元奨励会の女流棋士
一輝が将棋会館の検討室を訪れると、そこには一輝と共に四段昇段を決めた黒木修一四段がおり、奨励会員と共に小夜と伊原の対局を検討していた。
一輝も検討に加わることとなり、今度は一輝が黒木に尋ねる。
「それで黒木さんがここに来た理由は、まさか本当に暇ってだけじゃないですよね?」
「痛い所をナチュラルにつくなよ。それもあるが、彼に頼まれてね」
そう言って、黒木は奨励会員を指し、説明を続ける。
「彼は伊原さんの弟弟子でな、彼女と奨励会同期の俺に頼みやすくて今ここにいるわけだよ」
「そういえば伊原さんは昔、奨励会にいましたよね」
「そ、年は俺の方が1つ上だが彼女とは同期入会でね」
そこから黒木は伊原との昔話を始める。
「入会当初、俺達は誰1人彼女にかなわなかったよ。天才少女と言われていて史上初女性プロ棋士になるとも言われていた」
「僕もその話は聞いたことがあります」
「だが、俺達も力をつけ始めると彼女は中々勝てなくなっていき、同期どころか後輩にも抜かれていった」
そこから黒木は伊原が人生の分岐点にあたったことを話す。
「そして彼女が21歳の誕生日を迎える直前に奨励会退会が決まった」
奨励会には年齢制限があり、まず21歳の誕生日までに初段まで昇段しなければ強制退会であり、更にそれを乗り越えても26歳の誕生日までに三段リーグを抜けなければ強制退会なのだ。
「退会が決まった頃に彼女の師匠である高敷先生から女流棋士転向を勧められた。申請期限は2週間だったが、即答を避けていたな」
「それはどうしてですか?」
「多分、まだ奨励会で戦っている俺達に気をつかったのかも知れない。だが考えに考えを重ね、やっぱり将棋に携わる仕事をしたくて女流棋士に転向することを決めた」
一輝はそれ以降の活躍はよく知っているため一輝も話し出す。
「その後は伊原さんは好成績を収めてますよね」
「さすがに奨励会を戦ってきたからな、だがそんな彼女にも大きな壁が立ちふさがった」
「宮里女流3冠ですね」
「そ、宮里さんは奨励会未経験だがそれでも伊原さんはタイトル挑戦までこぎつけても番勝負ではかなわなかった」
黒木の話を聞き、一輝は1つの事実を話す。
「だけど、牧野さんにとってはその伊原さんも大きな壁なんです」
「リーグ戦の1戦だが牧野さんにとっては挑戦者になれるかどうか大事な1戦ってわけか」
それぞれがそれぞれの場所でそれぞれに勝ちたい理由がある。
昼食休憩も終わり、本格的な戦いが始まろうとしている。




