赤い長靴と赤いランドセル
その年の春は穏やかな暖かい春でした。
こむぎは、僕のプレゼントした、赤い長靴と赤いランドセルを背負って、ぼくとちーちゃんと一緒に、ねこの学校の入学式に出かけた。
少し生意気な所はあるが、こんなにかわいいねこはいないんじゃあないか?
大きくて立派な顔、ねこにしてはやさしい眼は、緑と黄色の間を行ったり来たりしていてどことなくミステリアスだ。
そして、淡い、ベージュといってもいいような、茶トラ(ミルクティーと言うらしい)。
更に“ くるるるっ ”というあのとんでもなく可愛らしい鳴き声。
ちーちゃんは僕が電話をかける度に、こむぎのケージが置いてある小屋を訪ねる。
すると“ガラガラッ”と、ちーちゃんが扉を開けて姿を見せる度に、こむぎはそれは嬉しそうに“ くるるるっ ”と鳴き声をあげる。
それを楽しみにする僕が、まいどまいど歓声をあげるので、ちーちゃんは僕から電話がかかる度に毎回、小屋まで行かなければならなかった。
裏口から庭に出て携帯電話で話ながら“ガラガラッ”と、扉を開けると、“くるるるっ!くるるるっ!”と、嬉しさを全身に込めて、どうしたら一番嬉しさを伝えられるのかもどかしいことこの上無いような甘えた声を出す
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入学式はねこの学校の体育館で行われた。
立派な髭を蓄えた、ヨーロッパオオヤマネコの校長先生が「エヘンエヘン」と言いながら、新入生を歓迎する挨拶を伝えると、一クラスしかない新入生たちは、教室へと移動した。
「はーい。では今日からこの12匹がクラスメイトとなります。」
アイシャドーが少し濃い目のシャーム先生が教壇で喋ります。
「1人も欠けることなく、卒業するまで仲良くやっていきましょうね。」
父兄(飼い主)は教室の一番後ろで話を聞いています。
「ここにいるということは、皆さんも漏れなく保護者がいるということですね」
続けてシャーム先生はこう言いました。
「私達ネコ科の動物は他の動物と異なり・特殊な能力が、いくつかあります」
「身体的なことで言うと、とても身が軽く身体が柔らかく木どころか訓練次第では、壁でも軽々と上れるようになります」
「そして胸、お腹、など裏側の毛や肉球などのとんでもない柔らかさです」
「これらの触り心地を人間が一度でも味わうと、見ただけでその毛の柔らかさを思い出してうっとりしてしまいます」
「この現象を“パブロフの人間”と言うのは有名な心理学用語なので覚えておいてください」
「次に、ネコ科の動物の中でも私達ねこは特別に“好き好きビーム”と言う目には見えない光線を出すことが出来るようになります」
ゆっくり瞬きをして、瞳孔を目一杯に大きく開き“くりくり”の瞳にするとシャーム先生は額を指差し、
「今、ココから出ています。」と、言いました。
「ただしこれは人間を操る時に使う技であって、他の猫の目をじっと見ると喧嘩になってしまうので注意してくださいね」
「人間によってはお腹に顔を埋めて吸ったり、匂いを嗅いだりしてうっとりする者もいます」
「私達ねことチーターにしか出来ない、喉をごろごろならすのも効果的です」
「しかも、この音は低周波治療の効果が非常に高く、特に骨折などに効果てきめんで、プロの野球選手やサッカー選手が利用していることでも有名です」
「そして、これは才能があるものに限りますが…鳴き声も凄い効果があります」
「人間がこれに嵌まると、虜となるでしょう」
「つまり私達ねこは、人間を視覚、聴覚、触覚、嗅覚等でメロメロにすることが出来るのです」
「幸福を与えてあげる代わりに、暖かい寝床や美味しいごはんを貰ったり、優しく撫でて貰ったり、ブラッシングして貰ったりします」
「つまり、give and takeですね」
「ここまで聞けば、“人間は悪い心を持っている数少ない種類の動物の一種”だと思い込んで、警戒するのは間違いだと分かるのではないでしょうか?」
「勿論飼い主以外の人間に、無警戒で近づくのは危険ですが、ごく近しい人間にはさっき言ったことを駆使して、皆も快適な“ねこライフ”を送ってください」
(人間が“悪い心を持っている数少ない種類の動物”なんてずいぶん前に解散した、ロック・バンドの曲の歌詞のような辛辣な事を言うなぁ…)
(それに人間の前で操る方法とか話しても苦情とか来ないのかな?)
と、思っているとどうやら普通にねこ語が、日本語に聞こえるのは、どういうわけか僕だけらしい。
後でちーちゃんに話して分かったのだが、校長先生もシャーム先生も「ニャンニャン」としか喋ってなかったらしい。
ともあれ、こうしてこむぎは無事にねこの学校に通うことになった。