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ねこたちとちーちゃん  作者: 爺、増田
6/6

恐怖のハシビロコウ パニック

 それは、ねこの学校の父兄参観日の出来事でした。


 2時限目の“甘え方”の授業でシャーム先生が教壇に手を置き、言いました。


「人間はねこに甘えられる事が、とにかく好きです。」


「“ゴロゴロ”言われたり、“スリスリ”されたりすることが大好きなのです。」


「そこに甘えた鳴き声を加えることを“甘え方3点セット”と、言います。」


「鳴き声には個人差があるので、持って生まれた才能もありますが、練習して少しでも上達出来るように頑張りましょう。」


「それが、これからやる授業の目的です。」


 シャーム先生は、簡単な授業の説明をしました。


「この授業をするにあたり、初めにみんなの鳴き声を知っておく必要があります。」


「さっき言った通り、鳴き声は生まれつきの才能がほとんどですが、少しでも上手くなるためにアドバイスをします。」


 シャーム先生はそう言って1匹づつ鳴くように言いました。


「タマさん、精一杯甘えた声で鳴いてください。」


 タマさんが、鳴きました。


「ニャー」


 抑揚のないなんということもない、鳴き声です。


「続けてショコラさん。」


「ナー…」


 少ししゃがれた鳴き声ですが、気持ちがよく込もっていて、なかなかいい鳴き声です。


「みーくん。」


「にゃーん」


 かわいらしい声です。


 このような感じで、いよいよ10番目のこむぎの番がやって来ました。


「こむぎちゃん。」


「…クルルルッ…」


 小鳥の囀りのような素晴らしい鳴き声が、教室中に響き渡りました。


 僕は聞き慣れているとはいえ、改めて(かわいらしいなぁ…)と、思いました。


 先生も含めてクラス中が水を打ったように静まり返り、そのあとに盛大な拍手と歓声が巻き起こりました。


「何が起きたのかわからない」と、云うように、こむぎはオロオロして右や左を見ていました。


「ブラボー。」


 シャーム先生が手を叩きながら称賛しました。


「これ程素晴らしい鳴き声は、聞いたことがありません。」


 僕は“父兄”として、とても誇らしく思いました。


「こむぎちゃん。ちょっと前に来て、もう一回鳴いてみてちょうだい。」


 シャーム先生に言われて、こむぎは教壇の前に立ちました。


「あら、こむぎちゃんじゃなくて、“くん”だったのね。」


「いつも赤い長靴とランドセルだからてっきり女の子だと思い込んでたわ。」


 こむぎはシャーム先生をみて頷くと、皆の方を向いて鳴きました。


「クルルルッ…」


 再び拍手と大歓声が起こりました。


 しかし、直後にザワザワと教室の中が騒がしくなりました。


 黒板に向かって左側の前後に廊下へ出る扉があり、その扉の間を、校庭が見渡せる窓が並んでいます。


 廊下の向こうの一段降りた所がコンクリートで出来た土間になっていて、すのこ板と各教室の下駄箱が置いてありました。


 下駄箱の向こう側には、傘立てがあり、その辺りまでひさしが伸びていて雨に濡れないようになっています。


 その先は、もう校庭です。


 みんなそっちの方向を見ています。


 見ていなかったねこもみんなに釣られるように、次々と外を見ました。


 もちろんシャーム先生も…。


 今まさに1羽の大きな鳥が“バサッバサッ”と、羽音を響かせて校庭の真ん中辺りに降りる所でした。


 ねこは聴力が良く、その大きな羽音に気が付いたようです。


 僕達人間の父兄達はしばらくの間、何が起こっているのか全く気が付きませんでした。


 今から何年も以前に、人間の子供の保育園にペリカンが毎日どこからともなく1羽でやって来て、「ペンタ」という名前をつけてもらって園児達と仲良くしていたという、なんとも微笑ましいニュースがありました。


