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第二話 紺野さん

「雨が降るたび悲しい顔をしているけど、どうしたの?」

 恋人を失ったんだ。

 とは言わない。僕はそういう()()()()()にはなりたくない。ただアンニュイな表情でこう言うのだ。

「なんでもないよ。ただ思いだすことがあるだけ」

 紺野さんは、ミドルボブに隠れた右の耳たぶを弄りながら、困った顔をした。

 隣の席になって長いから、何度も観察する機会があった。校則の通りに制服を着て、スカートも膝丈にしている。

 うちの学校はそんなに服装に厳しくないから、紺野さんは数少ない真面目すぎる生徒だった。地味と言ってもよかった。

 でも、そんな紺野さんなのに、右耳にはピアスをしている。赤色の小さな石のやつだ。

 紺野さんは、たまに右の耳たぶを触ることがある。癖なのかな、と見ていると、どうやら右耳につけているピアスを弄っているようだった。だから僕は気がつけた。

 ピアスは校則違反だ。でも紺野さんの地味さと髪型のお陰で、先生にも、クラスメイトすらにもばれてはいないみたいだった。

 紺野さんはそうやって地味で真面目な雰囲気で、化粧っ気もないから、男どもが紺野さんのことを話題にあげたりはしなかった。

 でも、よくよく見てみると、彼女は整ったタヌキ系の顔立ちをしていた。

 だから、僕の言葉で困った顔をしても、可愛い表情がひとつ見れた、とちょっと嬉しくなってしまう。

「鶫くんは帰らないの?」

「え?」

「あっ、春岡くんは」

「鶫でいいよ。僕の名前知ってたんだ」

「うん。小テストとかで名前を書くでしょ? そのときに目が入って、ずいぶん可愛らしい名前をしてるんだなと思って」

「ありがとう」

「もしかして鶫って名前、あんまり好きじゃなかったりする?」

「ん? うーん、半々かな。口を噤むっていう言葉を想像させるとか、あまり男っぽくないとかで好きじゃない部分もあるし、でも紺野さんみたいに可愛いって褒めてくれるひともいるから、そういうときは好きになる」

「そっか、じゃあ褒めてよかった」

「そうかもしれないね」

「私の名前は知ってる?」

「七叶」

 紺野さんは、ひゅっ、と喉の奥を鳴らした。照れたみたいだった。

「ごめん、不躾だったね」

「う、ううん。思ったよりびっくりしちゃった。よく知ってたね」

 たぶん呼び捨てにしたことに驚いたのだろうけど、追求しないことにした。

「僕が外をよく見てるの知ってるでしょ? だから目に入っちゃった。でも、ななか、って読むので合ってる?」

「合ってるよ。七つの願いを叶えるで、七叶」

「七つの願いって、由来は?」

「さあ? 聞いたことないなぁ。たぶん中国かなんかのお話なんじゃないかな。ほら、七夕だって中国由来でしょ?」

「もしかしてドラゴンボールからかもね」

「そうだったら、三つの願いを叶えるで、三叶(みか)にしてたんじゃないかなぁ」

「いや、ドラゴンボールの玉の数と願いがごっちゃになってとか」

「それちょっと考えたことあるけど、そういうポカが由来だったらすごく嫌だから考えないことにしてる」

「ごめん、思いださせちゃった」

「いいよ」

 と言って紺野さんは笑った。僕も笑い返した。

 こんなにも家族以外の誰かと滑らかに会話をしたのは久しぶりだった。

「鶫くん、笑ってくれた」

「え?」

「笑ったところ見たことなかったから」

「僕の笑ったところ見たかったの?」

「うん。晴れの日と曇りの日はいつも楽しくなさそうにしてて、雨の日は泣きそうな顔してる。それなのにいっつもこっち見てるから、気になるよ」

「ごめん」

「なんで謝るの?」

「たしかに。うーん、じゃあ意味深なことでも言っておこうかな。そうだな……僕といると不幸になるよ、とか」

「なにそれ」

 紺野さんは僕のおどけた様子に呆れたようだ。

「少女漫画でこういう翳のあるヒーローいるでしょ」

「少女漫画読むんだ」

「すこしだけね」

 そう言うと、紺野さんはからかうような表情をした。

「それじゃあ相合い傘で下校するとかも憧れたりする? 一緒に帰ってあげよっか?」

 僕は紺野さんと相合い傘で帰るところを想像した。

 唇を噛む。

 運命の日、僕は小雨と相合い傘で海まで行き、そして相合い傘で帰ってきた。

 行きは小雨の体調がよくなったと浮かれていた。帰りの気分は思いだしたくもない。

「誰かに噂されたりするよ。やめておこう」

 僕は声を震わせて言った。

「そう? 急にごめんね」

「いいよ」

 紺野さんの顔をまともに見れなくなった。すこしだけ困惑して、それから気遣うような表情をしているだろう。

 それから手早くお別れの言葉を言って、そそくさと教室をあとにした。

 もし、次も僕と話をしてくれるのなら謝ろう。

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