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プロローグ 3


 村の子供たちは一定の年齢に達するまで定期的にある勉強会へ出席しなければならない。都会ではそれを〝学校〟と呼ぶらしいが、ここでの勉強会はそんなおしゃれなものとはまるっきり質が違う。

 畑の耕し方。商品販売の計算方法。村周辺に生息する球獣の生態系や種類の暗記、そしてそれらからいかに生き残るか、逃げるか、実際に球獣と戦闘した経験を持つ守備団の講習など、全ていずれ実際に使うであろう技術を学ぶための集いだった。

 クロドは週の半分を母の野菜作りの手伝いに、残り半分をこの勉強会で過ごしていた。

 正直、クロドにとって勉強会は退屈なものでしかなかった。小銭の数え方や商売の方法を学ぶのは、役に立つとはわかっていてもどうしても苦痛に感じてしまう。球獣の体験談などはそれなりに面白くもあったけれど、所詮小さな村の出来事なのだ。何度も同じ話を聞いているうちにすぐに飽きが来てしまった。

 クロドが唯一面白いと思えたのは、物作りだった。

 個人個人が村の中から材料を集め、椅子や机などを作る授業。決められた設計図はあったけれど、クロドはいつもアレンジを加えてオリジナルのものを作り出していた。本来は怒るべき先生たちもその出来栄えがあまりに良かったから、最近では何も言わず、クロドの設計を見守っている。将来守備団入りを希望しているのを惜しいという教師すらいるほどだった。

「あの木の近くが良さそうだな」

 その日、クロドたちに出された課題は、(ほうき)の制作だった。日頃乱暴に掃除をする父を見ていたクロドは、丈夫な箒を作りたいと思い、強度の高い枝を求めて村の中で一番高い丘に登っていた。ここは整備された道がほどんどなく、岩山を這って登らなければたどり着けない場所だったため、他の子供たちは一人もいない。丘下の木々から落ちた枝は、多くの子供たちが奪い合うため、ろくにいい形や材質のものを得ることができないが、到達することの難易度が高いこの場所であれば、十分に考査したうえでもっとも気にいった枝を拾うことができる。まさに穴場ともいえる場所だった。

 クロドは鼻歌混じりに好みの枝を拾いつつ、先ほど焦点を当てた木に向かって歩を進めた。周辺の木々の中でひと際幹の太い、どっしりと構えた巨木だ。凸凹(でこぼこ)とした土と白砂を踏みしめながらその根元までたどり着くと、予想通り、他の木々よりも芯のしっかりした枝が何本も無防備に寝そべっていた。

「やった。ラッキー」

 これならば箒の柄として十分な長さと強度を保てる。手に持ってみると、重すぎず軽すぎず、がっしりとした感触がした。

 規定の時刻まではまだ時間が残っていたが、箒作りに使えそうな材料は全て揃った。早めに戻って、製作に時間を割くというのも一つの手だろう。

 そう思い、元来た道を戻ろうとしたところで、偶然眼下に大きな建物を発見した。数百メートルは先だろうか。岩場に囲まれたそこに、金属質の柵で守られた見慣れない近代的な作りの建造物があった。

「あれは……製薬商会の研究施設か? 確か一時的に村長から土地を借りたって聞いたけど」

 植物の調査で来ているという話だったから、てっきりこじんまりとした無数のテントを想像していたのだが、あれはどう見ても立派な研究所である。

 子供特有の強い好奇心を抱いたクロドは、そのまま施設に近い場所へ丘の上を移動し、もう一度目を凝らしてみた。

 製薬商会の人間は地走機で持ち込んだ荷物を収納しているところらしく、小型の運搬機で人間大のケースを次々に倉庫の中へと運び込んでいる。

 一体何を運んでるんだ? 食料には見えないけど。

 不信に思い目を凝らしていると、倉庫の内側に運搬の指揮をしているらしき男の姿を発見した。手を左右に振り、わざとらしいほど明確な指示を飛ばしている。彼の横には場違いなほど小奇麗な服に身を包んだ男が立っていた。独特な捻じれた髪型をしたその男の顔には覚えがある。確かこの近辺の村々の管理を担当しているアラウンの地方調整官だ。前の調整官から代替わりした際に、あちこちの村に何度も自身のプロフィールを掲載した冊子を配っていたため、よく覚えている。

 どういうことだ? 何で製薬商会の敷地の中にアラウンの人間が? よく知らないけど、ああいう上の人が来るときって普通村長が出迎えて対応するんじゃないのか? 

