ドッキリ仕掛けの帝王編 その2
その日、天条 誠人は、珍しく東日本太陽テレビにお昼のワイドショーのコメンテーターとして、呼ばれていた。
天条のような問題発言の多い炎上系なんちゃって文化人が、お昼の生放送のワイドショー番組のコメンテーターを任される事は、ほぼない。
スポンサーとの兼ね合いもあるし、本来なら、まぜるな危険なそんなミスキャスト、ギャンブルだとしても、キー局がやるわけがないのだが、天条本人は、それを別段、不自然だとも思わず、受け入れていた。
名門大学の学生の大麻使用、政治家の裏金問題、大物芸能人の性的スキャンダルに対し、天条は、舌鋒鋭く突っ込む事もなく、コメンテーター仕事の多い芸人の竹川がテレビで言っていた「コメンテーターは、爪痕を残そうとせず、普通のことを普通に言えばいい」のマニュアルに従い、当たり障りのない事ばかり言って、卒なく、こなしているつもりでいた。
しかし、一つのニュース速報が、彼の平常運転の日常をがらりと変えることとなる。
「今、入ったニュースによりますと、芸能活動休止中だったアーティスト兼俳優の横山美学さんが、都内某所にある自宅マンション内で自殺しているところを担当マネージャーに発見されたとの事です。警察の発表によりますと、すでに心肺は、停止しており、死後、三時間以上が経過してるとの事です」
フリーアナウンサーの草根 誠一が、そう緊急原稿を読み終えた時、天条 誠人は、あきらかに顔色が翳った。
「いったい、何があったんでしょうね?」
と経済評論家の帝国技術経産大学教授の岸田 学がコメントとした後、番組MCである草根は、当然、
「横山美学さんと言えば、つい最近、傷害事件を起こし、被害者である天条さんと示談、和解したばかりですが、天条さん、その後、故人とは、交流は、あったんですか?」
と天条に話を振る。
「いえ、記者会見以降、会っていません」
と天条は、嘘をつき、それ以降、コメントに詰まる。
そして、さらなるニュース速報が入り、余計に困る事になる。
「ただいま、時間指定配信により、横山美学さんのYoutubeが更新されたそうです。その映像では、自殺に至った経緯が語られているそうです。え?その映像に切り替わる?」
スタッフに渡されたさらなる緊急原稿を読み終えた草根 誠一が、緊迫した面持ちでスタッフとやりとりする。
「番組の内容を変更して、その横山美学さんのYoutubeを全編ノーカットで、今から放送、致します。どうぞ」
草根 誠一が、そう言うと放送画面がスタジオから切り替わり、げっそりと痩せ、灰色のスウェット姿の横山美学が映る。画面に映った暗い室内は、どうやら、横山美学の自宅のタワマンの室内のようだ。
「どうも、皆さん、こんにちは。横山美学です。今回、私が自殺に至った経緯ですが、それは、天条誠人が私に催眠術をかけたからです」
スタジオが騒然となり、スタジオ中の視線が天条に集まる。
画面上の美学は、喋り続ける。
「彼は、私に催眠術をかけ、私の自信を根こそぎ奪っていきました。彼の催眠術により、人格を変えられた私は、大変、臆病な人間になり、以前のように芸能活動をする事は、困難になりました。私は、他の催眠術師に何人もお願いして、人格を元に戻そうと努力しましたが、ついに私の人格は、以前の通りには、戻りませんでした。この極端に臆病な性格では、芸能活動は、おろか他の仕事もできそうにありません。こんな臆病な自分のまま、生きていても、人生を楽しめそうもありませんし、私は、死のうと思います。それでは、皆さん、さようなら」
美学のYoutubeが終わると画面が再び、スタジオへと切り替わる。
「あんた、これ、どういう事なん?ほんと、やったら、自分、えげつない事してるで」
草根が関西弁で天条に詰め寄る。
スタジオ中が天条に非難の目を向ける。
