリナが声を上げた。
「私の魔力量では、この炎を消すのは無理です!」
アドバンが叫び返す。
チッと、カタリナは舌打ちをした。
 