 もし正規のルートを通ってアラウンの高官がこの村を訪れていたのなら、その情報はすぐに全村人へと伝わっている。学童仲間も、教師たちも、両親も、誰一人そんな話をしていないということは、おそらくあの調整官はこっそりとこの村に入り込んでいるのだ。まだ大した人生経験はないが、目の前の光景が不自然だということだけは理解することができた。

 一体あの男はこの村で何をしているのか。興味本位からそれを突き止めたいと思ったクロドだったが、ちょうどそのタイミングで後方から自分の名を呼ぶ大きな声が聞こえた。集合時間になっても戻らないことを知った教師が、丘の上まで探しにきたのだろう。

 いくら距離があるとは言え、あの女性教師の声は良く響く。自分の姿が見つかるまで名前を叫びながらここへ近づいてくるかもしれない。

 調整官が何をしているのかは知らないが、見つかることは何故か良くないような気がした。危険だと本能的に頭が認知している。

 ――……ちぇっ。せっかくの穴場を先生に見つけられても困るし。今日のところは戻るか。この丘には別にいつでも来れるんだ。また今度見にくればいいか。

 そう結論付けると、クロドは素早く動いた。背を低くし木々の間に隠れながら丘の岩場付近へと戻り、慣れた足取りでそこを飛び降りる。探しに来た教師と遭遇したのはその直後だった。

「あ、いた! クロド。あなた何をしていたの? こんなところで。もう集合時間過ぎているでしょう」

「ごめんなさい。ちょっと日向が気持ちよくて眠ってました。でも、材料は集め終わったから作業は大丈夫です」

「あまり心配させないでね。あなたのお母さんにもよく言われてるんだから。目を離すとすぐに悪さをするって」

 悪さって、別に誰かに迷惑をかけるようなことはした覚えがないんだけどな。

 クロドは頬を掻きつつ、教師に向かって頷いた。この教師は村の家具屋の娘さんで、クロドの母と非常に仲がいいのだ。クロド自身も何度かお菓子をもらったことがある。

 反省していそうなクロドを見て満足したのか、教師は回れ右をして元来た道を歩き始めた。クロドはあの調整官のことを言おうかと思ったのだが、どこで見たのかと聞かれると困るため、そのまま黙っておくことにした。言ったところで、ふつうの村人であるこの教師には大した調査などできはしまい。

 どうせ事実は大したことのない話なのだろう。新種の植物が見つかったというから、それを確認しにきただけなのかもしれない。村長にだって、もしかしたらあの施設の中にいて一緒にその植物とやらを観察していた可能性もある。

 そう思うことで、クロドは己の違和感を納得させた。



 異変が報告されるようになったのは、冬に差し掛かり始めた頃のことだった。

 ある日より突然、球獣と遭遇する機会が激増したのだ。しかもその場所はどれも村にかなり近い場所でのことだった。

 クロドの父を始めとした守備団の面々は休む暇もなく働き球獣たちを駆除していたが、増えた球獣たちの数に対処しきることができず、つい先日、とうとう死傷者を出してしまった。この村の近辺ではあまり見られない蛇頭(じゃとう)という球獣が数匹近辺に襲来したのだ。

 事態を重く見た村長はアラウンへ警備兵遠征のお願いを申し出たものの、いつもは執拗に自己アピールをしてくるあの調整官は、何故か一向に軍を動かそうとはしなかった。それどころか、村長の申し出に対し返事すらしなかったのだ。

 通信機ではらちが明かないため、直接守備団の人間が訪れようという案も出たのだが、村周辺の球獣が増えすぎたせいで、まともに移動するには人員を多く裂く必要が出てしまい、泣く泣く断念された。

