佐藤大輝、後悔から学ぶ
俺は5日ぶりに出勤していた
こんな時にダンボールを折りたたんでいて大丈夫か?とも思うが現実問題、腹は減るし金は要る
それにいつどこで悪魔が現れるか解らない以上、危険なのはどこも同じだ
嗅ぎ慣れた工場の淀んだ空気と、繰り返しの単純作業に日常の残り香を感じて少し癒されるが、それ以上にあの平和な毎日はもう帰ってこないんだと思い、無味無臭に感じていた日々にも幸せはあったんだなと改めて実感する
自衛隊員め、あの時に記憶をしっかり消してくれていればこんな事を考えずに済んだのに
「佐藤くん、病み上がりだろ?早めに休憩いっちゃっていいよ」
「うっす、お気遣いありがとうございます」
そう答えると先輩の田中さんが少し驚いた様に俺を見る
「あれ?どうかしましたか?」
「いや佐藤くんが「うっす」以外を口にするのが珍しくてね、やっぱりまだ具合悪いんじゃないかい?」
「田中さんだって「かわるから休憩いっちゃって」としか言ったことないじゃないですか、何ですか?具合悪いんですか?俺まだまだやれますよ」
「ふふ、冗談だよ。でも本当に無理はしないこと、これは先輩命令だ」
「うっす…」
「ほら、また言った」
「口癖ですよ、休憩いってきます」
失った日常はもう戻らない
ギャル店員とはもう会えないし、悪魔なんて化物がいる以上、今の生活だっていつ壊れるか解らない
だからもう少し、色んなものを大切にしてみようと思った
後悔のないように
喫煙所には山田がいた
「あっ佐藤さん!お疲れっす。俺、佐藤さんがバックレちゃったのかと思ったっすよ」
「バーカ、お前じゃねーんだからそんな事するかよ」
「ひどっ!でもまた佐藤さんが来てくれてよかったです、ここで働いてる人でマルメン吸ってるの、佐藤さんだけなんで」
「貰いタバコ目あてじゃねーか」
「ホントいうと俺、結構ガチで心配したんすよ?佐藤さんが失踪しちゃったんじゃないかって」
「…あーいや、心配ない、ただの風邪」
「それはそれでちょっと心配ですけど」
「ところで山田」
タバコに火をつけ煙をはく
「何すか?」
「お前好きな人はいるか?いるなら後悔しないようにしろよ、会えなくなってからじゃ遅いからな」
「ぷはっ!佐藤さん失恋でもしたんすか?もしかしてそれがショックで寝込んでだとか?」
「うるせーそんなんじゃねーよ」
「えーほんとすかー?あと俺普通に彼女います」
それを聞くとタバコの火を消し灰皿に投げ入れ、無言で喫煙所を後にした
くそ、山田のくせに…
休日の夜、レンタカーを借りて人里離れた山奥に来ていた
そこそこ有名な心霊スポットで普通の人ならばまず近づかない
といっても、車で登れる範囲であるが
理由は実銃の試し撃ちがしたいから
やはり持っているだけ、というの少し心許ない
いざという時に迷わず引き金を引けるよう、身を守れるよう
実際の銃の反動やらなにやらを確かめておく必要がある
今は幽霊より警察より悪魔が恐い
熊や野生動物が現れたらすぐに車に避難するつもりだ
大きな木が立つ少し開けた場所で車を停め、空き缶を前に置きそこから5メートル程距離をとる
深呼吸をして狙いを定め引き金を引く
バンッという発砲音と共に手が肩に跳ね上げられる
外れた、当然だ人生初の一発目で当たるとは思ってない
音はあの日聞いた銃声よりだいぶ小さく、反動は思ったほどでもない
ほとんどお守り用に手に入れた銃だが、これなら俺でも扱えるかも知れない
嬉しい誤算だった
弾も残り九発しか残っていないので、あまり無駄撃ちはできないが折角車を借りてここまで来たのだ、もう一発くらい撃っておこう
深呼吸をして狙いを定め引き金を引く
カンッという音がして空き缶が転がった
え?当たった?空き缶へと小走りで向かい、拾い上げ確認をする
空き缶は穴を開けて貫通していて、確かに命中していた
お、俺もしかしたら射撃の才能あるかも…
いやいや調子に乗るな…まぐれだ、まぐれに決まっている
いや、でももしかしたら思い、俺は缶を立て直し、もう一度撃とうとすると、近くから悲鳴が聞こえた
女の人の声だ
まずい!銃声を聞かれたか?と一瞬考えたが、だとしたらタイミングがおかしい
2発目を撃ってからそこそこ時間が経っていた
すぐそこで草を掻き分ける音がする
危険だ行ってはいけない、と頭の中は警笛を鳴らすが実銃を持っている事で気が大きくなってしまったのか
愚かにもその音のなる方へ向かってしまった
いた!俺のいる場所より斜面があり少し下、そこに木の葉で服装が乱れた金髪の女の人がいる
時折後ろを振り返り何かから逃げている様子だ
彼女の視線の先を確認する
見間違いようがない、悪魔だ
コンビニで見た時とは姿が違うがあれは悪魔で間違いない
全身が薄茶色の皮膚で毛のない頭部には長く尖った耳のようなものがついている
手足は長く、体から伸びたそれら全てを地面につけて蜘蛛の様にカサカサと走っていた
早く車に乗って逃げよう!と頭の中の自分は怒鳴り叫ぶが足が動かない
お前は何の為に身体を鍛えたんだ?犯罪を犯してまで銃を手にいれたんだ?わざわざ車まで借りて、こんな場所に来たんだ?
