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ALUDCYCLE―アルド・サイクル―  作者: 砂上 巳水
【SIDE X】旅立ち
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第五章 同胞 5


 地面に頬をすりつけながらクロドの頭に浮かんだのは、魔法という言葉だった。

 鎖自体が衝撃波の爆発を起こす魔鋼で作られていれば、今の現象にも納得がいく。

 血の滴る顔を上げると、再び振り上げられた鎖が見える。それは蛇のようにうねり、大きく先端を宙に伸び上がらせた。

 あれほどの長さがあって、ちょうど俺が切り付けた位置で爆発した? そんなこと、魔法具の調整にしては出来過ぎている。

 どこからどうみてもあの鎖には魔法の位置や方向を調整するためのトリガーも、スイッチも見えない。思い返せば先ほどの手榴弾、爆発したからそう思っただけで、ただの石ころのようにも見えた。ルイナを吹き飛ばしたトラップに関しても、地雷なんてあれば彼女ならきっと気が付いていたはず。あの男の使用した武器にはどれも、普通の魔法具なら絶対に必要な装置が存在していない。

 となれば、考えられる可能性は一つしか無かった。

 手で地面を強く押し出し、男の振り下ろした鎖を回避する。

 クロドは身を横に転がしてその勢いで立ち上がると、忌々し気に小さく舌打ちした。

 クロドの負っていたダメージが意外にも少ないことに違和感を抱いたのだろう。男は不思議そうにこちらを見つめ、ネガ反転が消えかけた剣の上でその視線を留めた。

「……何だ。お仲間かよ。てめえ」

 向こうも気が付いたらしい。目の前にいる相手が自分と同じ重量者であることに。

 ――くそ、よりによってこんな場所で……重量者との戦いなんて、ほとんど経験がないぞ……。

 重量者と魔法具使いの違いは、その魔法発動を任意のタイミング、場所で発生させることができるという点だけだ。しかしそのたった一点が、こと戦闘においては大きな差を生み出す。武器の機能としてしか魔法を発動できない魔法具使いとは違い、重量者は自らの感覚、肉体を持って己の好きなようにその現象を発生させられる。先ほどクロドの攻撃に合わせて男が爆発の位置を変えたように。

 男は再度鎖を振りぬき、クロドの眉間を狙う。

 クロドはさらに後ろに下がることでそれをかわし、鎖の射程から逃れた。

 まずいな。銃からさらに遠ざかった。マチェットじゃあいつの武器と魔法に対して分が悪い。それにもうそろそろ――

 このプラントに踏み入ってから、すでに何度も力を行使している。駆動兵器の相手、警備兵たち。クロドは全身に嫌な気配をひしひしと感じていた。

 挑発的な雄たけびを上げて、男が距離を詰める。クロドが引いたことで、近距離では分があると判断したようだ。

 相手の魔法は恐らく衝撃波に似た爆発を起こす現象だろう。多少肉体から離れても、先ほどの小石やつららのように、その力を籠めることが可能らしい。つまり手に触れているこの鎖の上であれば、いつどの箇所でも自由に爆弾に変えられるということだ。鎖を斬れれば手っ取り早いのだが、得物のリーチの特性上、魔法同士で打ち合えば、どちらがダメージを負うかは明らかだった。

 半月目の男は先ほどまでのように打ちのめすような挙動から、まるでこちらのマチェットを絡め取らんとする動きへと鎖の扱い方を変化させる。

 剣を奪われればクロドは肉体と魔法のみであの爆発する鎖を防がなくてはならない。必死に腕を動かし、回り込む鎖から刃を引き抜いた。

 しかし同時に目の前の鎖が振動し、一瞬縮むように視界が揺らぐ。

 クロドは再び横に飛びのいたのだが、その瞬間、半月目の男の口元が小さく歪んだ。

 ――しまっ――……?

 足元が隆起し破裂する。事前に魔法をセットしていたようだ。今度は防ぐことが出来ず、片足に大きなダメージを受けた。

 悲鳴を上げるクロドに向かって待ってましたとばかりに鎖を突き出す男。クロドは歯を食いしばり、目の前の空気をネガ反転させ次の爆発を相殺しようとする。

 クロドの意図を読んだのか、男はネガ反転した空間に鎖が触れるより早く腕を引き、先端を手元に引き戻した。

 これで、使えるのはあと三回くらいか? それ以上はもう……――。

 存在を奪うという自身の魔法は、一度発動さえすればある意味無敵を誇る。どれほど硬度な材質だろうと、どれほど掴みどころのない流体だろうと、概念、認識としてその存在を奪い取り、この世から形を抹消する。しかし同時にそれは、クロドの体に奪った存在を蓄積していることも意味していた。

 溜まった‶存在〟は時が経てば自然と発散していき解消されるのだが、その解消速度はクロドの意志でコントロールすることはできない。世界に対して重くなり過ぎた存在は空間に穴を穿ち沈んでゆく。かつてクロドは赤竜に追われた際、一度だけ限界近くまで自身の体に存在を貯め込んだことがあるが、その時身に抱いた感覚はまるで、自分の体がヌルの眼そのものへと変化していくかのようだった。

