第一章 クロドと少女 3
ジャンクショップ赤足はダリア西部のスラム街端、富裕層エリアの手前にある古い駐車場にひっそりと建っている。無数に詰まれた地走機の残骸の間、まるでプレハブのように突っ立てある二階建ての建物がそれだ。
クロドはガレージの中に重空機を停車させると、慎重に少女の体を持ち上げた。傷の影響からか彼女に意識は無い。早く手当てをしなければ不味いと思った。
少女を腕に抱いたまま扉一枚で繋がっているリビングへと顔を出す。すぐにそこで夕食をとっていた親方がこちらへ目を向けた。
「よう、クロド。遅かった――」
「親方! この子の手当てをしてくれ。早く!」
帰宅の挨拶もしないままクロドが叫ぶ。こちらの荷物に気がついたのか、親方は浮かべていた笑みを消し去り、鋭い視線を飛ばした。
「何だその子は? まさかお前、ガラクタだけじゃなく人間まで持ち逃げするようになったのか!?」
「アホ言ってないで早くしてくれ。出血が酷いんだ」
親方の冗談を軽く流すと、クロドはテーブルの上のものを片手で吹き飛ばし、少女をその上に寝かせた。先ほど傷口に押し付けたタオルはすでに血で真っ赤に染まっている。
「助かるか?」
クロドが聞くと親方は渋い表情で答えた。
「……傷口を見てみないとなんとも言えないな。まあこの顔色じゃあ、急いだほうがいいのは確かだ。清潔なタオルと熱湯、それに医療道具を持って来い。急げっ」
親方は体を反転させ、両の手を流しに置いてある殺菌液で洗い始めた。小さなポット型の容器から粘質な液体が流れ出る。
クロドも急いで奥へ向かい、緊急用の医療箱を探して室内を走りまわった。
ようやくタンスの下からそれを発見してリビングへ戻ると、ちょうど親方が少女を眺めているところだった。どうやら傷の具合を確かめているらしい。
「何か手伝えることはあるか?」
「素人が入ったって邪魔なだけだ。お前はドアの外で祈ってろ」
マスクを取り出し自分の上着を脱ぎ棄てると、切り捨てるように親方はそう言った。
こういう時の親方の邪魔をしちゃいけないのは、この十年で身をもって理解している。クロドは怒鳴られる前にとさっさとリビングから退散し、扉を閉めた。
少女を発見した場所からここまで約十分。その間彼女はずっと血を垂れ流していたことになる。一応途中で応急手当はしたものの、クロドの腕では大した効果など得られない。
扉一枚隔てた向こうの部屋から聞こえる苦しそうな彼女の声を耳にし、クロドは落ち着かない気分になった。
――大丈夫だよな……?
何の関係もない相手。死んだところで自分に損はない。そうわかってはいたけれど、助けを求める彼女の顔を思い出すと、どうしても胸がざわつく。
結局手術が終わるまで、クロドはそこから動くことが出来なかった。