 今現在も千葉県の印旛沼には、もう20年以上も住み着いていて漁師さんと一緒にボートに乗って漁に行く野良モモイロペリカンの「カンタくん」と、いうペリカンもいます。


「ペリカンだぁ~」


 こむぎの仲良しの「みーくん」が走り出しました。


 たしかに頭が大きくクチバシが長く、大きな翼はペリカンにそっくりです。


「みーくん」もTVで観たことがあり、そう思ったのでしょう。


 しかし、何かが変です。


 ペリカンと言えば、桃色とか白色とかの明るい色が代表的な色ですが、その鳥は灰色だったのです。


 みーくんが、駆け出したのに気付いて、シャーム先生は“ハッ”として、「ちょっと待って…」と言いかけました。


 みーくんが、笑顔でその鳥の前に行き、「ペリカンさん、こんにちは」と言った瞬間です。


「パクッ!」と、大きなクチバシを開けてその鳥は、みーくんを一飲みにしました。


「キャーッ!!」と、それを見たシャーム先生が、悲鳴をあげました。


「ハシビロコウよ!みんな逃げて!!」先生は大声で叫びました。


 ハシビロコウは何時間も動かず水面を見続けて肺魚を待ち伏せすることが有名です。


 しかし、日本には肺魚がいないので、野良のハシビロコウは積極的に動いて小動物を襲う事にしたのでしょう。


 ねこは大きすぎず、小さすぎず丁度いいサイズみたいです。


 しかもねこの学校に行けば苦労して探さなくてもねこがウジャウジャいるわけですから学校を見つけた時は、さぞや心が踊ったことでしょう。


 みーくんを一飲みにしたハシビロコウはそのまま頭だけをこちらに向けると、悪い顔をしてニヤリと笑いノシノシと1年生の教室の方へ歩いて来ました。


 その二足歩行の前傾姿勢は、まるで映画で観たティラノサウルスそっくりでした。


 フォルムも良く似ています。


 鳥は恐竜の生き残りという説もおそらく本当の事だと思います。


 ハシビロコウの突進を止めようと、体格のいい父兄の一人が立ちはだかりましたが、呆気なく弾き飛ばされてしまいました。


 もうハシビロコウの目にはねこたちしか映っていません。


 恐ろしい捕食者の顔をした、化け物の様な大きな鳥は、廊下を横切り、窓を突き破り教室に入るや否や、またねこを一匹一飲みにしました。


 シャーム先生です。


 先生は前と後ろの扉から生徒達を逃がそうと、少しでも時間を作るためハシビロコウの前で気を惹きました。


「こっちよ!こっちに来なさい!」


 その声と大きなアクションに惹かれて、ハシビロコウは前後にある扉の間の窓を突き破りました。


 しかし、まさか、これ程の勢いだとはシャーム先生も思いませんでした。


 衝撃があまりにも凄くて、飛び散ったガラスや窓枠で先生は吹き飛ばされてしまいました。


 悶絶した先生は慌てて立ち上がろうとしましたが、足がガタガタ震えていうことを聞いてくれません。


 先生の尊い犠牲…そのわずかな瞬間に、前後の扉から数匹のねこたちが教室から外に逃げ出す事ができました。


 その他の逃げ遅れたねこたちは悲鳴をあげて、袋小路になった教室の中を逃げ惑うしかありませんでした。


 僕は咄嗟にこむぎに覆い被さり、倒れて散乱している机の下に潜り込みました。


 ハシビロコウは教室の中を逃げ惑っているねこたちを大きな翼を目一杯広げ、逃げられないようにして、教室の奥の角に追い詰めて行きました。


 人間は口に入らないために、”食べ物にはならない“と、判断したらしい、ハシビロコウは逃げ惑うねこたちを泣き叫ぶ父兄達の前で一匹また一匹と飲み込んで行きました。


 僕とこむぎは息を殺して、机の下に隠れていました。


 僕の胸ににしがみついた格好のこむぎはガタガタ震えていました。


 その時、ふ、と、こむぎの胸の毛が目に入りました。


(こんな時に何を考えてるんだ。ダメだダメだ。)考えとは裏腹に、僕は“スーハースーハー”と、こむぎのお腹の柔らかい毛を嗅ぎ、そして吸いまくりました。


 こむぎは嫌がって僕の頭を両手(両前足)で“ガシッ”と、掴むと両足(後ろ足)で、僕の顎をケリケリしました。


 僕が“ハッ”と、気が付くのと最後の一匹をたいらげたハシビロコウが振り向いて僕達に気が付くのとほぼ同時でした。


 ハシビロコウは父兄達の泣きわめく阿鼻叫喚の教室を、僕とこむぎの方へ向かって“ノシノシ”と歩いて来ました。


 ティラノサウルスのように…。


 僕とこむぎが“アワアワ”していると、パトカーのサイレンが鳴り響きました。


 いぬの警察官が“ドッ”と集まりました。


 パトカーだけでも、5~6台は駆けつけました。


 まだまだ、やって来るでしょう。


「止まれっ!動くなっ!」


 警官達が一斉に銃を構えました。


 野良ハシビロコウは(なんだかよくわからない)と、いった感じで、小首を傾げました。


 元々、遠い国の鳥なので言葉が通じなかったのではないでしょうか?


 そのままハシビロコウは、僕とこむぎの方へ向かって近づいて来ました。


 校庭から見ると、左奥から、右手前に向かって歩いて来ました。


 その時です。


 “パーン”と乾いた音がしました。


 至近距離迄来て、拳銃を構えていた警官が、撃ったのです。


 22孔径とはいえ、至近距離からの頭への一撃です。


 ハシビロコウは静かに崩れ堕ちました。


 その姿を見て、父兄の一人が倒れて動かなくなったハシビロコウに駆け寄り、「タマ~タマ~!!」と、泣き叫びました。


 すると、どうでしょうパンパンに膨らんだハシビロコウのお腹が“モゾモゾ”と、動きました。


 それを見て、タマの飼い主は驚いた顔をして、次の瞬間、警官達に向かって大きな声で叫びました。


「まだ生きてる!!早く出して!!」


 諦めてうなだれていた、警官達は、突然の希望に顔を上げるとハシビロコウの腹を裂く者や大声で救急車を呼ぶ者や担架の用意をする者等キビキビ連携を取り、汗を滴らせながら救助に没頭しました。


 ハシビロコウの口には歯がなく、丸飲みであったことと、ごく短時間で事件が起きたこと…主にこの2点が要因で大きな怪我もなく、消化されることも窒息することもなく食べられたねこたちが皆助かったと評価されました。


 しかし、僕の考えではあと一つねこだからこその秘密があると思います。


 それはねこならではの、身体の柔らかさです。


 そのお陰で、次から次にねこたちが飲み込まれて行っても、骨折とかの大きな怪我はなかったと思います。


 飲み込まれたねこたちは、念の為救急搬送され異常がないかどうか検査入院しました。


 シャーム先生の身を挺しての勇敢な行動は父兄たちや生徒達によって証言され、美談として度々ニュースで紹介されました。


 今回は被害者が一人も居なくて、教室の修理も寄付金で賄われました。


 唯一、可哀想な野良ハシビロコウを除いて…


 どういう理由かは分かりませんが、おそらくどこかの動物園から、逃げ出して来たのでしょう。


 ハシビロコウが一番の被害者だったのかもしれません。














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