芸能界最強の男編 その2
深夜に執筆作業を終えた天条 誠人は、自らのSNSアカウントにダイレクトメールが届いている事に気づき、内容を見て、確認する。
一番に目に飛び込んで来たのは、下着姿の女性の画像だった。
なんだ、またエロサイトへの釣りか、と画面を閉じようとした天条だったが、その下着姿の女性をよくよく見て、指が止まる。瞳孔が開き、唾を飲み込む。じわっとこめかみあたりが、熱くなる。
画像と共に添付された文面を読み、冷静さを失う。パジャマ姿のまま、スリッパも靴も履かずに裸足で自宅の外へ飛び出し、玄関の鍵も掛けずに、暗がりの街中を駆け出す。
喉から鉄分の味、すっぱいものが胃から這い上がってくるほどの体重80キロの無理な激走で、肩で息をしながら、ふらふらの足取りで、天条は、呼び出された港区の立体駐車場に辿り着く。
そこには、トラクターを背に横山 美学が、待ち構えていた。
「ヒロちゃんは、どこだ!?ヒロちゃんに何をした!?」
焦りの色を隠さない天条に美学は、満足そうな薄ら笑いを浮かべて、指を鳴らした。
すると、後ろのトラクターのトラック部分が、観音開きの縦向きに大きく開き、巨大なショーケースが現れ、その中には、下着姿のえびすヒロ子と屈強な外国人プロレスラーのような体つきの黒のブーメランパンツ一丁の覆面をつけた男達が何人も満員電車のようにいた。
その男達は、モモタロウずカンパニーという何をやってるかわからない会社の社員達だったが、天条の目から見ると、ただの汁男優にしか見えなかった。
「お前が来るまでの間、たっぷりと楽しませてもらったぜ」
「美学、てめぇ……」
天条は、顔を真っ赤にして、怒りで震えだす。
その時の事について、のちにえびすヒロ子は、インタビューでこう答えている。
「美学達に何をされたかって?わっち、何もされてへんよ。ただ天条を懲らしめる為に下着姿でトラックに乗っといてくれって言われて、その通りにしてただけじゃ。携帯でその姿、撮られたけど、後でちゃんと消してくれたし。え?なんで、そんな美学に協力的かって?だって、彼、超絶イケメンやん」
しかし、そんなことなど知らない当時の天条は、大事な人を汚されたと憤慨し、同時に守れなかった自分を情けなく思い、侮辱に塗れていた。
ここまでは、美学の天条に対する復讐は、成功していたと言っていい。
しかし、それは、ここまでは、である。
「美学、テメェは、超えちゃならねぇ一線を超えたぞ」
天条は、ものすごい形相で美学を睨んで、前進する。
「おっと、余計なことは、するなよ。お前が、ほんの少しでも、俺を攻撃したら、えびヒロには、もっとひどい目にあってもらう。お前は、ただ無抵抗に俺に痛めつけられて、今日、ここで死ぬんだ。嫌だったら、抵抗してもいい。その場合、えびヒロは、助からない。好きな女か自分か、どちらを選んでも、お前には、地獄が待っている。もう、法律なんて関係ない。俺は、お前にこの世で最大の苦しみを与えて、始末できれば、それでいい」
「下衆野郎がぁ……」
天条は、犬のように喉を鳴らして、そう言うと歩みを止めた。
抵抗しないのか。できないのか。降参するのか。 美学は、天条の様子をようく目で舐めつけると舌舐めずりして、
「ヘヘっ」と笑い、近づいていく。
天条は、そこで指をぱちんと鳴らす。
美学は、椎馬から聞いていた天条の催眠術を警戒して、動きを止めた。
前回は、話に聞いていただけで、結局、見る機会がなかった天条の催眠術とは、いったい、いかようなものなのか。
しかし、美学の身体には、なんの変調も現れない。
催眠術など、やはり、ただのはったりかトリックの類で精神が強靭な自分には、効かないのか。
美学は、ふっと笑って、再び、天条に近づこうとする。
そこで異変が起こる。
「うわっ!」「ぎゃっ!」と呻き声や叫び声が、美学の後ろから、立て続けに聞こえだしたのだ。しかも、それは、止まる気配を見せないどころか、破戒音を加えだす。
美学は、目の前の天条を放って、振り向くしかなかった。
すると、美学が金で雇ったモモタロウずカンパニーの社員がトラックの中から次々と悲鳴を上げながら、逃げ出していた。
逃げ遅れた者は、トラックの中で縦横無尽に振り回され、壁や床に叩きつけられていた。
ほぼ覆面プロレスラーのモモタロウずを襲っている者の姿は、見えない。動きが速すぎて見えないとかではない。
その者は、姿を持ってない。姿がない。透明とかでもなく、別の空間にいる化物が暴れまわっているようだった。
美学は、襲われている者達を基準になんとかその化物の輪郭なぞろうとした。すると、空気の微妙な歪みから、その見えないはずの化物の姿がぼんやりと把握できた。
見たことのない獣の頭部をしており、身体は、人間のようでもあるが、屈強過ぎる。モモタロウずなど相手にならない筋肉量をしており、サイズ感がもはや、人間ではない。
