2-1 王子様とは
本日2回目(日付の上では3回目)の投稿、失礼します。
時間軸は現在です。ちょっと長いです。
前半の一部に宗教を思わせるネタが入ります。
実際、色々やったところで卒業試験のときにシルヴィアを傍で支えてくれたのは学園の後輩だ。
他者には精一杯心を砕け、という聖典の教えがシルヴィアは好きだったが、それにも限度があるということに気づいたのは間抜けにも成人から2年も経ってだった。
シルヴィアは聖人ではない成人なので、ちょっと聖典の教えに従えるかが微妙になった。
無事に採用試験にも合格したシルヴィアは可愛い後輩たちに心から感謝し、残りの学園生活は彼ら彼女らと共に静かに過ごした。
高等部の2年間で、元から頑丈だったシルヴィアの精神はさらに鍛え上げられ、同時に心の扉もより強固になった。
以前は他人が踏み込むことを許していた場所にも、今は何人たりとも招く気はなかった。
学園で何年も寝食を共にした後輩との別れは身が割かれるほど辛かったが、それ以外についてはむしろ知人がいない環境のほうが気が楽で、第二王子の部下にならないかとの打診にも二つ返事で頷いた。
***
「誘いに乗ってくれて嬉しいよ、マクファーレン伯爵令嬢。
私が君の上司になるステファンだ。よろしく頼む。」
金糸の髪に青玉の瞳のウェイクリング王国第二王子、
ステファン・ウィリアム・ウェイクリングはその身に相応しい所作で優雅に微笑んだ。
「さて、形式ばったのは公的な場だけでいいからね。
ここからはそっちでお茶を飲みながら話そう。」
礼の姿勢をとっていたシルヴィアは、早々に顔を上げさせられて執務室のソファに座らされる。
その間に第二王子が手ずから紅茶を用意していて、シルヴィアはぎょっとしてしまう。
「ほら、殿下がご自分でお茶淹れたりなさるから驚いてるじゃないですか。」
護衛らしき銀髪の青年がため息をつくが、その様子を見る限り日常茶飯事のようだ。
「そうはいうけど、僕が自分で淹れるのが一番安全だと思わないかい?
まぁ、茶葉自体に細工されたりしたら変わらないけどね。
あと、彼女には今から話すけど、ここで君の外面を見るのは気持ち悪いからいいよ、ダグ。この子はウチの子になるんだから。」
「確かに一理ありますわね。
それとは関係なしに殿下の腕は一流ですし。王宮を追放されてもその道で充分やっていけますわ。」
「そんなことにならなければいいけど、それはそれで面白そうだ。
その時はアンヌに雇ってもらおう…君たちも飲むだろ?」
「私は今すぐでも歓迎ですわよ…では、お言葉に甘えて。」
先程まで銀髪の青年と同じように控えていた女性も、おそらくは王子の護衛…なんだと思う。
彼女はお隣失礼いたしますね、と言ってシルヴィアの横に座る。
見事な金の巻き髪と海の色の瞳、
顔立ちも所作も美しいドレス姿の貴婦人が長剣を携えているという創作物のような現実に思考が吹っ飛ばされそうだ。
「建前上、毒味って言ったほうがよくないか?」
「それはお他所で気にすればいいのよ。
そもそも王子殿下にお茶をつがせる側近、なんていうマヌケな絵面を他人に見せるような失態は許さなくてよ、ダグ。
そんなことをしでかしたら我が家にご招待だとわかっているわね。」
青年も口では色々言いながらシルヴィアの向かい側に腰かけて、お茶を飲む気満々である。
正面に居るものだからなんとはなしに視界に入って、彼が首を動かした拍子にばっちり目が合ってしまった。
切れ長の瞳は紅で、シルヴィアのそれよりも鮮やかで深い色だった。
長く伸ばして後ろで括っている白銀の髪との対比が鮮やかである。
「君―――」
青年の形のいい唇が開く。
鼻筋も通っているし、第二王子といい護衛ふたりといい、見た目が良すぎて出勤初日から失明しそうだ。
「美味しそうだな?」
「正気ですか?」
反射で突っ込んでしまったシルヴィアの横で金髪の女性が立ち上がり、ワゴンにあった金属トレーで青年の頭を殴った。
…かと思ったが、彼は平然と片腕で防いでいた。流石だ。
「おバカ!ご令嬢に何てこと言ってるの。
大方なにも考えてないんでしょうけど、貴方の見た目じゃ盛大に誤解されるのよ。
ステフ、この駄犬は一体幾つになったら覚えるわけ?」
「ダグの躾は君の担当じゃなかったかい?
