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ALUDCYCLE―アルド・サイクル―  作者: 砂上 巳水
【SIDE X】旅立ち
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第二章 鉄の森 3


 六本の蒸気を後ろになびかせながら、鋭利なコンクリートの瓦礫を飛び越える。

 一瞬体がふわりと浮かび上がり、そしてまた赤足のシートへと落下した。

 地面に着地した衝撃が一気にタイヤから上部へと駆けあがるが、内蔵されている衝撃吸収機構によってその九割が外部へと霧散する。

 跳躍。着地。跳躍。その繰り返し。まるで滝登りをする飛び魚のように、クロドは廃屋の上を移動し続けた。

 ルイナが家を出た時刻と距離から考えて、何となく彼女の現在の居場所を想定する。

 この鉄の森の大部分は廃工場や工業施設の跡地であるため、徒歩で移動しようとすればいくつもの飛び出した鉄筋やパイプを潜り抜け、様々な瓦礫の隙間や上を通り抜ける必要がある。重空機ならばものの数秒で駆け抜けられる距離も、彼女が移動するには数分はかかってしまうはずだった。今ならまだ追いつける可能性がある。見つけられる可能性があった。もちろん、まだ彼女が生きていればの話だが。

 前方にいた数体の蛇頭がこちらに気が付き顔を上げる。だがクロドは構わず前進し、その上空を飛び越えた。蛇頭程度の移動速度なら、どれだけ全力で走ろうが重空機には追い付けない。いくら奴らに目を付けられようとも構う必要などなかった。

 アーチ状になっている鉄骨の下を潜り抜け、次の瓦礫の上へと跳躍しようとしたとき、クロドの目にあるものが映った。

 ブレーキペダルを踏み、道と水平になるように赤足を急停車させる。後ろタイヤが地面と擦れ土煙が大きく舞い上がった。

 クロドは赤足にまたがったまま目の前にある物体を見つめた。複数の蛇頭の死体。表面にはいくつもの弾痕が残されており、赤い血がそこから広がっている。

 ――アラウンの追手か? 

 どうやら彼女の逃亡に気が付いた連中がいたらしい。この惨状を見るに、数と装備にものを言わせて強引に鉄の森の中を進んでいるようだ。

 クロドは舌打ちし、先ほどよりも強くハンドルを握りしめた。

 アクセルを回し走り出すと同時に、赤足から排出された空気が背後の土埃を吹き飛ばして、台風の目のように大きな穴をその場に作る。

 アラウンの兵士は確かに脅威だ。設備の整った場所で十分な教育を受け、最先端の訓練を受けた彼らは、ダリアのチンピラとは比較にならない技術と装備を持っている。まともにやりあえば、ただの修理屋に過ぎないクロドが勝てる見込みは少ない。だがそれは、あくまで町の中で争えばの話だ。クロドが焦りを覚えた理由は、他にあった。

 この鉄の森には〝主〟がいる。

 一体いつから住み着いていたのはわからない。町に住む最古参の老人が子供の頃には、すでに存在し暴虐の限りを尽くしてたらしい。

 ここが魔境とも迷宮とも呼ばれる最大の原因。その球獣は蛇に似た姿形と、金属質な赤い鱗を持つことから〝赤竜せきりゅう〟と呼ばれ、何十年のもの間鉄の森の中で恐れられてきた。

 修行中、クロドは二度その赤竜と遭遇したが、一度目はただ隠れてやり過ごすことしかできず、二度目は命からがら逃げることしか出来なかった。その時に追った傷は今も深々と背中に残り、風呂に入るたびにクロドにその恐怖心を蘇らせている。

 アラウンが先ほどの死体を作ったときのように、鉄の森の中で派手に暴れ続ければ、その騒音を聞きつけて必ず〝赤竜〟は姿を見せる。もしその争いに巻き込まれれば、今のルイナなど成す術もなく殺されてしまうだろう。

 クロドは腰のマチェットを手でひと撫ですると、不安を振り払うように赤足を加速させた。

 

 

