1-3 鉄鋼の初恋-2
以前彼と待ち合わせしたときに事前に決めていたよりも1時間も遅く到着して驚いたことがあったが、当日になって「夕方には別の約束がある」と聞いた時点でシルヴィアは今日の結果がわかっていた。
それでも区切りをつけてしまいたかったのは自分勝手だったと思うが、シルヴィアは事前に決めていた場所で、決めていた通りに、気持ちを伝えた。
はじめて相手に伝える、恋愛感情の「好き」はどれだけ事前に準備していてもやっぱり怖くて。
自分の心臓の音が内側から鼓膜を揺らすから、自分の声が遠くに聞こえて。
自分より年齢も階級も上の者しかいないお茶会に参加したって涼しい顔をできるくせに、今この瞬間に緊張で死ぬんじゃないかと思った。
こんな風にシルヴィアが自分のことしか考えていなかったのは確かだが、その後の仕打ちがそれ相応だったかと言われると些かどころではなくかなり疑問が残る。
はっきり言って不満だ。
いつまでも無言のラッセルに、まぁ、戸惑いもあるんだろうと思った。本音では振るなら振るで早くしてほしかったが、それが自分の都合だというのは承知していたので、
「これでスッキリしました。」
と言って、冗談ぽい雰囲気にした。実際そうだったし。
するとラッセルは明らかにほっとした顔で、「そろそろ帰ろう」と提案する。
歩きながらの話題は、シルヴィアの気持ちについてだ。
あくまでも冗談みたいな、軽い雰囲気で。
ラッセルに「実はそうじゃないかと思っていた」と言われたのに若干苛立ちを覚え、続けて彼が「こういうのって嬉しいものだね」とあまりにも無邪気に言うので「そちらはそうでしょうとも」とやや殺伐とした気持ちになった。
いつまでも彼が返事について口にしないので、後日手紙ででも断ってもらえばいいとシルヴィアは思っていた。
いよいよここで、という場所になり、シルヴィアは笑顔で手を振ろうとした。
彼が自分を送ってくれるだなんて微塵も期待してはいけない。知ってる。
その時になってラッセルは、
ついでのように「君とは友達でいたいな」と言って背を向けた。
一瞬シルヴィアの思考は停止し、直後に突沸を起こした。
そんな人だと思わなかった。
本来であればシルヴィア・ベル・マクファーレンが人生において言いたくなかった言葉のひとつである。
理由は何だって良かった。
タイプじゃないでも、もっと爵位が高い相手がいいでも、金にならなそう、でも。
だってそれは仕方ないことだから、きちんとシルヴィアの事を考えてさえくれれば笑って流す心積もりだった。
だが、彼はもののついでに言った。
しかも、彼が待ち合わせをしているという場所を通るルートを選択する前に言ってくれれば、自分は最短で帰れたのに。
こんな人通りの多い場所で言い逃げされては怒ることも泣くこともできやしない。
まだ5歩も離れていない彼の腕を掴んで引き留めて、振り返った隙にその人畜無害そうな地味でパッとしない顔に拳をめりこませてやりたかったが、ここでそれをやったところでシルヴィアは振られた男に逆恨みして暴力沙汰を起こした凶暴で馬鹿な女にしかならない。
無表情で即座に踵を返し、もっと早く帰れたのにわざわざ大回りして時間を無駄にしてしまった道を早足で歩いた。
そしてさっさと寮に帰って夕食を食べ、風呂に入って寝た。
その日はそれで終わりだし、無事学園を卒業してくれたラッセルには、以降一度たりとも会わなかった。