…君たちがシルヴィア嬢を気に入ったのはよくわかったけど、少しの間静かにお菓子でも食べててくれないか。
まだ彼女にひとつも説明できていないんだ。」
駄犬だの躾だの、どこから見ても貴人にしか見えぬ金髪青目のふたりの口から出ているとは到底思えないし、各々ティーポットだの金属トレーだのを構えていて感性が反乱を起こしている。
「失礼したね、シルヴィア嬢。
お察しの通りこのふたりは僕の側近で護衛役だ。彼女がジョアンヌ、そこのそいつがダグラスだよ。
お外ではもう少しお行儀よくしているんだけどね。
ウチは僕の意向でみんなこんな感じなんだ。」
「…とおっしゃいますと、殿下が手ずからお茶を淹れてくださったり、も、そうですか?」
「まぁ、そうだね。
要は、身内では好きにしようってこと。ずっと気を張っているのは疲れるからね。
急に言われても困るかもしれないけど、君も楽な話し方で喋ってくれると嬉しいな。もちろん、強要はしないよ。…これは言葉通りだから、警戒しないで。」
ステファンは机の角を挟んで隣に座ったので、シルヴィアの斜め前に若干眉の下がった笑みがある。
どう返したものかと考えていると、逆側の真横からも苦笑する気配がする。
「ステフ、幼馴染の私たちならともかく、初対面の、しかも年下のご令嬢なら混乱なさるわ。
特にマクファーレン伯爵令嬢はちゃんとした方ですもの。」
ステファンを窘めるように言った金髪美女――ジョアンヌは、ちょっとこちらへ、とシルヴィアに恐れ多くも王子殿下に背を向ける体勢をとらせ、向かい合う。
「あらためまして、ジョアンヌ・ルイーズ・クラフリンですわ。
先ほどは躾のなっていない犬が失礼いたしました。
今まで女ひとりで心細かったけれど、貴女のような可愛らしい子が来てくれて嬉しいわ。よろしくお願いいたしますね。
貴女のことは何とお呼びしたらいいかしら。」
柔らかい表情でゆったりと話すジョアンヌに見惚れるも、横から聞こえた「お前の心は既に強靭だろ」に放たれた拳のキレが良すぎる。
「シルヴィア・ベル・マクファーレンです。
…勿体ないお言葉です。至らぬ身ですので、ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
私のことはどうぞよろしいように呼んでやってください。」
「あら、それならシルちゃんとか呼んでもよろしくて?そうそう、ここでは私のことはアンヌとお呼びになってね。もちろん敬称なしで。」
「えっ…せめてアンヌ様では…」
「アンヌよ」
「ではアンヌさんで」
「いいわよ、折れてあげる。
…貴女に良識があって結構だわ。上の立場の者に強要されても一線を譲らない姿勢は好きよ。
ただ、ちょっと押しに弱いわね。
自分のことは大事になさいね、シルちゃん。」
ぱちんと片目をつぶるジョアンヌが魔性すぎる。
的確にシルヴィアの急所を突いてきて、あっという間に距離を詰められた。
「曖昧に濁した箇所を見逃さずに無茶な要求をねじ込んで適当な所でたたみかける、見事な手腕だったね。詐欺師になれるかもなぁ。」
「ほめてくださってありがとう、ステフ。プロからしたら笑われる程度の腕だし、下手なことを言うと貴方の個人資産を餌食にするわよ。
貴方が相手じゃシルヴィーに許してもらうまでに3倍手数がかかったのよ。」
結局シルヴィアの呼称はシルヴィーに落ち着いたらしい。
…『シルちゃん』は押し負けた証だ。
先程からジョアンヌに抱きしめられて撫でられているのは決して押し負けたからではない…多分。
「さて、そこの要注意人物はいい加減彼女にさっきの謝罪と弁明をなさい。これから同僚なのよ。」
シルヴィアを抱きしめて両手がふさがっているジョアンヌが顎でしゃくって言うと、彼はため息をついてティーカップを置き、こちらを見た。
真っ直ぐ相手の目を見るのが癖なのかもしれない。
再び紅の瞳と対峙することになる。
「ダグラス・グリフィン・ラドフォードだ。先ほどは失礼した。
その―――君の色が、綺麗だったから。」
「貴方、それじゃ弁解どころか悪化しているわよ。」
「わかった。お前の言うことを聞くのは癪だが、相手はお前じゃないからな。」
「余計なひとことの方が長いってどういうことよ。」
ジョアンヌが居ると話が早い。シルヴィアが黙っていても用が済んでしまうから、この先頭を使わず馬鹿になってしまわないか心配だ。
「実家の杏と桜桃を思い出して。――初夏の色だな。」
そういって紅が緩むから、もう駄目だった。
シルヴィアは思い切りダグラスから顔を背けると、ジョアンヌに抱きつく。
あらまぁ、と言いながら頭を抱えるように抱き返してくれるから、その、
彼女の非常に素晴らしいプロポーションのおかげで窒息しそうになるのだが、シルヴィアの顔が熱いのはそのせいではない。
「ダグ、貴方――――シルヴィーは食べ物ではないのだから、
いくら可愛くても食べては駄目よ。」
ステファンが爆笑する中、ジョアンヌは多分何かを諦めて、ダグラスは首をかしげていたらしい。
シルヴィアは見ていないので知らない。
区切りの関係上、一度投稿後に付け足しました。
ご迷惑をおかけします。
追記:呼称を一部改めました。