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6話 魔角

 四歳児がしゃべることはなんら不思議ではない。

 なんなら、意味のある言葉なら一歳くらいからしゃべり始めるのが普通だ。

 だから驚かれるようなことではないのだが……問題はそこではないようだ。


 恐らく彼らは、言語習得の機会について驚いているのだろう。

 赤ん坊の言語習得は親とのコミュニケーションの中で覚えてゆくものだと言われている。


 だが俺はずっと培養槽の中にいて、両親とは一切会話を交わしていない。

 水中なので発音を鍛える機会だってないのだ。

 なのにもかかわらず、外に出た途端、いきなりしゃべり始めたわけだからそりゃあ驚くのも当たり前だろう。

 ついでに言うなら、いきなり重力下に晒されて立てるのかも怪しいはず。


 俺も俺で前世の感覚のままにしゃべってしまったのもマズかった。

 初めてしゃべるわりには、かなり流暢に聞こえただろう。

 実際、クルトはかなり戸惑っている様子だった。


「こんなことが有り得るのか……? 培養槽で育った子は言語習得が遅くなるのが当然だと思っていたのに……こんなにもはっきりと……」


 これはどう言い訳したらいいだろう?

 余計なことをしゃべると、もっと深みに嵌まりそうではあるが……。


「えっとね……パパとママのおはなし……ずっと、きいてたから……」


 俺はわざと拙い感じで話しかける。


「聞いてた……って、培養槽の中でか?」

「うん」

「なんてことだ……」


 そこでクルトの目が見開かれたのが分かった。


「すごいぞネロ! それだけで言葉を覚えてしまうなんて! もしかしたら天才かもしれん!」


 いや、それは言い過ぎだって……。


「それは確かに凄いけど……怪我はないの?」

「おっ、そうだった! ネロ、痛いところはないか?」


 ディアナに促されてクルトはハッとなった。

 あれだけの大音量を響かせてガラスの破片が飛び散ったのだから心配するのも無理は無い。

 彼は俺の体を丁寧に見回して、外傷がないかチェックし始める。


 だが、俺はさっきまで培養槽に入っていた身。

 当然ながらすっぽんぽんだ。

 槽内にいる時からそうだったとはいえ、こうもまじまじと見られると小っ恥ずかしくなってくる。 


「ない」

「そうか、良かった」


 短く答えるとクルトは俺の頭を撫でてくれた。

 そしてディアナがどこからか毛布を持ってきてくれて、そいつで俺を包むと、そのままギュッと抱き締めてくれた。


「無事で良かったわ……」


 彼女の温もりが毛布を通して伝わる。

 しかしそれは表面だけの話ではなく、心まで温かくなるような気分だった。


「いつの間にか、また大きくなったのね……」

「そう?」

「一段と可愛く……いえ、格好良くなったわ」


 前世で、こんなふうに誰かに抱き締められたことがあっただろうか?

 無論、赤ん坊の時に実の母親に抱っこされたことはあったかもしれない。

 でも、良く覚えていないし、大人になってからはそんな愛情は感じたこともなかった。


「ああ……こんなふうに抱っこできることを、どれだけ待ち望んだことか……。ネロ……愛しているわ」


 ディアナは目尻に大粒の涙を溜めながら、更に俺を強く抱き締める。


「ママ、くるしい……」

「あっ……やだ、ごめんなさい!」


 彼女は慌てて腕の力を緩めた。


「ディアナは、ネロのこととなると周りが見えなくなるところがあるからなー」

「それはあなたも一緒でしょ? クルト」

「違いない」


 そう言って二人は笑い合った。

 なんかいいな、こういうの。


「それにしても……何が起きたらこんなことに……」


 クルトは散乱した培養槽の破片に改めて目を向けた。


「ネロ、分かる範囲でいいから起こったことをパパに教えてくれないか?」

「これがバリーンって割れちゃった時のことを教えてくれる?」


 ディアナがわざわざ俺の為に易しい言葉に言い換えてくれた。

 ここで適当なことを言うと、余計におかしな方向に行ってしまう可能性がある。

 正直に話しておいた方がいいだろうな……。


「えっとね……ボクがてをこうやったらバーンってなっちゃったの」


 俺は培養槽の内側に触れた時のように右手を前に伸ばしてみせた。


「触っただけで?」

「うん」


 ディアナにそう答えると、クルトは独り語りのように思考を口にし始める。


「触れただけで? そんなわけが……。こいつは魔珪石で作られた培養槽だぞ……。普通のガラスとは訳が違う。子供が触れたくらいじゃびくともしない。割るとしたら、それこそ魔法くらいなものだ…………ん? ……魔法……?」


 クルトは思い立ったように、近くに転がっている破片を手にすると、そいつを色々な角度から観察する。


「この切り口は……まさか……」


 何か思い当たる節があるようだ。

 彼は俺の両肩に手を置き、真剣な眼差しで聞いてくる。


「なあネロ、その時の事をもっと詳しく教えてくれるか?」

「え……」


 今更、どうこうするつもりはない。

そのままに伝えるしかないだろう。


「えっと……てからピカーっとしたのがでて……」

「光か? それはどんな形をしていた? 三角か? 四角か?」

「うーん……」


 いくら四歳程度の体だとはいえ、ついさっきまで培養槽にいた人間が〝七角形〟なんて単語は知らないだろう。

 不自然だし、そのままに伝えるわけにはいかない。


「クルト、そんな聞き方じゃ分からないわよ」


 ディアナもそう言っているので、俺は両手の指で丸っぽい形を作って見せた。


「あのね、こんなの」

「……!」


 それだけでクルトとディアナの表情が変わるのが分かった。

 それは驚愕した顔だ。


「そいつは……魔角だ」

「……まかく?」

「ああ」


 聞いたことの無い単語だな。

 そこで俺の両肩に乗せられていたクルトの手が震えるのが分かった。

 それは沸き上がる嬉しさを堪えているような震えだ。


「ネロ……」

「ん?」

「お前には……魔力がある」


 え……?

 一番驚いたのは俺自身だった。


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