16.料理人の気概
「お、俺はオーバンと言います。
普段は領都のお屋敷に。
こっちは、ちゃんとした料理ができる者があまりいないので、披露宴の料理を作りに来ました」
主人一家はとにかく、客人と料理人が直接会話することはほぼない。
挙動不審に、オーバンは答えた。
「そう。披露宴で出してくれた、詰め物をしたうずら、美味しかったわ。
しっかり手間をかけていたわね。
料理人の気概を感じたわ」
確かに、あのうずらは旨かった。
まずは、鳥のレバーやベーコン、香味野菜を刻んで炒め、かりっとソテーしたフォアグラを小さく刻む。
ひき肉や生クリーム、酒に漬けておいたドライフルーツと合わせて練ったものを、壺抜きしたうずらに詰めて、オーブンで焼いたものだ。
うずらの皮は香ばしく、詰め物の旨味は濃厚。
サン・フォンは、夢中で三羽分食べてしまったが、よく考えたらめちゃくちゃ手間のかかる料理だ。
「あ、ありがとうございます」
慌てて、オーバンは平身低頭した。
「ま。あなたも、男爵に砒素を盛りやすい立場ではあるけれど」
さらっと言うと、カタリナは今度は従僕のマルタンをじっと見つめる。
「そして、鉛。
鉛中毒といえば、鉛白よね。
たまに、古い屋敷の物置なんかから昔の鉛白が出てきて、処分に困ることがあるそうだけれど」
かつて、白粉には鉛が混ぜられていた。
顔色を白くしやすいことから好まれたのだが、皮膚吸収されにくいとはいえ、鉛が有毒であることが次第に知られるようになり、数十年前にこの国でも使用が禁止されている。
サン・フォンは、男爵が、やたらタルカムパウダーをはたいて、顔色を白っぽくしていたのを思い出した。
青黒くむくんだ顔色を隠したいのだろうが、さらに病的に見えてしまっていると思ったのだが──
「さ、左様でございますか」
マルタンは、冷や汗をだらだらかいている。
従僕は、主人の身の回りの世話をする。
タルカムパウダーに鉛白を混ぜたり、まるごとすり替えていたとしたら、従僕がまず疑われるところだ。
従僕が詰められているのを、イアンはにやにやと見上げている。
「他人事だと思ってるようだけど、あなただって、どちらも盛ろうと思えば盛れたじゃない」
そんなイアンに、返す刀でカタリナは釘を刺した。
イアンは、「ハァ? おっさんに鎮静剤盛って殺しちまった公爵令嬢サマがなに言ってやがる!」とわめき、すっと近寄ったゼルダに黙らされた。
ゼルダがなにをしたのか、サン・フォンの位置からは見えなかったが。
そんなことをしている間にも、ヘクターとアドバンはさっきのよりだいぶ簡略化された魔法陣を展開し、「砒素はないな」「鉛も出ませんね」「アコニチンは違うようだな」などと言っている。
毒物を決め打ちし、サンプルに含まれているかどうかを確認しているようだ。
「お。でました! 昇汞です!
男爵の口の中のただれは、昇汞によるものです。
グラスに残ったウイスキーにも、瓶の方にも大量の昇汞が混入されています。
おそらく、瓶に投入したのでしょう」
アドバンのテンションが無駄に高い。
「チョコレートのガナッシュに、青酸カリが含まれている。
この館にいる者を、全員殺せる量だ」
ヘクターも、上気した顔で頷いた。
「チョコに青酸カリ!?」と姉妹が驚いて顔を見合わせる。
「は? ちょ、ちょっと待って。
毒は四種類もあったってこと!?
砒素と鉛、昇汞に青酸カリってどういうことよ!」
カタリナが叫ぶ。
いくらなんでも多すぎだ。
砒素と鉛は、少量。
身体は蝕まれていたが、すぐに死ぬような量ではないらしい。
一方、昇汞と青酸カリは、はっきり殺害を狙っている。
同じ犯人が、念の為複数の毒を盛ったということなのか?
ヨーゼフが、半歩前に進み出た。
「……ウイスキーに昇汞を混ぜたのは……私です」
青ざめた顔で、老執事はぼそりと告白した。
「ヨーゼフ、あなたはうちの一番の忠臣じゃない!
あんな父によく仕えて、お兄様のことも支えてくれていたのに!?」
クリスティーナが、驚いて声を上げる。
ヨーゼフは、疲れ果てたような笑みを浮かべた。
「お嬢様。過分のお言葉、痛み入ります。
ですが、オスク男爵家は、先代、当代の放漫が祟り、あと数年しか持ちません。
できる限り早く代替わりをするしか、生き延びるすべはないのです」
ああ、とサン・フォンは声を漏らした。
王都から領都、そして領都からこの屋敷、とにかく道が悪くて難渋したのだ。
道の整備ができていないということは、物流にも影響が出てくるだろう。
さっき、クリスティーヌは、レオンと駆け落ちしたのに川の増水のせいで追いつかれたと言っていた。
治水も、後手後手になっているのではないか。
「今日、先のオスク男爵ルイジ閣下は、ヘクター卿を養嗣子とする書類に署名されました。
ようやく、オスク男爵家は確かな後継を得たのです。
レオン様が厚くご信頼されていたヘクター卿ならば、必ずやオスク男爵家を再興してくださるはず」
老執事はひざまずき、ヘクターに臣下の礼をとった。
「新たなるオスク男爵ヘクター閣下。
老いた私は、汚名とともに御暇せねばなりませんが、どうかどうか幾久しく男爵家とお嬢様方をお守りください」
深々と、ヨーゼフは頭を垂れた。




