第二章 鉄の森 4
「何で……どうしてここに?」
刃を装甲の裏に収容し、赤足を停車させたクロドを見て、ルイナは驚きと困惑が入り混じったような目をこちらに向けた。
クロドはヘルメットを脱ぎつつ、バツが悪そうに短い黒髪を掻いた。
「……たまたま目撃情報を聞いてね。お前が落としたっていうペンダントを見つけたから、それを渡そうと思っただけさ」
「ペンダント? 見つけてくれたの?」
クロドがポケットから取り出したそれを見て、ルイナの顔がぱぁっと明るくなった。その目があまりに綺麗だったため、クロドは何故か彼女の顔をまともに見れず、視線を横に逸らした。
「棚の下に落ちてた。手術の際に隙間に入り込んだんだろ」
「ありがとうクロド。もう見つからないと思ってたんだ」
ルイナは受け取ったペンダントを大事そうに胸の前に抱え、ぎゅっと握りしめた。
クロドは転がっている針猿の死体を一瞥しつつ、彼女の服装を見てため息を吐いた。
服のあちこちが擦り切れ、肌は所々から出血し、昨夜巻きなおした包帯からもまた血が滲みだしている。予想はしていたが、こうして目のあたりにすると、やはりあまり気分のいいものではなかった。
「何でこんな場所に入ったんだ? 町の外の人間だって、鉄の森の状態は知ってるはずだ」
「危険なのはわかってたよ。でも、アラウンの兵士や賞金稼ぎに見つからずに外に出ようと思ったら、ここを通るしかなかったんだもの」
ペンダントを首に付け直しつつ、ルイナは苦笑いを浮かべた。
「だから親方が逃げれる方法を考えてたんだ。それなのに勝手に出ていって――」
「しょうがないじゃない。もしアラウンに逃亡を補助したことがばれればただでは済まないんだよ。私のせいであなたたちが捕まる姿なんて、見たくなかった」
ルイナは疲れた顔でこちらに向き直り、小さく微笑みを浮かべた。
「心配して探しに来てくれたことは嬉しいよ。でも、もうこれ以上私にはかかわらないで。そのほうがお互いのためだから」
そう言ってそっぽを向く。
元々関係のない人間。自分が轢いたと思ったから、目の前で死にかけていたから、とっさに命を救っただけの相手。これ以上深く関われば自分も、親方の身も危険にさらされてしまう。そうわかってはいたのだけれど――どうしても、彼女に背を向けることができなかった。
「……これからどうする気なんだ? 匿ってくれるあてでもあるのか」
「気にしないでって言ったでしょ。クロドはもう帰ったほうがいいよ」
つんけんと言葉を返しながら、パイプの山を跨いで歩き出すルイナ。しかし数歩進んだところで、彼女は大きく体をぐらつかせ、倒れそうになった。
「――っ……!」
クロドは慌てて前に跳び出し、その体を受け止めた。
ルイナは抵抗するように腕の中でもがいたが、痛みを感じたのか短い悲鳴を上げて動きを止めた。やはり腹部の裂傷の所為だろう。この傷では間違いなく森を抜けられない。たとえアラウンの目をごまかせたところで、血の匂いを嗅ぎつけた球獣に襲われるのが目に見えている。
……くそ。こんな状態の女を目の前にして、放って置けるわけないだろ。
クロドは大きなため息を吐き出すと、面倒くさそうに彼女を立たせた。
「せっかく助けたのに、そんな体で歩き回れて死なれたら俺たちの苦労の意味がなくなる。乗ってけよ。町の外までは案内してやるから」
「だからいいって――」
「ここでお前が捕まれば俺たちの協力がばれるかもしれない。これは俺と親方を守るためだ。別にお前の身を案じてるわけじゃない」
そう言って、クロドは強引に彼女を赤足の前側に乗せた。腕の中ではもがいていたルイナだったが、いざ赤足の上に乗せられるとそれっきり動かなくなる。心のどこかでは、彼女もわかっているのだろう。一人でこの鉄の森を抜けることがどれほど無謀であるか。どれほど危険な真似であるか。
「……本当にいいの?」
珍しく弱々しい声でそう聞く。
「そう言ってるだろ。しっかり捕まってろよ」
クロドはルイナの手を取り自分の腹部に押し付けると、覚悟を決めたようにハンドルを回した。