13話 魔角の意味
「じゃ、ここからは私が教えるわね」
「うん」
ディアナがそう言うと、クルトは見学とばかりに母屋の側に下がって、そこにあった椅子代わりの丸太に腰掛ける。
「魔法を使うには〝属性付与〟と〝状態変化〟この二つが重要になってくるの。属性付与についてはパパから教わったから分かるわね?」
「うん、大丈夫」
「それじゃあ状態変化について勉強していくんだけど……ネロは状態変化って、どんなものだと思う?」
「えっと……」
その名の如く、状態を変化させることだと思うんだけど……この場合は魔力に変化を与える的な感じ?
「魔力を変えるの?」
「そうね、正解。属性が付与された魔力に指示を与えて実際に発動させることを状態変化って言うの」
「魔力に命令するの?」
「うん、ネロはお利口さんね。その通りよ」
魔力に命令……って、そんなことどうやってやるんだ?
口で「行け!」とか「飛べ!」とか言うの? それはちょっと恥ずかしいな。
または頭の中で命令を念じるのか?
でも、それはさっき属性付与した時にちょっと念じてみたけど、なんの変化も無かったので違うのだと思う。
「例えば水属性の初歩的な魔法であるウォーターボールだったら、それがどんな形なのか? どれくらいの大きさなのか? どれだけの質量なのか? どの方向に向かって飛ばすのか? その場合どれくらいの初速度で発射されるのか? そういうことを全部、指示してあげなければいけないの」
魔法一つにそんな細かい指示が必要なのか。
でも、魔力に耳があるわけでもないし、ましてや生き物でもない、どうやって命じるのだろう?
「魔力って、お話が聞こえるの?」
「うふふ、もしそうだったら楽しそうね」
ディアナは愛おしそうに俺に笑みを返した。
「ネロは魔角を知っているでしょ?」
「うん」
「その魔角を通じて魔力に指示を与えるの」
あれにそんな役割があったのか。
「ネロには私の魔角が見えるでしょ? 試しにやって見せるわね」
そう言って彼女は掌に魔角基を展開させた。
その形は五角形。
クルトと同じだ。
「私の魔角は五角。この五角形の辺、一辺一辺に異なる指示を与えることができるの。例えばさっき言った大きさ、形、質量とか、そうやつね。私の場合は五角なので同時に五つの指示が出せるわ。ネロは七角だから七つ同時ね」
なるほど、だから角数が多い方が上位に扱われるのか。
命令は一度に多く出せた方が有利だもんな。
「そしてこの魔角基に命令を出すにはイメージする力が重要になってくるわ」
「同時に五つの事を考えればいいんだね」
「そうよ、賢いわね。ただ、水球を飛ばすだけならそれでいいわ」
そこでディアナの顔が真剣なものに変わる。
「でも魔物を倒す為には、これを応用発展させる必要があるの」
それは常に優しく穏やかだった彼女が、これまでに見せたことの無い表情。
これが水竜の魔女と呼ばれた魔壊士としての顔か。
ディアナが展開していた魔角基に水がまとわりつく。
魔力に属性付与が行われたのだ。
そして、事は起こった。
魔角基を中心として、五方向に新たな五角形が現れたのだ。
「魔角が増えたよ」
「うん、これが魔角連鎖よ。五つの魔角それぞれから更に命令を増やすことができるの」
「それって……」
辺と辺を繋ぐ形で花弁のように現れた五つの五角形。
新たなその五角形の辺からも指示を与えることができるということは……連結部を除けば更に二十の指示を与えることができるということになる。
「そんなにたくさんの指示を同時に……?」
「そうよ。でもまだ増えるわ」
彼女がそう言うや否や、五つの五角形の周囲から更に五角形が現れる。
それが増える続ける度に、彼女の掌にある水球が尖ったものに形を変え、圧縮されたように小さくなってゆく。
恐らく、同じ質量の水を小さな粒に圧縮して、水でできた弾丸のように威力を高めているのだろう。
そういえば、クルトがあの黒蟻の魔物を倒した時も同じような魔角の連鎖を見た。
彼は戦闘中に素早くそれを展開させていたが、あの一瞬で多くの指示を魔力に与えていたことになる。
クルトのことだから、感覚でパパッとやって退けているのだろうが、それでも凄いことだ。
