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From: 中村 香織
subject: 聞いてほしいことがあります。
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そんなタイトルのメールが来たのは、俺たちがメル友になって一ヶ月くらいたった頃の、日曜日の夜だった。
何とか俺もメールに慣れてきて、その日は好きなバンドの新曲の話でもり上がって、いつになくおそくまでメールをやりとりしていたんだ。
気がつけば時計の針は十二時をこえて、あたりは静まりかえっていた。二段ベッドの下にいる佳奈もとっくに寝入っていて、俺は布団の中にもぐりこみながら、音を消したケータイをいじっていた。
いつになく話がはずんでたのは確かだ。くだらないおしゃべりが、なんかやけに楽しかった。
だけどそのメールはあまりに唐突で、それを見た俺は、息もできなくなった。
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From: 中村 香織
subject: 聞いてほしいことがあります。
ずっとナイショにしてようと思ってたけど、もう、今日は言っちゃうよ!
こんなふうに色んな話をしてるのが、すごい幸せで、もっともっと涼介くんといっぱい話したいと思うし、できればそれは、メールとかじゃなくて直接会って話せたらいいなって思うんだ。
ホントはずっと思ってたんだけど、なかなか言えなくて。
あたし、涼介くんのことが好きです。
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うとうとしながらメールを打っていたところに、頭から冷たい水をぶっかけられたみたいな気分だった。
見間違えじゃないかと思って、何度も目をこすってメールを見直す。
「あたし、涼介くんのことが好きです。」
その言葉が、数えるほどしか聞いたことがない中村香織の声で、何度も頭の中で再生する。
好きっていうのはその、友達としてってことかな。
でも、送られてきたメールを何回見直しても、「友達として」っていう意味にとるのは無理があるよな。俺は男で、中村香織は女なんだし。
だけど、「つきあってください」って書いてあるわけじゃないし、別に告白とか、そういうのとは違うかもしれないんだけど。
心臓が変なふうに鳴りはじめて、息苦しくなる。
何かメールを返さなくちゃ、って思うけど、頭が真っ白で、言葉なんてひとつもうかんでこない。
それまでどんな話をしていたのかなんて、全部忘れてしまった。頭の中では、いつまでもメールの文面が回ってる。「あたし、涼介くんのことが好きです。」「あたし、涼介くんのことが好きです。」
どうしていいか分からなくて途方にくれたまま、十五分が過ぎた。もう一時に近い。メールを送った中村香織は、何をしているんだろう? ずっと返事を待っているんだろうか。それとも、もう寝ちゃったかな。こんな時間なんだし。
だけど俺は分かってる。こんなメールを送ってきた中村香織が、寝てしまってるわけなんてないってことを。
不意にメールの着信を告げるライトが点滅して、俺は夢中でケータイを操作した。もちろん、From:中村香織。
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From: 中村 香織
subject: ごめんね。
もしかしてもう寝ちゃってるかな(^^;)
あたしも明日起きれなくなっちゃうから寝るね。
さっきのメールは気にしないで(^_^)
おやすみなさい。
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だけど、中村香織だって分かってる。あんなメールを送られた俺が、寝てしまってるわけなんてないってことを。
結局その日、俺はちっとも眠れなかった。
翌日はさんざんだった。
寝不足で一日中眠くて仕方がないし、だけどうとうとすると中村香織の顔が頭にうかんで、びっくりして目を覚ましてしまう。先生には怒られるし、友達には笑われるし。
だからといって、理由を説明するわけにはいかない。
月曜日は部活がないのをいいことに、俺は逃げるように家に帰ってきた。
部屋には行って真っ先に机の上を見ると、俺の黒い折りたたみ式のケータイのはしっこについた緑色のランプが点滅してる。「着信メールあり」のサイン。
俺はおそるおそるケータイを開く。
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From: 中村 香織
subject: こんばんは!!
ねぇ、涼介くん知ってた?
今日、八時から五チャンネルにアークがでるらしいよ!
スタジオライヴもあるんだって!
新曲やってくれるといいなぁ(^_^)
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昨日のことなんてなかったみたいな、いつも通りのメールに拍子抜けする。
念のため受信メールを確認してみると、昨日の「あたし、涼介くんのことが好きです。」は、間違いなく俺のケータイに残っていた。なかったことになんてさせないぞ、って俺に言っているみたいに。
いったいどんなメールを返したらいいんだ?
いや、どうするのが一番いいか、なんてことは分かってる。中村香織がそうしているように、昨日のメールなんてなかったことにしちゃえばいいんだ。そうして、昨日までと同じように、他愛のないメールを送り返せばいい。
だけど、俺にはどうしてもそれができなかった。「あたし、涼介くんのことが好きです。」って言ってきた女の子と、他愛のない話なんてできるわけない。
一時間くらいなやんで、俺は結局、メールを返さないことにした。ケータイを机の上に放り出して、逃げるようにベッドにもぐりこんだんだ。
それを最後に、中村香織からのメールは来なくなった。