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第六話 人生はいつも解釈違い

 七叶は彼女の名前やクラスを聞くことを忘れていた。だから偶然の出会いを期待するしかなかった。

 しかし、ことあるごとに図書館に足を運んでも、学校じゅうを練り歩いても、彼女の姿はどこにもなかった。

 座敷童子?

 七叶はその線が濃厚だと思った。フィクションに囲まれて育った彼女は、まっさきにその可能性を思い浮かべた。

 病気や怪我で入院しているだとか、引っ越してしまっただとか、もっとまともな理由はいくらでもあるはずだった。

 でも七叶は彼女が座敷童子だと思い込んだ。図書館のあの場所にゆき、話しかけてみた。

「もしかして、ずっとそこにいたの?」

「ん? はい」

 あの子の声で返事があったのだ。

「ごめんね。そこにいたのに、勝手にわからなくなってしまって」

「べつに、わたしには関係ない」

「そうだよね。私が勝手にあなたにまとわりついて、お喋りしてくださいって頼み込んでる」

「そう」

「そうって……、心折れちゃうなぁ」

「好きにしたらいい」

「え?」

「わたしは勝手にここにいて、あなたは勝手にここにやってくる。まだ誰もだめだと言ってない」

「それじゃあ、私の話聞いてくれる?」

「耳を完璧に塞ぐことはできないから」

 彼女は、たぶんいつも文学全集を抱えていたと思う。見えないからわからないけど、ページをめくる音はいつも聞こえていた。

 だから私は、勝手に彼女に向かって喋りかけることにした。彼女も知っているだろう話をアレンジしたり、自分なりの解釈をつけ加えた。いわゆる翻案のようなものだ。

 その頃好きだった星座にまつわる話や、座敷童子である彼女をみつけてから調べた、怪奇現象にまつわる話、クラスであった話、家の話、自分の話。ありとあらゆる話をした。

 彼女はずっとなんらかの本を読んでいたはずなのに、七叶の話をちゃんと聞いているようで、ひとつの話が終わると必ずなにかしら気の利いたコメントをくれるのだった。

 それは、それらの話全体から見えてはくるが、七叶自身では言葉にすることのできないものだった。だから七叶は彼女のコメントを重宝した。彼女の一言は、七叶を一変させる力を持っていた。

 七叶は、自分の精神や思考がどんどんと豊穣になっていくのを感じていた。

 でもひとつだけ物足りないことがあった。

 自分はどんどんと変わっていくのに、彼女は私の話を聞いてもなにか変わったような様子もない。

 彼女は最初からすべてが完成していて、私が話しかけようが放っておこうが、なにも変わらない。

 変わらないというのは永遠ということだ。

 たしかに座敷童子という存在は永遠もあり得るのかもしれない。

 でも、それは生きていないということだった。

 七叶が話しかけているのは座敷童子の彼女にだったが、それは壁に向かって話しかけているのと、なにも変わらないのだ。

 ほかの誰にも見えない友達。

 七叶が虚空に向かって話しかけている存在。

 ()()()()()()()()()()

 七叶はそのことを認識していた。だから頭が狂っていたわけではないのだろう。

 それでも、七叶には彼女しか友達がいなかった。

 小学校はそうやって終わった。

 七叶が事の次第を理解したのは、中学生になってからだった。クラスメイトのある女の子にこう話しかけられたのだ。

「ねえ、もしかしてあなた、図書室で話をしたことがある?」

「え?」

「ほら、〇〇小学校の図書室だよ」

「あなたは私と同じ小学校に通ってたの? 見たことないけど……」

「違うよ。わたしは隣の学区で。あの日は不法侵入してたんだ」

「不法侵入? 私の学校に?」

「そう。自分のところの図書室の本に飽きちゃって、他の学校の図書室が気になったの。見つからないように端っこにいたのに、あなたに話しかけられた。でも、おもしろい話をした気がする」

「ねえ、あのあと、私の小学校の図書室には来てない?」

「うん、行ってない。品揃えはほとんど一緒だったから。雰囲気がちょっと違うだけ」

 七叶はあのときに会話をした子が、座敷童子ではないことを理解した。

 そして、自分が数年間話しかけていたあの座敷童子は、ただの自分の一人芝居でしかなく、()()()()()()()()()ということを。

 ということは、七叶が語る話にもらっていた一言は、自分で考えだしたものでしかなくて、それで精神や思考が豊穣になっていった、というのはただの勘違いにすぎなかった、と七叶は思った。

 七叶は混乱した。ほとんど初対面だった彼女に、支離滅裂な言葉を投げかけた。

 自分が今までしてきたことは何だったのか。

 でも彼女は我慢強く、そして賢かった。最終的にこのような言葉をくれた。

「たしかにあなたはおかしかったのかもしれない。虚空に向かってぶつぶつ独り言を言う頭のおかしい少女だったのかもしれない。でも、あなたは自分のことをそう感じている? 自分を気狂いだと思っている? 他人からはそう見えたとしても、あなた自身はそう見ていないでしょう? だったらそういうこと。もしあなたが他人の認識に沿うように自分の認識を変化させたならば、次はそれがあなたの本当になる。あなたは、どれを本当にしたい?」

 七叶はこう答えた。

「私は、あなたとお喋りがしたい」

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