2-2 正統派腹黒眼鏡というもの
「おはよう。
昨日言ったことは全て本心だから撤回はしないが、若干頭のネジが緩んでいたことは認める。
以降、公衆の面前で恥をかかせるようなことはしないように気を付ける。」
「おはようございます。
その…私が勝手に照れてしまっただけなので。
こちらこそ、きちんとご挨拶もせずに申し訳ありませんでした。」
翌日の朝一番に顔を合わせたのはダグラスだった。
昨日はあの後、ダグラスに会話の禁止令が出されて彼は口に菓子を詰め込まれていたので、シルヴィアの挨拶は有耶無耶になってしまっていた。
立った状態では実は結構身長差があるので意識して上を向かないと目は合わない。
ただし、向けば絶対合う。
「言えない状況にしたのは俺だし、知っているのに何度も名乗らせるのもな。ステフが許してるんだからいいんだよ、ここでは。
…それで、俺の第一印象が最悪なのは承知の上だが、君が許してくれるなら、俺も愛称で呼んでいいだろうか。」
「私が無礼だったのは事実なのですが…寛大なお心に感謝します。
…呼び方は、許すなんて言えるほど偉い立場じゃないですし、良いようになさってください。
それと印象、最悪なんかじゃないです。褒めていただいたの、嬉しかったですよ。」
色々と慣れていないシルヴィアには殺傷能力が高すぎて処理が追いつかなくなっただけで、彼は悪くない。
体格が良くて、顔のパーツはどちらというと鋭利な線を描くダグラスは、他所向きの顔のときはキリッとして様になるのだが、中身は意外と少年のような部分が多いらしい。
ステファンやジョアンヌにとってはいつまでも手のかかる犬……ではなく弟分、と言っていた。一応。
「わかった。お互いこれで手打ちにしよう。
頼むから昨日やり込められたのを忘れてくれるなよ、シル。俺はダグでいい。
新人からの好感度が最悪じゃなかったことに胸をなで下ろしている。」
「うっ……それについては善処します…。
まぁ変な話、最悪なら最悪で、それより下がらないんですから何もこわくないですよ。」
「それもそうですね。…なるほど、このバッサリ感はクセになりますね。」
第三者の声に、シルヴィアは会話を中断した。
「クライ、お前の後輩だぞ。」
「えぇ。こんな変人だらけの所に勧誘がかかるなんて可哀想にと思っていましたが、ステファン様が気に入りそうな方だ。」
ダグラスに声をかけられた青年はシンプルな眼鏡のブリッジを押し上げてにっこり笑う。
襟足にかからない程度の髪は濃い茶色、レンズの奥で瑠璃色の瞳を細めている。
「その発言はお前も変人ってことでいいんだな。」
「否定しませんよ。ダグがネジの緩みを自覚しているように、自分のことは自分でわかっていますので。」
「おい、やめてやれ。シルに二日連続で逃げられるのはきつい。」
「大丈夫ですよ。彼女、ちゃんと仕事に責任を持つ人ですから。指導係の私から逃げるのはプライドが許さないでしょうね。
…そうですよね、シルヴィア嬢」
急に話を振られたので目を白黒させていると、眼鏡の青年はクスクス笑ってシルヴィアに向き直った。
「挨拶がまだでしたね。私はクライヴ・リー・ウィンウッド。貴女の指導係です。よろしくお願いします。
便乗するようですが私も愛称で良いですか?」
「シルヴィア・ベル・マクファーレンです。
はい、よろ―――…こんで。シルでも、シルヴィーでも。
至らない点もあるかと存じますが、何卒ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」
よろしいように、と言いかけてダグラスの方から圧を感じたので慌てて誤魔化すも、クライヴは肩を震わせているし若干口元が引きつっているので多分バレている。
「ではお言葉に甘えてシル――…ヴィー、
私のことはどう呼ぼうが誰も怒りませんから、好きに呼びなさい。」
そういって握手を交わした直後、我慢できないと言って噴き出したクライヴは腹を抱えて爆笑し、シルヴィアは随分と賑やかな仕事始めを迎えることとなった。
閲覧ありがとうございます。
個人的にクライヴは書いてて楽しいキャラです。