 村に常駐している製薬商会の人間に助けを求める者たちも現れ、例の施設の前で必死に呼びかけを行っているそうだが、反応は実に冷たいものだった。自分たちの地走機はあくまで機材輸送用のため、強度に不安があり、ここまで増加した球獣たちの間を移動することはできないというのが、彼らの意見だった。




 土の上に(くわ)を突き立て、クロドはぐっと額の汗をぬぐった。これでやっと今日の農家作業を終了することができる。

自分で耕した農地を満足げに見渡すと、ゆっくりと隣にある家へと向かった。

 クロドの家、クセノエル家では〝グルミン〟という野菜を大量に栽培し、販売している。今はまだ時期ではないが、橙色の丸っこい形をしたその野菜は、野菜と呼ぶには甘く独特な爽やかな香りがするため、よく果物と勘違いされてしまうことが多い。首都オラゼルのほうでは実際に果実として販売されていることもあるそうだった。

 倉庫の中へと入り、土の付いた手袋を入り口際にある円柱状の箱に投げ捨てた。ため込まれた衣類はその日のうちに洗わなければいつまでも甘い匂いがとれないため、こうして作業後にまとめてそのまま洗濯機へぶち込むのだ。そしてそれは大抵母の仕事だった。

 先に片付けを済ませ、農具の整理を行っていた母は、疲れたようにクロドに呼びかけた。

「クロド、ちょっと買い物を頼んでもいい? 冷蔵庫の飲み物が切れてしまったんだけど」

「いいけど、球獣騒動のせいで店の商品もかなり少なくなってたよ。みんないざというときのために貯め込み始めてるみたいだから」

「水でもなんでもいいから買ってきてよ。もう喉がからからで死にそう。たぶん、ミゼの店だったらまだあると思うから」

「はいはい。了解」

 面倒くさいが仕方がない。どのみちクロド自身も強い喉の渇きを覚えている。買わなければそれを潤すことができないというのであれば、行くしかないだろう。

 手を洗い、作業着から外出用の服装へと着替え、クロドは腰に手を当てている母の後姿を見ながら外へと出た。

 冬に近づいている影響だろうか。長袖を着ていても肌寒い。既に空も暗くなり始めていた。

 ――やだな。こう星の出てない夜は道が見えずらいんだけど。

 自分専用の懐中電灯をポケットにしまい、商店通りに向かって歩き出す。気のせいか、いつもよりも空気がぴりぴりと張り詰めているような気がした。

 

「はいよ。水とあんたの母さんが大好きなラモネードね」

 雑貨屋のミゼさんから商品を受け取り、クロドはお金を受付の上に乗せた。それを手に取りながら、ミゼさんは人懐っこい褐色の顔をこちらに向けた。

「お父さん、大変らしいね。今日も夜勤だって?」

「この前死傷者がでちゃったからさ。見回りの人数を増やしてるんだよ。一応、俺の父さんって地位はないけれど、みんなから信頼されてるみたいだから」

「ディランさんといえば逸話が色々とあるからね。素手で蛇頭(じゃとう)を数体打ちのめしたとか、山からずっと怪我人を担いで村まで歩いてきたとか。一度五大共同体の軍隊にも声をかけられたって話だし」

 それは初耳だ。どこの共同体だろうか。村から一番近いのはフリージアだっけ。あそこの勤勉で真面目な人たちが父さんみたいな人を気に入るとは思えないんだけど。

 普段の野性的な態度を思い出し、クロドは首を傾げた。

「……あ、蛇頭で思い出した。ねえねえ聞いた? 今日、西側の壁を蛇頭が一匹飛び越えてきたんだって」

「え、本当?」

「そうそう。でもすぐに守備団の人間が駆けつけて、魔法銃で仕留めたそうだよ。怪我人もいないって。たまたま守備団の詰め所の近くだったからよかったけど、もし見回りのいない場所から侵入されてたら大変なことになってたかもね」

