第九話
外に出るとヒトダマは大喜びするように、赤子の声を上げて、お化けはウギュウギュと喜びの声を上げた。
まるで喉を締められたような、老人の声だった。
ここはかつて、姥捨山だった。
おそらくその際に棄てられた老人がこうしてお化けになってしまったのだろう、と思う。
「この俺の力は、きっとあなた方を救える力じゃない」
「ウギュウギュウギュエヘエヘエヘ」
「この俺の力は、きっとあなた方を殴り、蹴り、殺す力だ」
「ウギュウギュウギュエヘエヘエヘ」
「だから、せめて、もう、俺達をこのまま大人しく出してくれませんか」
エクストラムの光は隼人の頭の中で「その道を選ぶか」と言った。隼人はエクストラムの光を無視した。
「あなた方が俺達を外に出してくれるなら、俺も、あなた方を殴り、蹴らなくても済む……!」
隼人の声がどんどんと震えていく。
正太郎は察した。
隼人は優しいから、きっと、あの醜いお化けさえ「人」として扱っているのだ。
現に、声色に恐怖はなく、ただ、人に暴力を振るうこれからの自分に怒り、苦しんでいるようだった。
「住み分けが出来ないのか」
正太郎の顔面にマゼンタのラインが入る。それを勝平の父が制止する。
「もう、お前の物語じゃない」
「…………」
正太郎は顔面のラインを消して、座りついた。
隼人は震えながら、構えを取った。このお化け達は自分たちを殺すつもりしかないのだ、とわかってしまったからだった。
殺したくない。
殴りたくない。蹴りたい訳なんかない。
もともと、そんなことが出来ない自分だった。ボクシングやキックボクシングを習っている訳じゃないし、柔道とか空手とか合気道とかを習っている訳じゃないし。
ただの小学生だから、そんなこと出来る訳なかった。だから、いままでこの「嫌悪」の味を知らなかった。
自分には特別な力なんてないから、誰かを傷つけることはない。──そういう甘ったれた意識があった。
でも、とうとう特別になってしまった。
いまや、それが出来てしまう。
いやだなあ、と思った。やりたくない、と叫びたかった。
隼人は誰かを傷つけるなんてしたくなかった。そんなことをしてしまえば、まるで、大嫌いな、父みたいだった。
躊躇っていると、正太郎は見抜いたから、エクストラムの光が嫌になった。
誰よりも優しい人間にその光は宿る。力の宿り方は人それぞれで、正太郎の場合は愛する女からのキスだった。その女は隼人を生んで、いま苦しんでいるが。
隼人。
「隼人。風は吹くぞ」
どうしようもないくらいに、風が吹いて、涙を乾かしていく。ならもう、やらなくてはいけなくなった。
「ウギュウギュウギュエヘエヘエヘ」
お化け達は、みんなその場に立ち止まって、怒りや悲しみを纏った顔で、隼人を待った。
隼人は大きく息を吸い込んで踏み込む。
青空が霧のように広がったように見えた。青い光がその場を覆い尽くした。
気がつけば、そこにはお化けの遺した灰が散っていた。その中で、隼人は俯いていた。
勝平は「やったな」と言おうとして、グッと抑えて、言った。
「お前、『風』に見えるぞ」
「俺は、死神だよ」