人助けをする為か?違うだろ!?
生きるためだろうが!
解ってる、そんなのは解ってる
でも
「きゃっ!」と声をあげ
枝に足を取られ女の人が転ぶ
その姿がいつぞやの自分と重なる
そして何より、その綺麗な髪がコンビニの彼女と重なった
『おにーさん、またタバコですかー?今日2箱目ですよ?健康に悪いですって』
『いいんだよ、俺が死んだって困る人なんていないし』
『えー、でも私は困りますよー、店の売り上げ下がっちゃうし』
『ぷっ、何それ?アルバイトの君には関係ないだろ?』
『おにーさん、いつも唐揚げ弁当ですねー、野菜とかちゃんと食べてますぅ?』
『唐揚げは世界一美味い完全栄養食だから問題ないよ』
『それじゃお肌に悪いですよー』
『俺の肌なんて誰も見てないって』
『私が見てますー、今目の前でー、という訳ではいコレ野菜ジュース、特別に私の奢りでーす』
『ええ!?いいの?』
『でも今度、お返しにエナドリ奢ってくださいねー、2本!』
『そっちのが断然高いじゃん!』
もっと真っ直ぐ人と向き合えていたら
もっと彼女と話ができれば
もっと俺に勇気があれば
もっと素直になれたら
あの日からふとした時に頭の中を巡るたられば
「助けて!」
助けを求める悲鳴が今へと意識を戻す
後悔しない、もう二度と
「誰か助けて!!」
できることをでぎるだけやってみせる
「うおおおおおおおお!」
恐怖の鎖を払い除けるように叫び、悪魔に狙いをつけ続けざまに4発撃つ
全て外れたが悪魔の悍ましい顔がこちらに向く、注意は引いた
「逃げて!今の内に早く!」
女の人は茂みの中に逃げ出した
悪魔はこちらが脅威と判断したのか、それともただ単に狩りの邪魔をされて腹立てたのか、俺の方へと長い手足でドスドス土埃を巻き上げ向かってくる
心を落ち着け、狙い絞り、引き金を引く
「ギィッ!」
当たった、手足の一本に当たった!
悪魔は大きく転げたが、すぐに体制を立て直しこちらに向かってきた
駄目だ浅い、威力が足りない!
悪魔との距離は見る見る内に縮まりグルグルと忙しなく血走らせた目がピッと俺に固定される
まずい、早く逃げないと
背を向けて全速力で車へと急ぐ
間に合った!車へと乗り込むとすぐにエンジンをかける
だが次の瞬間、車の正面に悪魔が跳び乗ってきた
目から血の涙を流し憤怒の形相で手足を振り上げる
ガンッガンと悪魔はフロントガラスを叩きつけ、次第にガラスにヒビが入る
もう保たない!足に力を入れアクセル全力で踏み込む
そして近くに聳え立つ大樹へと思いっ切りハンドルをきった
「くたばれえええ!!!」
「ギピィッ!」
悪魔は大樹と車に挟まれ緑色の血をフロントガラスに撒き散らしながら、なんとか脱出しようと四本の長い手足でじたばたと藻掻く
構わずアクセルを踏み続けエンジンは唸り、排気口から白煙が吹く
そして遂にとうとう悪魔は動かなくなった
やった…やったぞ!
悪魔を倒した!
しかし、この車、どうしようか…
まあいいか、今はもう少し達成感に浸らせてくれ