第一章 クロドと少女 5
夢中で用意した朝食にかぶりつく少女。そんな彼女を呆れ顔で眺めつつ、クロドは本題に入ることにした。
「俺はクロド・クセノエル。お前は?」
少女は口の中に溜まっていた食料を頑張って飲み込むと、小さな声で答えた。
「……ルイナ・レヴィナス」
「レヴィナス?」
その名前には何となく聞き覚えがあった。客ではなかったと思うが、上手く思い出すことが出来ない。
クロドが黙っていると、ルイナは気まずそうに頭を下げた。
「……助けてくれてありがとう。あと、そのさっきは勘違いしてごめん」
「いいよ。いきなり見知らぬ場所で目が覚めたんだ。ああいう反応を取る理由もわからなくはない」
クロドは目の前に置いていたお茶を一口喉に流し込んだ。
「体の調子はどうだ? まだ痛むか?」
「少し痛いけど、問題はないよ。これ、君が治療してくれたの?」
「俺じゃない。ここをしきってる親方が夜通しかけて傷を縫ったんだ。今は、ちょっと用事で外に出てるけど」
窓から差し込む朝日がテーブルの縁を明るく色づける。いつの間にか空になっている皿を眺めつつ、クロドはもっとも気になっていたことを彼女に尋ねた。
「それで、お前は何者なんだ? 何であんな妙な連中に追われていた?」
「あいつらを見たの?」
「ああ。お前を見つけた直後に。いきなり発砲してきたからびっくりしたよ」
クロドは迷惑そうに答えた。
一瞬悩まし気に眉を寄せたものの、ルイナはすぐに表情を戻した。
「あいつらは、ある……商会の人間なの。私のお父さんも商会を持っているんだけど、彼らと敵対していて、偶然私が彼らの不正の証拠を手に入れてしまったから、それを奪おうと躍起になってるんだと思う」
「ふーん。商会同士のいざこざか。オラゼルやアザレアではよくあるって話だけど」
大規模な商会ともなれば、傭兵を雇ったり独自の部隊を持つことも多い。彼らの装備が充実していた理由としては、納得できない話ではなかった。
「でも何でダリアなんかに逃げ込んだ? 確かにここは隠れるにはうってつけだけど、商会の人間なら仲間に救助を要請すればいいじゃないか」
「向こうの商会から妨害を受けて助けにこれなくなったの。別に、好き好んでこんな汚い場所に来たわけじゃないんだから」
「汚くて悪かったな。――……で、一人で追い詰められてああなったってわけか」
クロドは納得したように頷いて見せた。
風で窓がガタガタと動く。ルイナは体をびくりと動かしたが、何でもないとわかり悔しそうに姿勢を戻した。
「これ以上迷惑をかける気はないよ。私がここにいたら、あなたたちも仲間だと追手に勘違いされるかもしれない。すぐに出ていくから……」
「その体で? ダリアの外に出ることすらできずに殺されるぞ」
「やってみないとわからないじゃない。戦い方は学んでる。どこかで武器を手に入れられれば、ある程度は追手を倒すことだってできるんだから」
そういって意気込んでみせるルイナ。
先ほど僅かに打ち合っただけだが、確かに彼女は何らかの戦闘訓練を積んでいるようだった。もし彼女が銃器や刃物の熱いすらも心得ているのなら、ふいをつけばそこいらのチンピラぐらい簡単に倒せるかもしれない。だがそれは、体が万全の状態だったらの話だ。
クロドは視線を下に動かした。先ほど止血し、包帯を巻きなおしたばかりだというにも関わらず、彼女の腹部からは薄っすらとまた血が滲みだしている。あんな爆弾を抱えていては、とてもまともに戦うことなんて不可能だろう。
「……じゃあ、せめて親方が戻るのを待ってからにしないか。ここの主なんだけど、今ちょっと外に出ていてさ。お前の治療をしたのもその人なんだ」
その言葉を聞き、ルイナjは半端に膝を伸ばした格好で動きを止めた。
「いつ戻る予定なの?」
「さあ? 朝一で出ていったから、少なくとも昼過ぎには帰ってくるんじゃないか? ダリアは広いけど、大都市ってわけじゃない。人が集まる場所は限られてる。それに……お前だってまだ動けるような状態じゃないだろ」
血の滲んだルイナのシャツを見て、クロドはぶっきらぼうにそう言った。
助けられ治療まで受けたのだ。流石にこのまま顔を合わせず出ていくことに罪悪感でも抱いたのか、ルイナは困ったように唸った後、しぶしぶ上げていた腰を下ろした。
「――……わかった。じゃあお言葉に甘えて、親方って人が帰ってくるまでは、ここで待つことにする」