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―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: 聞いてほしいことがあります。

―――――――――――――――――――――――――――


 そんなタイトルのメールが来たのは、俺たちがメル友になって一ヶ月くらいたった頃の、日曜日の夜だった。

 何とか俺もメールに慣れてきて、その日は好きなバンドの新曲の話でもり上がって、いつになくおそくまでメールをやりとりしていたんだ。

 気がつけば時計の針は十二時をこえて、あたりは静まりかえっていた。二段ベッドの下にいる佳奈もとっくに寝入っていて、俺は布団の中にもぐりこみながら、音を消したケータイをいじっていた。

 いつになく話がはずんでたのは確かだ。くだらないおしゃべりが、なんかやけに楽しかった。

 だけどそのメールはあまりに唐突で、それを見た俺は、息もできなくなった。


―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: 聞いてほしいことがあります。


ずっとナイショにしてようと思ってたけど、もう、今日は言っちゃうよ!

こんなふうに色んな話をしてるのが、すごい幸せで、もっともっと涼介くんといっぱい話したいと思うし、できればそれは、メールとかじゃなくて直接会って話せたらいいなって思うんだ。

ホントはずっと思ってたんだけど、なかなか言えなくて。


あたし、涼介くんのことが好きです。

―――――――――――――――――――――――――――


 うとうとしながらメールを打っていたところに、頭から冷たい水をぶっかけられたみたいな気分だった。

 見間違えじゃないかと思って、何度も目をこすってメールを見直す。

「あたし、涼介くんのことが好きです。」

 その言葉が、数えるほどしか聞いたことがない中村香織の声で、何度も頭の中で再生する。

 好きっていうのはその、友達としてってことかな。

 でも、送られてきたメールを何回見直しても、「友達として」っていう意味にとるのは無理があるよな。俺は男で、中村香織は女なんだし。

 だけど、「つきあってください」って書いてあるわけじゃないし、別に告白とか、そういうのとは違うかもしれないんだけど。

 心臓が変なふうに鳴りはじめて、息苦しくなる。

 何かメールを返さなくちゃ、って思うけど、頭が真っ白で、言葉なんてひとつもうかんでこない。

 それまでどんな話をしていたのかなんて、全部忘れてしまった。頭の中では、いつまでもメールの文面が回ってる。「あたし、涼介くんのことが好きです。」「あたし、涼介くんのことが好きです。」

 どうしていいか分からなくて途方にくれたまま、十五分が過ぎた。もう一時に近い。メールを送った中村香織は、何をしているんだろう? ずっと返事を待っているんだろうか。それとも、もう寝ちゃったかな。こんな時間なんだし。

 だけど俺は分かってる。こんなメールを送ってきた中村香織が、寝てしまってるわけなんてないってことを。

 不意にメールの着信を告げるライトが点滅して、俺は夢中でケータイを操作した。もちろん、From:中村香織。


―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: ごめんね。


もしかしてもう寝ちゃってるかな(^^;)

あたしも明日起きれなくなっちゃうから寝るね。

さっきのメールは気にしないで(^_^)

おやすみなさい。

―――――――――――――――――――――――――――


 だけど、中村香織だって分かってる。あんなメールを送られた俺が、寝てしまってるわけなんてないってことを。

 結局その日、俺はちっとも眠れなかった。



 翌日はさんざんだった。

 寝不足で一日中眠くて仕方がないし、だけどうとうとすると中村香織の顔が頭にうかんで、びっくりして目を覚ましてしまう。先生には怒られるし、友達には笑われるし。

 だからといって、理由を説明するわけにはいかない。

 月曜日は部活がないのをいいことに、俺は逃げるように家に帰ってきた。

 部屋には行って真っ先に机の上を見ると、俺の黒い折りたたみ式のケータイのはしっこについた緑色のランプが点滅してる。「着信メールあり」のサイン。

 俺はおそるおそるケータイを開く。


―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: こんばんは!!


ねぇ、涼介くん知ってた?

今日、八時から五チャンネルにアークがでるらしいよ!

スタジオライヴもあるんだって!

新曲やってくれるといいなぁ(^_^)

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 昨日のことなんてなかったみたいな、いつも通りのメールに拍子(ひょうし)抜けする。

 念のため受信メールを確認してみると、昨日の「あたし、涼介くんのことが好きです。」は、間違いなく俺のケータイに残っていた。なかったことになんてさせないぞ、って俺に言っているみたいに。

 いったいどんなメールを返したらいいんだ?

 いや、どうするのが一番いいか、なんてことは分かってる。中村香織がそうしているように、昨日のメールなんてなかったことにしちゃえばいいんだ。そうして、昨日までと同じように、他愛(たあい)のないメールを送り返せばいい。

 だけど、俺にはどうしてもそれができなかった。「あたし、涼介くんのことが好きです。」って言ってきた女の子と、他愛のない話なんてできるわけない。

 一時間くらいなやんで、俺は結局、メールを返さないことにした。ケータイを机の上に放り出して、逃げるようにベッドにもぐりこんだんだ。

 それを最後に、中村香織からのメールは来なくなった。


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