 面白い出来事だとでも言うように、世間話を続けるミゼさん。だがクロドはとてもじゃないが笑うことなどできなかった。ついこの間実際に自分がその犠牲者になりかけた経験があったからだ。

 壁を飛び越えた? 西側の壁は確かに他の壁よりも低めだったけど、球獣が村の中にまで入ってくるなんて、今まで一度もなかったのに……。

 あの鋭利な牙。刃物のような爪。嫌でも恐怖心が呼び起される。

 ――そういえば、この前ドリクと一緒に使ったあの村の外への抜け穴、守備団の人たちはちゃんと塞いでくれたのだろうか。髑髏牛の死骸を運ぶのに夢中になって、あまり確認作業をしてなかったような……。

 壁と聞いて、ふとそのことを思い出す。あそこは背の高い南東側の壁だが、歴史でいえば他のどの方角の壁よりも古い。もしあの穴を無理に球獣が通ろうとすれば、老朽化した壁は簡単に崩れてしまうのではないだろうか。

 自分が開けた穴ではない。だが気になりだすと、どうしても落ち着かなかった。

 あそこはここからそう遠くない場所だ。帰り際に寄っていくくらい問題はないか。

 クロドはまだおしゃべりを続けているミゼに向き直り、強引に話を切り上げた。

「いっけねえ。こんな時間だ。母さんに早く買ってこいって言われてたんだっけ。ミゼさん。俺はもう戻らないと」

「あんたの母さん、昔からせっかちだもんね。少しぐらい余裕を持てばいいのに。……そっか。じゃあお疲れー。また今度ね」

 名残惜しそうにこちらを見ながら微笑むミゼさん。クロドは貰った商品を鞄に詰め込むと、手を振りすぐに店を出た。



 大丈夫なはずだ。あんな小さな穴、子供でもなければ通ろうとは思わない。もしまだ塞がっていなかったとしても、そしたらそしたで、父さんや守備団の面々にお願いすればいいだけの話だ。今日このタイミングで球獣が現れるなんて、不幸な事態になりさえしなければ。

 商店通りから横にそれ、いつもボール遊びをしている空き地を通過し、白砂と木々の溢れる内園部へ足を踏み入れる。服が砂に汚れることも構わずずんずんと進み、そのまま壁伝いに左へと移動した。

 確かあそこらへんだったはず……。

 穴があったと思わしき場所へ近づいていくと、遠目に何が動くものが見えた。誰か人がいるらしい。さらに近づくと、暗くなってきた視界の中で腕を組んで立っている小太りの男が目に入った。

「ドレミラさん?」

 村の建築屋の名前をクロドは呼んだ。

「おお、クロド。どうしたこんなところに? もう勉強会は終わったのか」

「今日は勉強会はないんだ。それより、ドレミラさんはこんなところで何してるの?」

 髪の薄い、ゆったりとした傾目(なだれめ)の顔をこちらに向け、ドレミラさんは笑みを浮かべた。

「守備団から壁の補修を頼まれてな。穴が開いてるところがあったから、ちょいと簡易的に塞いでたんだ。ほれ、そこから球獣が入り込んだりしたら、大変だろう」

 ドレミラさんの視線を追い壁を確認すると、例の穴は真新しいコンクリートで完全に塞さがれていた。周囲に広がっていたひびも全て綺麗に塗りたくられている。

「まったく、球獣が増加してるせいで流通が止まって、セメントが不足しがちだってんのに。……――それより、お前は何しにここへ来たんだ?」

 いかにも不審気にドレミラさんはクロドを見返した。

「いや、ちょっと穴の様子を……ここにあるって知ってたから心配になって」

「ああ、そういえば守備団の連中がなんか言ってたな。悪ガキが抜け出して悪さしたって。大丈夫だ。いくら球獣が増えようと、この壁はそう簡単に崩れたりはしない。これでも百年以上はこの村を守ってきた壁なんだぞ」

