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 ぐったりして、俺は制服のまんまベッドに倒れ込んだ。

 あれからどんなふうにして家に帰ってきたのか、ほとんど覚えていない。歩いていたのが通い慣れた通学路じゃなかったら、道に迷っていたかもしれない。それくらい俺は、ぼうっとしていた。

 ユウタに言われた言葉が、頭からはなれない。

『いつもそうなんだ。俺たちと話をしながら、お前だけはずっとさめてたんだ。俺たちとの会話なんて、バカバカしいと思いながら、適当に話を合わせてたんだ。』

 違うよ、そんなことない。そう言えなかった。友達ってのがどういうものなのか、俺にはずっと分からなかった。いつも一緒にいれば友達? 趣味が合えば友達?

 でも、ユウタは俺のこと、友達だって信じてたといった。信じようとしていたって。俺は、ユウタやタケのこと、信じていただろうか……。

「痛っ」

 寝返りを打とうとして、制服のズボンのポケットの中に固いものが入っていたことに気がつく。ケータイだ。

 ポケットから出して布団の上に放り投げようと手にとって、緑色の光が小さく点滅しているのにきづいた。

 着信のサイン。

「中村香織からだ!」

 俺はガバッ飛び起きる。昼に送ったメールの返事に違いない。

 心臓が、ビクン、とはねた。

 いったいどんなメールが来ているんだろう。

 俺は今度こそ、中村香織の感情を、受け止められるのだろうか。もしも受け止められなかったら、どんなことになってしまうんだろう。

 そんなことが頭をよぎる。頭の中がぐるぐる回って、なかなかケータイを開くことができない。俺の手に余るような内容だったらどうしよう。

 このままほっといてしまおうか。ふとかすめたその考えを、俺は頭をふって追いやる。そんなことしたら、また同じことになってしまう。いや、それよりずっと悪いに違いない。

 息を大きく吸って、ケータイを開く。ケータイのボタンを押して、液晶に表示されたメールのアイコンを開いた。


―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: ごめんね。


ううんあたしが悪いの。

ごめん勝手に舞い上がって迷惑だったよね。

あたし何勘違いしてんだって感じ。

もうあんなこと言わないから許して。

あたし涼介くんに嫌われたら生きていけないよ。

ねぇ、嫌いにならないで、お願いだから。

―――――――――――――――――――――――――――


 想像以上に重たい文面に、俺は息を飲んだ。

「ねぇ、嫌いにならないで、お願いだから」

 書かれた文字の重みに、息がつまりそうになる。

 こんなの、いったいなんて返せばいいんだ。

 もう失敗は許されない。きちんと中村香織の期待にこたえて正しい答えを返さないと、事態は悪くなる一方だ。そう思うのに、少しもいい考えがうかばない。

 誰かに相談したくても、相談する相手なんていない。「友達」かもしれなかったユウタやタケとは、気まずくなったばかりだ。

 ――ハル兄に相談してみようか?

 ちらっとだけうかんだ思いに、俺は首をふる。ハル兄は最近、すごく大きな仕事を任せてもらえることになった、って言ってた。今が正念場(しょうねんば)なんだ、って。つまらないことで、ハル兄をわずらわせたくなかった。

 だからといって、返事をしないわけにもいかない。「無言」にどれだけの力があるかは、嫌というほど思い知ったのだから。

『嫌いなんかじゃないよ』

 ケータイにそう打ち込んでみる。まるでドラマの中のセリフみたいではずかしくなったけど、仕方ない。


―――――――――――――――――――――――――――

To: 中村 香織

subject: Re:ごめんね。


中村さんは悪くないよ。

俺は、中村さんのこと嫌いなんかじゃないよ。

大丈夫だから。

―――――――――――――――――――――――――――


 あたりさわりのない、偽善者っぽい言葉。自分で書いていて嫌になる。

 だけど、他に書くことも思いつかない。あきらめて、送信ボタンを押した。

 返事はまもなく返ってきた。


―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: うれしい!!!


本当に?

ありがとう!うれしい!

涼介くんにそう言ってもらえたら、生きていけるよ!

涼介くん以外に心からそんなこと言ってくれる人、誰もいないから。

学校の友達はみんな、口先だけで、本当は全然好きじゃないんだ。

―――――――――――――――――――――――――――


 さらりと、そんなことを言う。あんなに「友達づきあいが」って言ってた中村香織が、そんなことを思ってたなんて。

 いったい女の子たちはどんなことを考えながら、いつもいつも楽しそうに笑っているのだろう。

 不意にみんなの笑顔が全部信じられなくなった気がして、息が苦しくなる。話している人全員の心の中を想像したら、普通に生活することなんてできなくなっちゃうんじゃないだろうか。

 俺は、これ以上話を続けているのが何だか怖くなって、急いでメールを打った。


―――――――――――――――――――――――――――

To: 中村 香織

subject: Re:うれしい!!!


ごめん、眠くなって来ちゃった。

それじゃあ、明日、学校で。

―――――――――――――――――――――――――――


 さりげなく、「明日は学校に来てくれよ」という気持ちを込めたつもりだった。これ以上、中村香織に不登校を続けられるのはきつい。

 なかなか返信は来なかった。迷っているのだろうか。

 そりゃそうかもしれない。何日か学校を休んで「不登校」なんて言われてしまったら、もう一度学校に行くようになるのにはすごく勇気がいる。

 たった数日だったら普通に「風邪だ」とか言っておけばいいのに、おせっかいな母親と上橋さつきのせいで、中村香織が「不登校」だってことは、学校中に知れ渡ってしまってるんだ。

 俺がそんなことを考えていると、ケータイが鳴った。


―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: 無題


うん、明日は行くよ。

行かないと、涼介くんに会えないもんね(*^^*)

―――――――――――――――――――――――――――


 まるで俺のために学校に行くみたいな文面にちょっとだけ嫌な予感を覚えながら、俺はなるべくそれを考えないようにしてベッドにもぐりこんだ。


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