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Prolog

作者: 空森 我音

 

 ズシン…


 重たい音と共に10メートルはあるであろう鉄の扉が閉じられ私はコンクリートむき出しの四角い空間に手枷をつけられただ一人取り残された。


 ふと見上げれば天井は高く、窓すらないこの部屋では果てしなく続いているような感覚すら覚える。


 そして部屋の真ん中にはスポットライトに照らされた木製の椅子とその上に置かれた奇妙な機械が目に入る。


 機械は顔ほどの大きさをした電子版やワイヤーがむき出しになった箱のような形状をしていた。


 怪しみながらも近づくと機械の下に一枚の紙挟まっていた。


 手に取ってみると簡潔に


『良き来世を』


 という1文だけが書かれていた。


「…。」


 くだらない…


 破り捨ててやろうと思い両手で持つが、手枷が邪魔をして紙の端が少しだけ破れた。


「…ッチ。」


 思わず舌打ち、紙を床に捨て踏みつけた。


 紙がぐちゃぐちゃになるほど念入りに踏み、せめてもの抵抗の意思を示した。


 キーーーーーーーーン


 耳障りな音が部屋中に響く。


 どうやらこの部屋の四つ角にスピーカーがあったようだ。


『気は済んだか、■■■■。』


 若い男の声がした、そしてこの声には聞き覚えがあった。


「あのときの検察官か…。」


『お、なんだ覚えてたのか…まったくうれしくねえな。』


 スピーカ越しに軋む音がし男が椅子にもたれかかったのが分かった。


「忘れるものか…。」


 男の見た目はよく覚えている。


 金色に染めた髪が地毛なのかそれともパーマでもかけたのかやたらとぐちゃぐちゃで、耳にはピアス穴がびっしりと空き、薄い眉毛とだらしなく垂れ下がった目じりは間抜けに見え始めてみたときは思わず吹き出してしまった。


 こんなガキが検察官やっていける時代なのか…。


 なんて思っていたのが懐かしい。


 チャラチャラした外見に騙され完全に甘く見ていた。


 正直あんなにも完璧に自分の空気に持っていけるのは見ていて信じられなかった。


 詐欺師にでもなっていればそれは大成したことだろう。


『まあ、あんま長引かせんのもあれだしとっとと始めてもらってもいいか?』


『椅子の上の機械を顔に付けるだけで済むからさ。』


 さっさと済ませたいのか男がため息交じりにそうぼやいた。


 私とてこいつの声など二度と聞きたくはない。


 こいつの言う通りというのも癪だが仕方がない。


 そう思い機械を手に取り椅子に腰を掛ける。


 そして機械を顔に近づけた瞬間、


「!?」


 突然持っていた機械の一面が吹き飛び中から無数のアームが飛び出してきた。


 思わず手を離したが、物が落ちる音はしなかった。


「~~~~~!」


 アームは私の頭をがっちりと掴み抱きかかえ、四角い機械は私の顔を覆っていた。


(離せ…!)


 引きはがそうとするが、アームは力を強めるばかりで離れる気配はない。


 そして機械からガスが噴出され私の視界にモヤがかかり始めた。


(まずい…!)


 そう思ったころにはもう遅く、私の意識は遠くなっていった。


 **********************


「…い!」


 ん…なんだ…。


「お…い!」


 よく…きこえ…ない…。


「おい!早く起きろ!死にてぇのか!」


 怒号がすぐ耳元で聞こえ、虚ろだった意識がはっきりとした。


 目を開けると顔のすぐ近くに声の主の顔があった。


 美しい女だ。


 擦り傷があるが肌は純白のようで、鮮血のような赤い髪は後から付け足されたものとは程遠いきらめきを放っていた。


 そして何より目を引いたのは狐のような釣り目の奥に隠れた黄金色の瞳だ。


 その美しい肌と吸い込まれそうな瞳に触れようとして思わず女の顔に手を伸ばした。


 するとそれに気づいた女が私の手を、いや腕を掴んだ。


「寝ぼけてねーで早く起きろ!」


 乱暴な言葉づかいの女だな。


 そう思いながらも彼女に急かされるようにして体を起こす。


 辺りを見ればゴミが散乱しており私が転がっていたのもゴミ袋の山の中だった。


 狭い道幅や壁を這う配管からここは路地裏のようだ。


「ほらさっさとここを離れるぞ!」


 そう言うと女は光の指す方へと走っていった。


 私も彼女を追って裏路地を出る。


「うっ…。」


 日の眩しさに目を細め、そして息をのんだ。


「なんだ…ここは…。」


 広がっていた町並みは私が生きてきた世界とはまるで違っていた。


 道路は整備されておらず砂利だらけ、祭りでしか見たことのないような露店が立ち並んでいたがそのどれもが埃まみれの布を曲がった錆だらけの鉄パイプで屋根代わりにしていた。


 だが問題なのはそこではない。


 問題なのはそれを構えている店主、商品を眺める客、道を歩く通行人。


 簡潔に言うなら人ではなかった。


 蛇の顔をしていたり、二人の人間が文字通り混ざり合った化け物や果てはロボットまで挙げれば切りはないだろう。


 すべてが違ったわけではなかったが、普通の人間の方が少なかった。


「何ぼーっと突っ立てのさ。」


 隣から声を掛けられ顔を向ける。


 すると先ほどの女が両手にコップを持って立っていた。


「はい、これあんたの。」


 そういうと彼女は片方のコップを手渡してきた。


 コップの中身は湯気のたった青い液体が注がれていた。


 余り馴染みがない色をしている。


 コップを受け取り、恐る恐る匂いを嗅ぐ。


 …香ばしい茶葉?の香りがした。


 …コップを傾け口に液体を運ぶ。


「…苦い。」


 だが飲めないほどではなかった。


「当然でしょ、解毒茶なんだから。」


「なんでそんなもんを…」


 すると彼女は信じられないといった顔でこちらを睨むと、


「当たり前でしょ!裏路地の!よりによってゴミの山に!寝っ転がってたアホなんて!どんな毒盛られてても可笑しくないわ!」


 キンキンする高い声を荒らげ耳元で怒鳴り散らして来る辺りかなり人がいいのだろう。


「いくらあんたが義体かしてるからって万が一を考えたら当然でしょ。」


「は?今なんて言った?」


 彼女の口から信じられない言葉を聞いた。義体…?


「は?あんた義体してるんじゃないの?その格好で?」


 そう言われ、改めて自分の身体を見る。


 服装は至って普通、冴えない色のジーンズにシャツと革ジャン。


 先程までの格好とは全く違うという点を除けば普通だ。


 そう思いながら袖をめくってギョッとした。


「な、なんだこれ…」


 そこには見慣れたやや白い肌は無く、あるのは無機質な冷たい鉄の肌だけだった。


「あー、もしかして寝てる間に臓器持ってかれて改造されちゃった感じ?だとしたら気の毒に…。」


 あまり気の毒に思っていないようだが私はそんなこと気にする余裕はなかった。


 空を見上げ考えを整理しようとするがあまりに現実離れした光景の多さに立ちくらみそうになる。


 一体あの機械は私に何をしたのだろうか…?


 夢でも見せているのか…?


 そう思いながら私は青い茶を飲みほした。


 …少なくともこの味になれることはないな。

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