「ちょっと、皆さん、勘弁してくださいよ。催眠術ぅ?いったい、なんのことですか?私は、そんなもの、使えませんよ。極普通の人間です。これは……。これは、彼の私に対する個人的な復讐だ。例の傷害事件で私を逆恨みして、こんなことを。まったく、馬鹿げている。催眠術なんて。死を盾に世間に、そんなホラ話を信じさせようとするなんて……、彼は、まったくの詐欺師だ。ねぇ、そうでしょう?皆さん?」
天条の言葉に答える周りの者は、いない。
皆、陰惨なものを見る目で黙っている。
天条は、苦笑いのまま、固まった。
「クックックッ、困ってる。困ってる」
と遠くのスタジオブースでその様子をモニタリングしているサトシ・ナカムラは、キツネ笑いする。
「さすがっすけど、いいんすか?生のワイドショー番組ジャックして、こんな事して」
とサトシ・ナカムラの右隣にいる椎馬は、訊いた。
「いいんだよ。今日の新聞のテレビ欄には、ちゃんと本日は、番組の内容を変更して、サトシ・ナカムラによる特別ドッキリ番組を行いますって、書いてあるんだから。もっとも、今どき、新聞なんて天条も含めて、誰も読んじゃいねぇだろーがな。ヒッヒ」
サトシ・ナカムラは、イタズラが成功した子供のように、心底、楽しんでいる。
その左隣には、横山美学が、酷く怯えた表情で立っていた。
そう、横山美学は、実際には、自殺などしていない。
天条によって、臆病者に変えられた横山美学には、自殺する度胸など、なかった。
自殺した者を賛美するつもりはないが、自殺など、ちょっとやそっとの精神力で実行できるものではない。
横山美学に自殺など不可能なのだ。その事に彼を臆病者に変えた天条自身が気づいていなかった。
すべては、サトシ・ナカムラが仕掛けたドッキリだったのだ。
そうとは、知らず、
「僕が催眠術師だと言うなら、証拠を出してみろ!証拠を!」
と弁明にならない弁明を繰り返す天条。
さながら、サスペンス劇場の犯人だ。
「証拠を出せよ!証拠を出せって、言ってるだろーが!」
吠える天条に対し、サトシ・ナカムラは、冷静に
「なら、その証拠を今から、作ってやるよ」
と言い、
「第2セクションに移ってくださーい」
とマイクのカフスをONにし、どこかに指示を出す。
その瞬間に、草根や天条や他のコメンテーターがいるスタジオに、目出し帽を被ったスーツ姿の男達が、マシンガンを上に向け、乱射し、入ってくる。
マシンガンは、もちろん、映画などで使う偽物で、これもサトシ・ナカムラの仕掛けたドッキリのうちである。
「キャー!!」
と台本通りに悲鳴を上げるアシスタントの女性アナウンサー。
「我々は、美学教団の者だ!」
と目出し帽を被っている者のうちの一人が言う。
「我々が神と崇める美学様を死に追い詰めた悪魔である天条を我々は、成敗しに来た!」
と高らかに宣言し、目出し帽の男達は、銃口をスタジオにいる出演者全員に向ける。
「しかし、天条!貴様が悪魔である事を証明せずに、貴様を始末すれば、我々は、ただの殺人者になってしまう!貴様が悪魔の力をテレビで晒せば、他の者の命は、助けてやる!が、貴様が、なんの力もないフリをこのまま続けるならば、一人ずつ他の者達を我々は、射殺していく!」
「なんでやねん!俺ら、関係ないやろ!」
草根が両手を上げながら、余計なアドリブを入れる。
「さぁ、どうする?天条。貴様が10秒以内に力を発揮し、我々を止めなければ、我々は、まず、この女から射殺するぞ!」
目出し帽の男の一人が銃口を女性アナウンサーのこめかみに当てる。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」
天条は、10秒経とうが、何秒経とうが、涼しい顔のまま、何の力も使わなかった。
「さすが、悪魔だ。薄情な性格をしている」
目出し帽の男は、女性アナウンサーを撃たなかった。当然だ。そんなことをすれば、銃が偽物だとバレてしまう。
天条は、無言で目出し帽の男を睨む。
その様子をモニタリングしていたサトシ・ナカムラは、ちっと舌打ちした後、
