意気込み
棋将戦第5局が行われている都市センターホテルに着いた一輝はそこの控室で、本局の立会人を務める種田九段に話しかけられていた。
6月より一輝はC級2組の順位戦に参加することとなり、組み合わせの抽選次第では種田との対局もあり得るのだ。
その種田より対局を切望していることを言われた一輝は少し戸惑うが、尋ねてみる。
「先生、種田先生はどうして僕との対局をそんなに望むんですか?」
「長谷君、わしはなどうせ強制引退になるなら身内に斬られるのが良いと思っていたんじゃ。じゃが弟子の宮田はB2におるからのう」
「でも僕は種田先生の門下じゃないですよ」
その言葉を受け、周りを見渡した種田はちょっとした小芝居をする。
「何?長谷君、のどが渇いたのか?仕方ないのう、こっちに自動販売機があるからわしが案内しよう」
そう言って種田は一輝を連れ出しとりあえず本当にホテル内の自動販売機の前まで連れて行く。
「あ、あの先生、どうしたんですか?」
「すまんのう、これに関してはわしと君だけの話にしたいんじゃ」
そう言って種田は息を飲みこみ話をする。
「昔の話じゃが、わしの知り合いがやっている将棋道場に小夜が来たんじゃ。席主より強い子がいるという話を聞いてなわしも道場に行ったんじゃ」
そこで小夜の弟子入り話が種田より語られる。
「そこで会った小夜から弟子入りを懇願されたわい。親御さんは習い事位にしか考えていなかったようじゃが小夜の熱意でわしへの弟子入りを許可したのう」
実はこの時に小夜が女流棋士を続ける条件の話もあったのだが、その部分は伏せながら一輝に話す。
「そこからその道場に君が来て小夜と将棋を指したのう。実は小夜にとって同世代と将棋を指したのは君が初めてだったんじゃ」
「はい、僕もそうです」
「そこからの小夜はめきめきと力をつけ小6で女流棋士となった」
そこから自身の思いを種田が吐露する。
「君と将棋を指したことが小夜にとっては良かったかもしれん、そんな君になら斬られるのは本望じゃ」
「先生……」
「おっと、じゃが負けるつもりは毛頭ないぞ。引退が決まっても君に勝てば宮田や小夜への自慢話が増えるからの」
内心の不安を吹き飛ばすかのように自らを鼓舞する種田に対し一輝も言葉を放つ。
「対局、楽しみにしています」
そう言って一輝は控室に戻っていく。午後よりの大盤解説会に備える為。
そこから昼食を摂り、ついに大盤解説会の時刻を迎えた。




