研究と応援
小夜が将棋会館で伊原聡子女流三段と対局をしている頃、一輝は自宅でパソコンを使用し、将棋AIで研究をしていた。AIが最善だと示す手をパソコンの画面で進めつつ、近くにミニの将棋盤を置き、全く同じ局面に動かしている。
この方法は単に画面を見るだけより、駒の感覚を自身の手に覚えさせることでより実戦的な感覚が身に付き、AI研究の効果が上がると言われている。
一輝は先日竜帝戦6組ランキング戦の1回戦を勝っている為、当然2回戦が控えており、他にも対局の予定がある為、この成人の日を含む3連休は一輝にとっては絶好の研究日和なのだ。
そんな中、突如部屋の扉からノックが響き、一輝は反応をする。
「どうぞ」
一輝の返答を受け、扉が開かれると現れたのは母親であった。その母が早速一輝に話しかける。
「なーーに、一輝、この3連休ずっと部屋に引きこもっているの、いい若者が嘆かわしいわ」
「あのさ、母さんこれは将棋の研究で次の対局で勝つ為にやっているんだ」
「それは分かるけどーーー、あっ、それはそうと……」
突然の母親の話の転換に戸惑うがとりあえず一輝は聞くこととした。
「さっきね、お父さんが中継アプリっていうのを見てたら小夜ちゃんが対局してるって言うじゃない、一輝は知っているはずなのに、どうしてお母さんに教えてくれなかったの?」
「逆になんで俺がいちいち母さんに小夜ちゃんの対局まで教えなくちゃいけないんだよ?」
「ほら、やっぱり小夜ちゃんは昔から知っているし、お母さんとしては一輝もだけど、小夜ちゃんも応援したいのよ」
「応援って……」
戸惑う一輝を尻目に母は更なる言葉を一輝に放つ。
「そうだ一輝、今から会館に行って、応援してきたら?」
「スポーツ観戦みたいなノリで言うなよ、俺は次の対局に備えなくちゃいけないんだ」
応援を渋る一輝に対し、母はある事実を話す。
「あのね、一輝、小夜ちゃんには黙っていて欲しいって言われてたけど、あなたが奨励会で苦しみながら将棋を指していた時もあなたのことを気にかけていたのよ」
「えっ⁉」
「既に小夜ちゃんは女流棋士だったから、奨励会の情報はすぐに入ってきて、一輝が負けた日なんてうちに電話してお母さんに一輝の様子を聞いてたぐらいよ」
「小夜ちゃんが……」
先程までとは変わって険しい表情で母が一輝に言葉を放つ。
「プロが自分の将棋が一番大事なのは分かるわ。でも少しぐらい応援したっていいんじゃないの?」
母の言葉を受け、一輝は無言でスマートフォンの中継アプリを起動させ小夜の対局を確認し、驚愕する。
「えっ⁉」
「どうしたの?」
「母さん、俺、小夜ちゃんの対局を直接は無理だけど見届けるよ」
「ま、まあ、一輝がその気になってくれたらお母さんはいいけど」
一輝は局面を見て小夜が振り飛車穴熊にしていたのを見て小夜のチャレンジ精神に感嘆し、対局を見届けるべく将棋会館へと向かうこととする。
 