「見ていて」
ディアナがそう言い放った直後だった。
バシュッと音がして、彼女の手から水の弾丸が放たれた。
高速で発射されたそれは、庭にあった樹木の枝を撃ち抜く。
貫いた水の弾丸は弧を描いて空に舞い上がり、水の粒となって霧散。
折れた枝は地面に転がった。
「どう? これが魔法よ」
「わーママ、すごーい」
「ありがとう。でも、ここまでやっても魔物を倒すほどの威力は得られないの。見ての通り、木の枝を折るくらいの力しかないわ。魔壊士として魔物と渡り合うには、今の魔角連鎖をもっとたくさん繋ぐ必要があるの。そうすることで更に威力と精度の高い魔法を構築できるようになるわ」
あれより、もっとか……。
俺の場合は七角なので一度に増える数も多い。
その分、魔法の精度は上げられるが……。
これは考えるだけでも大変そうだ。
「まあ、そんなに焦らなくても大丈夫よ。他のことは考えないで、まずは水球を飛ばすことから始めるといいわ」
ディアナはそう言うが、やっと魔法らしい魔法が学べそうなんだ、ちょっとはチャレンジしてみたい。
彼女はイメージ力が大切だと言ってたけど、それって自ずと複雑で大量になってしまう指示をイメージで補うってことだろうか?
例えば漫画やアニメに出てくるようなキャラクターが使っている技とか、俺の中でビジュアルや効果がイメージとして固まっている。
それらを参考にしたら、ある程度、状態変化の指示を簡略化できるんじゃないだろうか?
よし……。
「ちょっと、やってみるね」
「そうね、まずは感覚を掴むことが大切だから試してみて。最初は魔法の形を安定させることも難しいと思うけど、めげずに挑戦し続けることが成功への近道よ」
そうか、そんなに難しいのか。
心して取り組もう。
俺は右手を前に伸ばすと、まずは発動の起点となる魔角基を展開する。
それに体内の魔力を流し込み、属性を付与する。
発現した属性は水。
ディアナはウォーターボールから練習してみるといいと言っていたので、それをやってみる。
まずは発現する形だが、ボールなので球だろうな。
そこに使用する魔力量だが、どれくらい注げばいいのだろう?
注げば注ぐほど水球がデカくなってゆくのが分かる。
あんまり大きいと扱い難いので、圧縮する必要があるだろうな。
ディアナがやっていたみたいに注ぐ魔力量は変えずに大きさだけを小さく圧縮してみる。
するとバスケットボールくらいの大きさにまではできたが、それ以上は圧縮できない。
何か強い力で内側から反発を受けている感じだ。
おかしいな……なんでこれ以上、小さくできないんだろ。
まあ初めてだから仕方ないか。
それは一先ずこのままで行くとして、これをどんなふうに放つか……なんだけど、普通に飛ばすよりはそれなりの形を作りたい。
そこでさっきのイメージ力か……。
思い付くのは某漫画で出てくるような○○波みたいなやつ。
体内の気を凝縮して一気に解き放つイメージだ。
「こんな感じかな」
俺は腕を一旦、後ろに引くと、魔角が勝手に展開してゆくのが分かった。
構わずその腕を再び前へと突き出す。
次の瞬間、俺の手から重みのある水の塊が放たれた。
それは水の弾丸、ウォーターバレット……いや、水の砲弾、ウォーターカノンとでも言うべきものだった。
その反動も凄まじかったが、飛んでいった塊も予想外の威力だった。
前方にあった樹木の幹を貫通し、その先にある石塀を破壊してしまったのだ。
幸い、水の塊は石壁を壊したところで弾け飛んでしまったのでそれ以上の被害は出なかったが、人に当たっていたらただでは済まなかっただろう。
やばい……早速、勝手な判断で教えたもの以外のことやるなという約束を破ってしまった。
いや、俺としてはディアナが教えてくれた通りにやったつもりだったんだが……なんか途中から違った方向へ逸れてしまっていたようだ。
ここは素直に謝っておいたほうがいいだろう。
そう思って、両親の方へ向き直る。
すると、クルトとディアナはぽかんと口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。




