大阪へ
ある日の昼頃、一輝は外出の準備をしているが、いつもより少し多い荷物を持っていた。出る直前に母親に話しかけられる。
「一輝、ちゃんと着替えは入っているの?」
「入っているよ、明日は初の順位戦で、プロ入り後初めての関西遠征だからね、ちゃんと用意してるって」
「今は東京と大阪の行き来だからまだいいけど、タイトル戦に出るようになったりしたら日本中のあちこちに行くのよね、体壊さないか心配だわ」
「今から、そっちの心配かよ、でもそれに出るのは棋士としての栄誉だからね」
一輝は自信満々に返答するが、母は一輝にとって予想外の答えを返す。
「いや、そりゃあ挑戦者として出るかもしれないけど、解説とかに呼ばれることもあるでしょう、それで回数多くならないかなって」
「あ、そ、そっち……」
母の言葉に少しあきれながら一輝は家を出ていく。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
今回一輝が向かうのは東京の将棋会館ではなく、関西将棋会館だ。
関西将棋会館は大阪にあり、棋士はその場所も対局に使用するのだ。
プロ棋士並びに女流棋士は所属が東西に分かれており、一輝や小夜は関東所属であり、もちろん一輝と小夜が所属する門下の棋士達も関東所属だ。
あの赤翼名人も関東所属である。
関西所属の棋士としては、宮里春香女流3冠や、先日行われた棋将戦の挑戦者であった丸井拓八段があげられる。
一輝は東京駅から新幹線に乗り、大阪駅へと向かう。
約3時間程新幹線の中で詰め将棋本や、今日行われている他の対局をアプリで観戦していた。
どういう巡りか今日は一輝の研究仲間である天馬と鎌田がそれぞれ別の相手と対局をしており、小夜も女流棋戦の対局をしている。
この対局は東京で行われており、現時点では一輝がこの3人とは連絡がとれないのである。
局面を見てふと一輝が呟く。
「もうすぐ小夜ちゃんは終わるか、勝ちだな。天馬と鎌田さんはまだかかりそうだ」
他の棋士達の対局に思いを馳せながら一輝を乗せた新幹線は大阪駅に到着する。
今日は関西将棋会館までは行かずに予約していたホテルに泊まる予定なので、そのホテルに向かう。
ホテルに到着すると、中に入っていき、フロントの従業員に声をかける。
「すいません、今日予約していた長谷ですけど」
「少々お待ちください、長谷様ですね、こちらお部屋の鍵になります。御用がございましたらお部屋の電話からフロントにおかけ下さい」
「はい」
鍵を受け取り一輝は予約していたシングルルームへと向かう。
順位戦を前に気持ちが高ぶっている一輝であった。