 力を使い過ぎれば自身がヌルの眼と化す。それが、クロドに与えられた魔法の反動なのだ。

 クロドの動きが鈍ったのをいいことに、男の攻撃は熾烈を極めた。

 鎖を巧みに振り回すだけではなく、歩きながら地面へ魔法をセットし、衝撃波を炸裂させるなど、まったく次の攻撃が予想できない。自身の力に回数制限を感じていたクロドはひたすら逃げに徹し、男の攻撃をよけ続けた。

 立て続けに迫る鎖が爆発し、視界をちかちかとくすませる。別に火の手が上がっているわけでもないのだが、広がった衝撃波によって空気が歪み、五感のあらゆる精度を妨害していた。

 腕や腰など、足だけでなくすでに多くの部位が爆発の余波を受け血を流している。魔法の回数だけでなく、すでに体力も限界近いらしい。

 だが、ひたすら逃げ惑う中で、クロドはある事実に気が付いた。

 ――こいつの爆発……連続で起こせるのは三回が限界か。それに連続で爆発を起こしたときのほうが、単発のときよりも威力がだいぶ落ちている。

 最初こそ戸惑ったものの、この男も重量者なのだ。つまり魔法の使用には必ず何らかの負荷が伴っている。

 クロドはあえて爆発が起きた直後に鎖を間近で避けてみた。このタイミングで爆発を起こせば確実にクロドの頭部を吹き飛ばせたはずなのに、何故か男はそれを起こさず次の振りぬきへと動きをシフトする。

 ――やっぱりそうだ。俺の魔法と比べて次の魔法を使うまでのインターバルが倍近く長い。威力を落とせば三回連続で爆発を起こせるみたいだけど、連続爆発後のインターバルはさらに長くなっている。

 自分が魔法を行使できるのは残り三回ほど。ちょうど男が連続で爆発を起こせる回数と同じだ。なら――。

 鎖が再度爆発を起こし周囲の空気を震わせる。

 その直後、クロドは痛む足を度外視し、強引に男の懐へ飛び込んだ。

 一瞬男の顔に緊張の色が浮かぶも、すぐに元に戻り鎖を叩き下ろす。クロドはマチェットの刃でそれを防ぎさらに前へ足を踏み込んだ。

 これだけ接近すれば鎖の屈折攻撃も長さが仇になって届かない。精々近場の地面を穿つだけだ。

 そのまま下から切り上げると、男は初めて恐怖を感じたように鎖を巻き付けた腕でそれを防いだ。ここで魔法を使えば男の腕を切断することもできた。しかしそれではもし男が連続で爆破を行った場合、三回目の攻撃を防ぐことが出来ず、結局痛み分けとなってしまう。クロドははやる気持ちを必死に抑え、つばぜり合いの要領で男の体を押し出す。

 僅かに生じた間。その隙に差し込むようにマチェットを突き出した。

「く――そがっ」

 身の危険を感じたのだろう。男はとっさに腕を爆発させ、クロドを遠ざけようと試みた。僅かな時間しかなかったからか、その威力は低く最初の頃のものと比べれてかなり小規模だ。

 クロドは存在略奪の力を込めた刃でそれを打ち消し、続けざまに剣を振るう。今度も男は小規模な爆発を起こしたが、その爆発もクロドの魔法によって無効化されてしまった。

 ――あと一回。

 腰を回しながら横なぎにマチェットを払う。鎖を巻きつけた腕が追いつかなかったのか、男は生身の左手に爆発を乗せ、それを弾いた。

 全身に得体の知れない重力感がどっと押し寄せ、クロドの意識を、腕を、足を圧迫する。まるで世界が紙粘土のように軽いもので出来ているような、そんな錯覚を感じた。

 無意識のうちに咆哮し、腕を突きあげる。男はクロドに向かって右拳を振り下ろそうとしたが、それよりも早く刃が彼の胸を切り裂いた。

 飛び上がる鮮血。

 手の中に広がる嫌な感触。

 刃を振りぬいたクロドと、こちらを見下ろす男の視線が交差する。

 後ろに向かって体を倒しながら、男は残る力を振り絞って鎖を振り下ろした。しかしすでにバランスを崩してしまっていたため、その先端はクロドに当たることなく後方に置かれていたある機器に命中する。途端、ショートを起こしたように青い電流がパネルの上を駆け巡り、停止していたはずの機器が急速に運転を開始した。

 駆動部が唸りを上げ、警報ランプが無数に転倒し、かぎ爪のような四つのフレームからほと走った電流が立方体の中心に向かって収束する。

「なっ……!?」

 ――ヌルの眼の発生装置が……!?

 男と向かいあうことも忘れて機器を凝視する。漆黒の球体が姿を顕現させたのは、それとほぼ同時だった。



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