「天条、お前の化けの皮を俺が剥いでやるよ。カメラの前で力を使わせ、お前を社会的に抹殺してやる」
と目をギラつかせ、
「第3セクションに移ってくださーい」
と冷静な口調に戻って、マイクのカフスをONにし、また、目出し帽の男達に指示を出した。
指示を出された目出し帽の男のうち一人が、持っているスマホの画面を天条に向ける。
瞬間、天条の瞳孔が開く。
スマホの画面には、椅子に縛られ、猿ぐつわをはめられているえびすヒロ子の姿が映っていた。こめかみには、銃口が押し当てられている。
「10秒以内に力を使って、止めてみろ。でなければ、彼女が死ぬ」
天条は、スマホの画面に向かって、
「死ね」
と命令したが、何も起きない。
「10」
「死ね」
「9」
「死ね」
「8」
「死ね」
「7」
「死ね」
「6」
「死ね」
「5」
「死ね」
「4」
「死ね」
「3」
「死ね」
「2」
「死ね」
「1」
「死ね!死ね!死ね死ね!死ね死ね死ね死ねぇええ―!!!!」
天条は、スマホの画面に向け、幾度も死ねと命じたが、結局、死んだのは、スマホ画面上のえびすヒロ子に銃口を向けている男ではなく、
―パンッ!―
スマホ画面上のえびすヒロ子だった。
ぐったりと身体を縛られたまま、傾け、白目を向け、こめかみから血が一筋流れる。
「ゔぁああぁおぁあおああ!!!」
天条 誠人は、その場に崩れ落ちて、地面を強く叩いた。何度も何度も。
「ヒャハハハハっ!!!」
その様子をモニタリングしていたサトシ・ナカムラは、腹を抱え、身をよじらせ、笑っていた。
「ちょっとサトシさん!えびヒロ、本当に死んでるじゃないっすか!こんなの聞いてませんよ!シャレになりませんよ!」
ひどく動揺し、うろたえていたのは、なんのドッキリの内容も聞かされてなかった椎馬だった。
サトシ・ナカムラは、
「ヒッヒッヒッ」
と笑いをトーンダウンさせ、落ち着かせた後、
「ばーか。あれは、うちのサトシプロで雇ってる大学生に作らせたディープフェイクだ。本当に殺すわけねぇだろ。これは、ドッキリだぞ」
と言った。
「え?ディープフェイクって事は、今のフェイク動画?って事は、えびヒロ、死んでないんすか?」
「あったりめぇーだろ」
サトシ・ナカムラは、笑って、椎馬の背中をバンバンと叩いた。
「よかった~」
と椎馬は、腰を落とす。
「問題は、ここからだな。ここまで、精神的に追い詰めりゃ、奴もカメラの前とか関係なく、キレて、能力を晒すはず。さぁ、どう出る?天条」
サトシ・ナカムラは、勝負師の顔つきでモニターを覗う。
その時には、すでにモニター内で目出し帽の男達同士によるマシンガンの撃ち合いが始まっていた。もちろん、偽物の銃なので、誰も死なない。
「どういうことだ?空砲?」
と言って、天条は、涙を垂らし続けながら、右手を前に伸ばし、強く握った。
すると、目出し帽の男達全員の動きが止まり、その全員が受け身も取らずに、その場に倒れた。
それを見て、サトシ・ナカムラは、
「やりやがったな。これで、社会的抹殺完了ぉ〜。化物に生きる場所な〜し」
と声を弾ませ、2個めのマイクのカフスをONにする。
「見〜ちゃった、見〜ちゃった。けぇ〜さつに言ってやろぉ〜」
というサトシ・ナカムラの声は、スタジオにいる天条 誠人に音響機材を通して、大ボリュームで聞こえる。
「その声、サトシ・ナカムラか。すべて、お前の仕業か」
天条は、なんとなくスタジオの上の方を見ながら、喋る。
それをスタジオカメラマンが撮る。
「今、カメラでお前が能力を使うところを撮ったからな。全国に流れてるからな。お前、もう、この国で生きてけねぇよ。癇癪でそんな凶悪な能力、使っちゃな〜、もう、ヴィラン決って〜い」
サトシ・ナカムラは、大人とは思えない程、声が弾んでいる。
「問題ない。証人なら全員、殺す」
一方、天条の声は、先程の涙が嘘のように、冷ややかで落ち着いている。