とにかく、化物であることだけが、ようくわかった。
その化物は、えびすヒロ子のみを何故か攻撃せず、えびすヒロ子は、自分の周りで何が起きてるかわからず、ぽかんとしていた。
ショーケースは、すでにバキバキに壊れてしまっている。
「みっみんな、騙されるな!これは、催眠術だ!こんなの現実なわけが、ねえ!」
覆面を被り、黒のブーメランパンツ一丁になり、モモタロウずに混じっていた椎馬が腰を抜かしながら、言う。
そうか、これが天条の催眠術か、と美学は、思ったが、
天条は、「ふはっふははははっ」と笑い出す。
「こんなの催眠術なわけがないだろう。どうやって、この距離から催眠術で人を傷つけるんだ?」
確かに、天条とトラクターには、間に美学を挟んで、10メートル以上の距離がある。
ここから、遠隔でどうやって、催眠術で人を掴んで壁や床に叩きつけるというのか。
「嘘だ!お前の能力は、催眠術のはずだ!だから、これは、全部、幻だ!」
覆面を被ったまま、椎馬は、トラクターから這い出て叫ぶ。
「おいおい、一人、一能力なんて少年漫画の世界だけだぜ。これは、俺のもうひとつの能力、守護霊だ。守護霊は、常に俺を守ってくれる。俺に危害を与える者を攻撃してくれる」
天条 誠人は、のちに守護霊の能力について、えびすヒロ子にこう語っている。
「僕が以前、うかっり一度、死んでしまったことは、もう話したろ?その時、息を吹き返した時、生き返った時、僕の魂は、すべては肉体には、戻らなかった。戻ったのは、半分だけ。もう半分は、肉体に戻れず、霊体となった。そして、悪霊になり、強力な力を持つ透明な化物と化した。そして、その化物は、僕を守ってくれている。いつか、戻る自分の大事な肉体をね」
そんな説明など受けていない美学達は、未知の能力にただ恐怖した。
天条は、美学の動揺・パニックが収まらぬうちに、美学のすぐ目の前まで近づいた。
そして、右ストレートを美学の鼻面にぶちかました。
美学は、避けられず、鼻血を出し、顔をがくっと落とし、後ろに後退した。
動揺していたせいだけではない。天条の右ストレートは、フラッシュジャブのように、とんでもなく速かった。
「お前、格闘技未経験者じゃないのか?」
美学は、鼻血を出しっぱなしで訊いた。
「ふん、未経験者に決まってるだろ。ちょっとしたトリック。自己暗示さ。自分に催眠術をかけて、運動能力を底上げしてるんだ」
「そんな力があるなら、どうして、あの時、使わなかった?ガーディアンとやらにしても、そうだ。あの時、ガーディアンを使えば、楽に俺に勝てたはずだ!」
「アリ一匹、潰すのに、いちいち核爆弾を使ってたら、世界が破滅しちゃうだろ?」
天条は、あきらかに美学を見下した目つきを見せる。
「ばかにしやがってぇええ!!」
美学は、天条に殴りかかろうとしたが、殴れなかった。
天条が指を一本立てた瞬間に、美学の動きは、すべて、強制的に停止してしまったのだ。
天条は、ゆっくりとしたわざとらしいくらい落ち着いた口調で、美学の耳もとで囁く。
「俺の催眠術は、な。簡単に言うなら、主に対象となる人に禁則事項を作る能力だ。例えば、眠れという命令は、起きている状態を禁止する行為、禁則事項にすることになるから、催眠もかけやすい。お前には、どんな禁則事項をかけてやろうか。どうすれば、お前を殺さずに最も苦しめることが、できる?まず、こうしよう。お前には、今後の人生において、すべての暴力行為を禁則事項にしよう。そうすれば、今後、お前が無闇やたらに人を傷つけることが、なくなるからな。そして、そうだな。お前は、いつも偉そうなところがある。上からものを言ってて、正直、鼻につく。それが、お前のアイデンティティなのかもしれないが、そのお前の人格を俺は、消そう。お前は、これから、一生、上からものを言うな。自信を持つな。勇気を持つな。ひたすら、低姿勢に他人に一生、怯えて暮らせ。世界一の臆病者になれ」
「や、やめろぉーーっ!!やめてくれ!やめてください!
ああ、嫌だ!嫌だ!こんなの僕じゃない!僕じゃない!僕じゃないはずなんです!ごめんなさい!!あぁああぁああ!!」
美学は、泣き崩れ、土下座をしたまま、その場から動かなくなる。
その時の事を振り返り、10年後のインタビューで椎馬は、こう答えている。
「その後の美学さんですか?悲惨でしたよ。何をするにもビクビクしちゃって、芸能活動を続けられる状態じゃなくなちゃって、メディアから完全に引退ですよ。でも、美学さんのおかげで阿保な俺でも、わかったんすわ。天条は、カメラの回ってるところでは、能力を使わないって。天条が能力を大胆に使ってる時って、俺の時も美学さんの時もいつもカメラや人目につかない場所なんですよ。それを俺がサトシさんに伝えたことで、ああなちゃって、正直、責任、感じますよ。2500万人も死んだんですもんね。ああ、つい言いすぎちゃった。今のオフレコで」