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14.後に残るのは焼け野原

「え!? ち、父がカタリナ様に!?」


 クリスティーナが真っ青になる。


 国一番の金満貴族であるサン・ラザール公爵家は、敵対行為をとった家に容赦しないことで有名だ。

 古代から幻覚剤として用いられてきたヒヨスから精製された鎮静剤は、服用すると意識が曖昧になるだけでなく、記憶が飛ぶ副作用もあるため、性犯罪で用いられることがままある。

 カタリナにそんな薬を盛ろうとしたとなると、男爵は彼女の純潔を奪うつもりだったとしか思えない。

 実際には飲まなかったにせよ、サン・ラザール公爵家は、オスク男爵家を全力で叩きのめしにくるだろう。

 サン・ラザールが本気を出したら、後に残るのは焼け野原だけだ。


 執事のヨーゼフが危うく卒倒しそうになり、慌てて従僕のマルタンが支えた。


 皆の注目を浴びながら、カタリナは扇をぱっと開いて、優雅に口元を隠す。


「ヴァランタン卿ったら、内緒って言ったじゃないの。

 大丈夫。わたくしの代わりに、おじ様が飲んでくださったようだから、ノーカンよ?」


 ふふふふふと、カタリナは黒い笑みを浮かべてみせる。


「あ? い、いやちょっと待て!

 おっさんは、心臓が弱ってたんだ。

 ヘンな薬を飲んで、心臓がやられたんじゃないか?」


 縛られたままのイアンがわめいた。

 アドバンが頷く。


「確かに、この化合物、副作用の一つとして、心拍亢進が報告されています。

 特にアルコールと一緒に摂取すると、ほぼほぼ出ると」


「と、いうことは……?」


 サン・フォンは首を傾げた。


「公爵令嬢サマが、おっさん殺したってことじゃねえか!」


 イアンが、鬼の首でもとったかのように叫んだ。


「はぁああああ!?」


 指弾されたカタリナが、さすがにのけぞる。


「ちょ、ちょっと待ってよ!

 確かに、グラスをすり替えたけれど、それは念の為だし!

 もし本当に薬が盛られていたとしても、そんなことで男爵が死ぬだなんて思ってなかったのよ?

 それでも殺したってことになるの!?」


「あー……? ど、どうなんだろう……」


 カタリナに詰め寄られたサン・フォンは、視線を泳がせた。

 研修で刑法はそれなりに学んだが、そんな判例、見たことがない。


「お嬢様は、渡されたグラスによからぬ薬が入っている可能性が高いことを認識されていた。

 その酒を男爵にわざと飲ませたのですから、殺人はとにかく、傷害罪が適用される余地はなくもないかと」


 アドバンが、不穏なことを淡々と言い出した。


「ええええええ!? そんなの、納得できないわ!

 わたくしに変なモノを飲ませようとした男爵が、圧倒的に悪いじゃない!!

 露骨に怪しいグラスをすり替えたからって、どうして罪になるのよ!」


 キーっとキレ散らかすカタリナを、侍女のゼルダが「お嬢様、どうどうどう」と雑になだめる。


 やれやれ、とサン・フォンは男爵の遺体を改めて見下ろした。

 カタリナに鎮静剤を飲ませていたら、その時点で傷害罪が成立していたはず。

 憲兵隊所属の自分の鼻先で、よくも不埒な行為に出たものだ。


 おまけに、カタリナの寝室はサン・フォンの部屋からそこまで離れていない。

 アドバンとゼルダが従者用の部屋に下がった後に、カタリナの部屋へ忍んでくるつもりだったのだろうが、廊下で自分に出くわしたらどうするつもりだったのだろう。

 実際には、自分はカタリナの部屋に招かれていたわけだが──


「んあ? 俺を部屋に呼んだのは、男爵を罠にかけるつもりだったんですか!?」


 今頃気づいたサン・フォンは、カタリナを睨んだ。


「そうよ。男爵が隠し通路から現れたところで、憲兵のあなたが取り押さえる。

 文句なしの現行犯なんだし、あれこれ加算して王家の秘密裁判で強制蟄居にできたらいい感じじゃない?」


「「え!? 隠し通路!?」」


 クリスティーナとクリスティーヌが、驚いて声を上げた。


「この塔、二階部分は、わたくしの部屋と接しているもの。

 部屋を移るように言われた時に、ピンときたわ。

 本棚の裏、わたくしが使っている部屋につながっているのよね?」


 カタリナは、アドバンに確認する。


「左様でございます。

 お嬢様が移られた続き部屋を確認したところ、塔側にある居室のクローゼットの奥が隠し戸になっておりました。

 開けてみると、ごく狭い、ほとんどはしごのような階段があり、この書斎とつながっているようでして。

 本来は、館が急襲を受けた時、守りの堅い塔に退避するためのものではないかと思われます」


 しれっとアドバンは説明する。


 サン・フォンは、さすがにキレた。

 カタリナもカタリナだが、アドバンもアドバンだ。


「アドバン! 主家の令嬢を危険に晒したらダメだろう!?

 どうして、すぐに子爵家に移るなりしなかったんだ!

 うやむやにしたくなかったのなら、俺から男爵に抗議することだってできたのに!」


「お嬢様が素直に移ってくださるようなご令嬢でしたら、そういたしました。

 それに、階段にはトラップを仕掛けておりましたので。

 男爵が引っかかって、ゴロゴロっと転げ落ちたところで適宜捕縛すればよろしいかと」


 しれしれっとアドバンは答える。


「え? トラップ?? わたくし聞いてないわよ?」


 今度はカタリナが声を上げる。


 もうやだこの主従。

 サン・フォンは頭を抱えた。


サン・フォン「『破天荒主従に巻き込まれて、サン・フォン可愛そう…』と思ってくださった方、ぜひ泣き顔のいいねをお願いします…」(げっそり)

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― 新着の感想 ―
殺人(?)事件の現場なのに、何だかわいわい言いたいことを言い合って、謎の盛り上がりを見せていますね。 ノアルスイユは、のちのち事件の顛末を知らされて、「遅れて良かったなあ!」と思うことでしょう。本当に…
あ、カタリナに盛ってやろうってことだったのか! こんなヤバそうなもの人のグラスに盛るなんて~(;´Д`) そのせいでカタリナが間接的に殺したことにされてるし……
アドバン、なかなかの曲者だなあ。 でも、だからこそカタリナの従者できるんだろうけど。 グラスを入れ替えただけで「なくはない」とか、アドバンもたまにはカタリナをぎゃふんと言わせたい鬱憤溜まってるのね笑…
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