 逆に言えば、それは作られてから百年もたった老朽化した壁なんじゃないかとクロドは思ったのだが、口には出さなかった。

「俺や俺の父ちゃん、そしてその父ちゃんが、何度も何度も補給して維持してきた壁なんだ。いつものことさ。何も心配することはない」

 そういって壁に近づき、拳の裏で数度壁を叩くドレミラ。その表情は自信に溢れ、まるで家族の肩を叩くような仕草だった。

 確かに穴は完璧に塞がっていた。ここから球獣が侵入する事態はもう起こりそうにはない。クロドはほっとし、胸を撫でおろした。

 そりゃあそうか。あんなことがあったのに守備団が穴を放置するはずがないよな。

「なんか、俺の心配し過ぎだったみたい。もう帰るよ」

「おう。きいつけてな。寄り道して親父にどやされ――」

 その時だった。突然、大きなサイレンの音が辺り一帯に響き渡った。今まで静寂に包まれていた世界が、文字通り騒音によって破壊されていく。

「何だこの音? うるさいな」

 どうやらこの近辺だけではなく、音は村中に流れているようだった。

 どこかで火事でも起きたのだろうか。それにしては警報が大きすぎるけど。

 ドレミラさんを見ると、同じように事態がつかめていない様子だった。不審そうに、驚いたようにこちらを見返す。

「こりゃあ、緊急レベルAの警報だな。でも一体何があったんだ」

「緊急レベルA? それって何なの?」

「村全体に関わる一大事件ってことさ。近くの川が氾濫(はんらん)したとか、竜巻が近づいているとか、とにかくろくなもんじゃねえ」

 ドレミラさんは工具を荷車に乗せると、クロドに向き直った。

「すぐに家に帰ったほうがいい。んで、親父さんに連絡を取れ」

 クロドが答える前にドレミラさんは背をこちらに向けた。そのまま何十年も大事に使ってきたかのような古臭い荷車を引いて、細い道をいそいそと上っていく。

 何だ? 何が起こってるんだ?

 止むことない警報は嫌でも不安感をあおらせる。家に残してきた母のことを思い出し、クロドもすぐに走り出そうとしたのだが、足を踏み出す前に奇妙な音を耳にした。分厚い気泡がいくつも連続して割れているような、蒸気が噴き出しているかのような。

 壁が(きし)み、パラパラと砂が落ちた。反射的に目を向けると、補強されていたはずの壁にいくつも亀裂が入っている。

 そうだ。この音、前に映像学習で見た――

 亀裂の間から覗く大きな緑色の眼を発見したのは、クロドが音の主を思い出したのとほぼ同時だった。

 ドレミラさんに助けを求めようとしたのか、それとも警告を発しようとしたのかは自分でもわからない。とにかくクロドは大声でその音の主の名前を叫んでいた。

「――蛇頭だ!」

 蛇のような長い首とくびれのあるひょうたん形の胴体。そしてそこから伸びた槍のようなしなる四つ足。頭部が壁を突き破りこちらに抜け出る。今にも飛びかかってきそうな殺意を感じ、クロドは声をあげ全力で商店通りに向かって走り出した。

 ドレミラさんも事態に気が付いたようだったが、向こうでも同じように壁が崩れ、数匹の蛇頭が白砂の上に滑り込んだ。大きな悲鳴が響き渡り、真っ赤な液体がその中心から弾ける。ドレミラさんが大事に使っていた荷車は砕け散り、無残に白砂の上に転がった。

 走りながら背後を振り返ると、わらわらとさらに複数の蛇頭が壁からはいずり出てきていた。奥の草原にはその何倍もの数の蛇頭や他の球獣が蠢いている。いくら補強した壁でも流石にあの数の力には耐えられなかったらしい。

 ふざけんな! 何だこれ? 何だよこれ!?

 壁から出てきた蛇頭の多くは、ドレミラさんの遺体に気を取られこまだクロドの存在には気がついてはいない。クロドは泣きそうになりながら必死に足を動かし続けた。

 商店通りまで出れば、守備団の誰かが……――

 恐怖ですくみそうな足を持ち上げ、商店通りの地面を踏みつける。

 だがそこはすでに地獄絵図と化していた。




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