「ば〜か、だから、全国に放送されてんだっつ〜の。どうやって、視聴者全員、殺すんだよ〜」
「問題ない。今、さっき、見せたろ?心臓に動くな、と禁則事項を与えて、止めてしまえば、人なんて、簡単に死ぬ。それが、俺の能力だ。わかってて、やらせたんじゃないのか?」
天条は、倒れた目出し帽の男達を差して、言う。
「嘘だね〜。どうせ、催眠術で眠らせただけだろ〜」
サトシ・ナカムラの声は、弾んでいながらも、じんわりと焦りの色が滲み出す。
「嘘じゃない。なんなら、お前でもう一度、試してみるか?」
天条にそう聞かれても、今さら、サトシ・ナカムラは、折れられない。
「ば〜か。俺は、そこから、何キロも離れたスタジオブースにいるんだっつ〜の」
「距離は、問題じゃない」
「ば〜か。だから、視聴者が見てるんだって。殺人罪でパクられてーのか」
「だから、証人は、全員、殺す」
「ば〜か。視聴者全員、殺すなんて、無理だべ」
「数は、問題じゃない」
そこまで言われるとさすがに強心臓のサトシ・ナカムラも息を飲む。
「サトシさん、やばいですって。あいつなら、やりかねませんって。俺、逃げますからね」
椎馬は、そう言って、その場から逃げ出した。
「あの僕も逃げさせてもらいますよ。僕にかけられた催眠術を解いてくれるよう奴に交渉してくれる約束で協力したんですからね」
逃げようとする横山美学の手首をサトシ・ナカムラは、「お前は、残れ」と掴む。
「共犯だろ。地獄に落ちるなら、一緒だろ」
「そんなぁ〜」
美学は、以前では、ありえない情けない声を出す。
サトシ・ナカムラは、マイクに向かって、強い口調を使って、言う。
「あのなぁ、ホラ吹きジョー。お前に、もし、そんな能力があるならぁ。どうして、タレントなんかやってんだって、話だぜ。俺なら、そんな無敵能力あったら、タレントなんかやらずに帝王になるね」
「世の中には、息を潜めて、ひっそりと暮らしたい人間もいるんだよ。ほんのちょっといい想いをしようとしただけなんだ。ほんのちょっといい想いをしようと顔を出した瞬間に、こうなっちまった。俺の人生計画が狂っちまった。全てが台無しだ」
天条は、右手を前に出し、強く握り締めた。
その後の事について、椎馬は、十年後のインタビューでこう答えている。
「俺?その後って、どの後?ああ、逃げ出した後?とにかく、走れるだけ遠くに走って、あとは、しゃがみ込んで、目をつぶって、耳をふさいで、じっとしてたよ。三時間ぐらいに感じたけど、実際は、30分?そんなもんかな。サトシさんのことが心配になってよ、いや、死んでるかどうか確認したかっただけだよ。実際はね。俺、死んでなかったわけだし。まぁ、死んでたよ。サトシさんも美学さんも。なんか白目剥くっていうより、虚空を見てるって感じかな。死んだ人間、見たことある?物だね、ありゃ」
その日、えびすヒロ子は、珍しく仕事もなく、昼の3時過ぎまで寝ていたが、携帯電話の鳴る音で目を覚ます。
「んっ、おかん、珍しいなー。なに?テレビ?見てないけど、どないしたん?」
「なんか天条っちゅうひとが、テレビの生放送中に超能力で、たっくさん、人、殺しはったんやて。あんた、知り合いやったんちゃうん?」
「はっ?なに、それ?どうゆうこと?もっかい、言うてくれ、おかん」
その日、草根 誠一のお昼のワイドショーを模したサトシ・ナカムラのお昼の緊急生放送ドッキリ番組を地上波とサトシ・ナカムラのYoutubeチャンネルの生配信で見たのべ2500万越えの人間が死んだ。それに加えて草根 誠一とアシスタントの女性アナウンサー、天条以外の当番組に出演していたコメンテーターと当番組のスタッフ、目出し帽の美学教団の男達5人とサトシ・ナカムラと横山美学が死んだ。
当番組を生放送や生配信で見ていない録画したものを見た視聴者は、死ななかった為、天条 誠人の犯行が発覚。
天条 誠人は、殺人罪で普通に警察に捕まった。