 遭遇する球獣たちを全て無視し、無言で滑空し続けること数分。

 ひと際高い位置にある工場の屋根に飛び乗った直後、クロドはとうとうルイナの姿を発見した。

 百メートルほど先にある、パイプラインが血管のように張り巡らされた場所の上で、彼女はj腹部を抑えながら歩いていた。

 ――はぁ。やっと見つけた。

 口の中で文句を言いつつ、クロドはすぐにルイナの元へ駆け寄ろうとしたのだが、視界の端に複数の影を発見し、表情を変えた。

 ――針猿はりざる。金属質な場所を好んで住み着き、そこにあるガラクタを身に纏う小型の球獣だ。どうやらルイナを追っているらしい。よく見ると、ルイナの服には所々に赤く染まった線があり、裂傷を負っているようだった。

 徐々にルイナとの距離を詰めていく針猿の集団を目にし、クロドは慌ててアクセルを回した。

 屋根の上から車体を滑らせ急降下し、貯水タンクの上に落下する。赤足の重さでタンクが割れ水飛沫が全身にかかったが、構わずそのままパイプ群の上を滑走していく。

 タイヤの摩擦音に気が付いた針猿の幾匹かが振り返り、ガラクタの鎧の中からその濁った白い眼をこちらに向ける。

 針猿は別に強い球獣ではない。慎重に動きを見て鎧の隙間に刃を打ち込めば、ある程度訓練を積んだものなら誰だって倒せる相手だ。

 しかしそれは一対一で争ったときのみの話だった。

 群れを成した針猿は、ある意味兵士の一個隊を相手にするよりも厄介である。相手が一体だけならば隙を伺って仕留めればいいだけなのだが、数体が同時に相手となるとその隙を伺う暇が無くなってしまう。やつらは捨て身で次々に獲物へ飛びかかり、体や手足に纏った鋭利な金属でその肉を貫く。そして獲物がそれを振り払おうとしても強く相手にしがみつき、さらにまとわりつく数は増していく。大型の球獣が針猿の集団に殺されるという光景も別に珍しいものではなかった。

 長引けば間違いなくこちらに不利となる。

 クロドは右腕でハンドルを握りしめたまま、もう一方の手で前部パネルにある武装ロックの解除キーを回した。

 同時に赤足胴体の左右の装甲が薄く上下に隙間を作り、そこから鉤爪を逆さにしたような刃が飛び出る。それは小刻みに振動を開始し、うっすらと刃の残像を後方に流していく。

 赤足は軍用重空機を親方が改修したものだ。本来ならば様々な銃器を取り付けることが可能なのだが、発砲音が赤竜を呼ぶ危険性を考え、その手の武器は全て外されていた。

 相手の横を走り抜けながらその車体を寸断する。それは重空機としては本来ありえない、決して目にすることのない近接用の武装だった。

 ――まあでも、この方が俺の〝力〟とは相性がいいんだけどさ。

 飛びかかってきた針猿の胴体を、ネガ反転したような色の刃で鎧ごと真っ二つに切断する。

 クロドは一気にルイナの間近まで駆け抜けながら、追い抜き際にさらに二体の針猿を切り裂いた。

「え……?」

 騒音に気が付いたルイナがクロドの顔を見て驚愕する。

 追い越された針猿たちはようやくクロドの脅威に気が付き、敵意をむき出しにした唸り声を上げながら飛びかかってくる。

 ――よし。

 四方八方から同時に責められたのならこちらも重症を負う覚悟をしなければならなかった。だがこうして線となってくれたのなら、それはいい的でしかない。

 クロドはブレーキを踏み赤足の車体を旋回させると、その勢いで飛びかかってきた針猿たちを全て両断し、遠くへ吹き飛ばした。

 円を掻くように血しぶきが赤足の周りに広がり、それを見た残りの針猿たちの動きが止まる。

 もう先ほどのように勢いはついていないから、ここからは単純な白兵戦となるのたが、目の前で一気に数を減らされたことに恐れをなしたのだろう。飛び散った死体を目にした針猿たちは慌てて遠くに逃げていく。

 球獣は機械ではない。怒ることもあれば、当然恐れを抱くこともできる。

 遠ざかる彼らの背中を眺め、クロドはほっと胸を撫で下ろした。



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