将棋に愛される子
突如娘である梢子に奨励会を辞めてから、将棋そのものを憎んでいたことを打ち明けた父春秋。
そんな父に梢子はアマの大会に出た理由や自らに将棋を教えた理由を問う。
「お父さんはどうして、アマの大会に出たり、私に将棋を教えてくれたりしたの?」
「その前に、どうして父さんが将棋をまた指し始めたかなんだが……」
話始めようとしたものの、何故か口が止まってしまう春秋に思わず梢子が口を挟む。
「って、どうしてそこで黙んのよ?」
その様子を見ていた母である美晴が会話に入って来る。
「お父さんは自分から言いづらいと思うからそこはお母さんが話すわ」
「お母さんが?」
「まず、お父さんが奨励会を辞める前からお母さんがプロの囲碁棋士になっていたのは知っているわよね?」
「うん、お父さんが奨励会員の時から付き合っていたのよね」
そこか美晴は春秋が将棋を指し始めたきっかけを話し出す。
「ちょっとお母さんも中々勝てない時期があってね、お父さんになんかいい気分転換の方法がないか聞いてみたのよ」
「それでなんて言ったの?」
「将棋をやってみたらどうだって言ったのよ。ちょっとびっくりしたわ。もう将棋なんて口にするのも嫌だと思ったから」
その理由について春秋が話し出す。
「いつもと違う事をやってみるのがいいと思ったんだ。何故か将棋という言葉が浮かんじまったが」
「それで相手をしてもらったのよ」
「フッ、今思えばとんでもねえヘボ将棋だったな。だが楽しそうに指しやがる」
更に春秋は当時の思いを自らの口で語り始める。
「こんなヘボ将棋でも楽しく指す奴がいる。そんな事奨励会にいた時は考えたこともなかった」
「だからまた将棋を指したの」
「結局俺は将棋からは離れられねえってことだったんだ。だが楽しむだけじゃなく、真剣勝負の場にも行きたかった」
「それがアマチュア大会にでた理由?」
梢子の問いに間髪入れずに答えた。
「そうだ、アマの大会も中々燃えたぜ」
「それじゃあ私に将棋を教えてくれたのは?」
「覚えてねえのかお前が赤ん坊の頃に将棋の駒に興味を示して危うく飲み込みそうになったのを」
「いやいや、赤ちゃんの頃なんて覚えていないって?まさかそれが理由?」
梢子の問いに春秋はドヤ顔になり、答える。
「そうだ、お前は将棋を愛し、将棋に愛される子だと確信を持った」
「それ、お父さんが私の前で将棋盤と駒を出していて、赤ちゃんによくある反応をしただけじゃないの。まあいいけどさ」
豪胆な父に振り回されるが、結果的に梢子は将棋にのめり込んだのだ。




